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魚釣り

 昨晩、早く寝たにも関わらず、日が高くなるまで寝過ごしてしまった。

 イングナの家に入ると、ヤーニスも茶を飲んで寛いでいる。

 昨晩の粥の残りに、持って来たチーズを入れたら美味くなるだろうと思ったが、食べるのは俺だけみたいなので、次の機会にしておく。

 二人の前で気後れしながら、粥を食べる。

「そういえば、肉や魚など食べても良いのですか。」

「いや、食べていけないものは特にないけど。ちと、物足りなかったかね。年寄り一人なんもんで、そこまで備えは無かったからね。」

 イングナが申し訳無さそうに答える。

「いや、ご厄介になってばかりでも、申し訳ありませんので、自分の分ぐらいは、都合を付けたいと思いまして。あと、精霊に接する際は、そういったものを避けないといけないとか、あるのかと思いまして。」

「取っていけないことはないですが、その恵みに感謝することを忘れてはいけませんよ。」

「そう言えば、私の故郷では、奪った命と恵に感謝するため、食事前に『いただきます。』と祈ります。」

「それは、とても良い事ですね。」

「さて、魚でも釣ってきましょうか。」

 そう言って、泊まっている家に戻る。

 折り畳んだ紙に包まれた釣り針を荷物から取り出し、部屋の隅にあった柳で編まれた籠を持ち出す。

 通常の針のほか、フライフィッシング用の疑似餌も持参している。

 イングナの家の水瓶を持ち上げながら、籠を潰す了解を取り付ける。

 あと、馬の尾から、何本か毛を失敬していく。

 釣りバカを絵に書いたような祖父から、戦後間もなくは遊びに使うような物資や道具に乏しかったため、よく馬小屋に忍び込んで尾の毛を失敬していたと聞いていた。

 確かにちょっとした釣りをするには丁度いい。

 ヤーニスから聞いた湖に行く。

 湖というより、池だと思いながら、柳の枝を切り出して竿にして、釣りを始める。

 荷物入れの底でカビを生やしていたパンから、練り餌を作る。

 まずは、鯉や鮒を狙う。

 人が訪れない場所だからか、思ったより簡単に魚が釣れる。

 燻製にした鯉を街でも見掛けていたので、燻製にする積もりだ。

 鯰もいるだろうが、馬の尾の毛では大物は難しいだろうしから今日のところは諦めることにする。

 連れた魚をその場で捌き、内臓と頭を編み籠の中へ放り込む。

 浮かばないように、石も幾つか入れ、ロープで繋いで、沈めておく。

 蝦を捕るための仕掛けだ。

 ちなみに魚は背びらきにしたが、俺とヤーニスの分は開くだけにし、イングナの分とストックにする分は中骨を取っておく。

 気が早いが、いんげん豆と塩でエビ豆を作ったときの味を想像しておく。

 日が高くなってきた頃には、三人が数日食べる分と、イングナの為に取っておく分には充分な量になっていた。

 編み籠には、そこそこの量のエビが入っており、川の水が入っているからか、手長エビも入っている。

 満足して、水瓶に水を汲み、帰る。

 鯉と鮒は塩水にすり潰したハーブで作ったマリネ液に漬けておき、今日食べる分は塩だけ振っておく。

 上手く、一夜干し風になってくれれば良いが。

 今日食べないものは、もう少し寝かせて干してから燻す積もりだ。

 小さなエビは、さっと茹がいて、笊に並べて干しておく。

 茹で汁でいんげん豆を戻しておく。

 手長エビは、枝で作った串で刺し、塩焼きにする予定だ。

 さて、これで暫くは、ゆっくりできる。

 イングナとヤーニスに昼食を食べるか聞いてから、一夜干し風にしておいた鮒を三枚焼くことにする。

 若干、干し足りない気もするが、串に刺して、竈で焼くことにする。

 粥を炊きながら、一尾ずつしか焼けないが、竈の空いた所で魚を焼く。

「うわっ。」

 二尾目に入り、ひっくり返そうとしていると、急に火の勢いが強くなった。

「あらあら。」

 イングナがこちらに来て、竈に触れると、火の勢いが元に戻る。

「一体何があったんですか。」

「これよ。」

 指差したのは、竈の上部で、何かの模様が刻まれている。

「火を起こすのが下手な私に、台所の精霊が助けてくれているのよ。」

 何かのスイッチになっているのか。

「また、こんな事に精霊の力を借りられているのですか。」

 半ば呆れた声で、こちらを覗いていたヤーニスが声を掛けてくる。

「この刻まれている模様に精霊の力が宿っているのですか。」

「もう少しで、食事もできそうじゃない。食べながら教えてあげるわよ。」

 急ぐ事もないし、その言葉に従う。

 冬も近いためか、意外に脂が乗っているため、煙が出て、家が魚臭いのが気になる。

 日本人としては、気にならないが、こちらの方はどうなのだろう。

「お家が魚臭くなってしまいまして、すみません。」

「あら、気にしなくて良いわよ。」

「あ、街では、肉ばかりだが、外に出れば、皆、魚も食べる。気にしなくても大丈夫だよ。」

 ヤーニスがフォローをしてくれた。


 少し遅い昼げに、三人が集う。

「いただきます。」

 久し振りに、両手を合わせる。

「それが、貴方の国の祈りなのね。素敵ね。」

 イングナの言葉は純粋に嬉しかった。

「あら、少し味が濃い気がするけど、美味しいわね。」

「ハーブの効きが今ひとつで、若干、泥さが残ってしまいましたね。」

 自分としては、初めての料理でこの出来なら、及第点をあげたい。

 食器らしきものが無いので、まな板の様な物に魚を乗せて、手掴みで食べている。

 やっぱり、食器は流行らせたい。

「そうだ。先程の竈の件なんですが、教えていただいても宜しいですか。」

「あら。ふふふ。」

 イングナが急に笑い出す。

 ヤーニスも不思議そうな顔をしている。

「食べ終わってから、お話しましょう。」


 食事が終わり、片付けはヤーニスがしてくれている。

 保存用にとっておいた魚は、紐で吊し、干しておいたが、ハーブのせいか、意外に蝿が集らなかったのが嬉しかった。

 俺の泊まる家は竈兼暖炉になっているので、イングナの家の暖炉で燻すことにする。

 燻製用のチップみたいなものは無かったが、暖炉でゆっくり燻せば良いだろう。

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