ミッシェ
月に照らされ、エルネスツを連れてゆっくり歩いて帰る。
城門を潜ると、遠くに自分の店の明かりが見える。
先週から一人、昨日からもう一人の女が入っている。
今のところは、苦労をかけるが、雑用係兼務だ。
千鳥足を連れているから、随分時間がかかっている。
自室を置いてある棟しか、今は使っておらず、女達には二階のプレイルーム兼自室を与えている。
プレイルームは二階にしかなく、一階は食堂とスタッフルームしかない。
一階の食堂で灯りが漏れているのが見えた。
ガラスはまだまだ貴重品で、鎧戸しかないが、その隙間から灯りが漏れている。
「エルネスツ。ここで待っててくれ。」
俺は迂回して、裏に回り、湯を貯めるタンクに付けたメンテナンス用の梯子から二階に侵入する。
鍵はまだ準備中だったから、開け広げだ。
中に入ると、談笑が階下から聞こえてきた。
男の声が混じっている。
懐からスローイングナイフを取り出し、刃を持って構えながら階段を降りる。
さて、敵意が無い様に振る舞ってはいるが、どうしようか。
「そこに居るのは誰だ。」
向こうから声が掛かってきた。
手強そうだな。
声と気配からそう感じる。
腹を据え、左手もナイフの柄に手を掛ける。
「ここは俺の店だ。お前こそ誰だ。」
言ってから一呼吸分、様子を探る。
銃や武器を構える音はしない。
警戒は解かず、姿を見せた。
店の玄関には、衝立を置いているが、食堂のホールになっており、左翼は厨房とテーブルが、右翼はソファーを数台並べている。
右翼のソファーに馬鹿でかい男が女に挟まれて座っている。
「初めましてだな。俺はミッシェ。ヨハンから聞いてるだろ。」
こちらが構えた姿を見ても、警戒していない。
阿呆なのか、豪胆なのか。
容貌、身体付きやその視線からは、後者のようだが。
「アンタがミッシェか。初めましてだな。俺がケンジだ。」
「その手は降ろしな。しかし、聞いたとおり、面白い武器を使うんだな。エルからも聞いてるぜ。」
内部情報も知っているようだし、本人確認書類と信じてやろう。
懐から、鞘代わりの革袋を取り出して、スローイングナイフを収める。
「嬢ちゃんら、ちょっと兄さんと二人で話をさせてくれや。」
女達は手を振りながら、二階に戻っていく。
ミッシェの武器は入り口の木箱に入っているのは、確認できている。
帯刀していたナイフを外し、その辺りに立て掛ける。
「おや、マン・ゴーシュの鞘が長いな。」
そういや、ゲームで、そんな名の武器があったな。
エルネスツに作って貰ったナイフが、マン・ゴーシュだったのか。
「マン・ゴーシュっていうのか、これは。エルネスツから聞いてたのか。」
「ああ。ウチにも納品はしてたからな。」
機密情報の漏洩だぞ、後で絞ってやろう。
「そのエルネスツを外で待たせてるから、迎えに行ってくるよ。」
「放っとけば帰って来るだろ。」
草むらで寝られても迷惑だ。
「見てくるよ。」
そう言って、玄関を出ると、遠くの草むらで、こちらを伺っている気配がする。
「おい、エルネスツ。客人だったよ。」
エルネスツが草むらから出て来た。
ミッシェが後ろに来ており、大声で叫ぶ。
「エル、お前も来い。」
ヨハンからは、そこそこの家柄と聞いていたが、予想を大きく裏切られた。
確かにヨハンには扱いづらいだろうな。
三人でソファーに座っている。
「ニコライの野郎をとっちめたらしいな。面白そうな奴だから、見に来ようと思ってな。」
もう、畏まる気は失せている。
呼び捨てでもいいか。
「その件で、相談したい事があるんだ。エルネスツや女達を守るのに、人手が足りない。」
「だろうな。あの馬鹿は近々、仕返しに来るだろうしな。」
「少し早まるが、来る人間を都合つけて欲しいんだが。」
「嬢ちゃん達が相手をしてくれるんだったら、俺が居てやってもいいぜ。」
流石にそう来るとは思ってもいなかった。
いや、騎士貴族だろ、こいつ。
どう返せば良いんだ。
「ミッシェの旦那が居れば、馬鹿共も、近寄っては来んでしょう。」
エルネスツ、何を言い出す。
俺は初対面なんだぞ。
「ミッシェ殿本人でなくとも結構ですが、お願いします。」
エルネスツもいるけど、このまま、今後の話もしておきたくなったので、話を続ける。
ヨハンと話をしていた、民間警備会社の設立の件を詳しく説明する。
「なるほどな、今も似たような事をしてるが、正式に認められるってことか。」
民間企業になるので、生まれに関わらず、有能な人物を抱えられる事を説明する。
「こりゃ、大変な事になるな。」
「何が大変なんだ。」
つられて、俺もため口になってきている。
「今まで以上に色んな人間が俺ん所に集まってくるだろうな。表立って色んな仕事が出来るようになるってことは、やっぱり、忙しくなるな。」
「そうだな。先ずは集まる人間と仕事を捌くためには、きちんとした組織が必要だ。」
何かに気付いたような顔をする。
「傭兵はだめたぞ。騎士団の体制との問題もあるし、永く、信用を得て仕事をするのなら、止めといた方が良い。傭兵がしたいなら、そっち一本に絞るべきだ。」
ここで、一呼吸置く。
「それに信用を得て、楽しくやってく方がアンタらしい気がするな。」
「分かったよ。乗ってやるよ。だから、知恵も出せよ。」
「ああ。こちらからも、よろしく頼む。」
そう言って、握手をした。
気が付くと、エルネスツが、酒を出してきていた。
「さて、仕事の話も終わったし、嬢ちゃんら呼んでくれよ。」
「ああ、エルネスツ、ライマとエリーナを呼んで、飲んでてくれ。俺は腹が減ってるから、あてを作るよ。」
「ミッシェ、女達と一緒に風呂に入ってかないか。」
この娼館には、各個室に風呂が備えられている。
「風呂って何だ。」
思った以上の反応だ。
「ウチの一押しのサービスだよ。」
騎士団領では、風呂やサウナの風習はない。
また、公衆衛生の概念が無く、子供達の生存率が著しく低い。
その対策のため、サウナ付きの銭湯をヨハンの方で街の中に設ける事になっている。
「楽しんで来てくれ。」
女達を守る意味合いもあり、本番前に客を脱がせ、身体を洗わせる。
かなりの高級品であるが、石鹸を使わせることにしている。
この時に、疥癬など、身体に異常があれば、断る事になっている。
まぁ、サービス券ぐらいは渡してやるようにするが。
まだ、梅毒はこの辺りでは流行っていないが、既に大航海時代には入っており、伝わってくるのも時間の問題だろう。
事前の対策は必要だし、それが店を守る事になる。
また、リネンについても、ボイラーの熱湯で消毒するようにする予定だ。
雑用係を早く確保しなければならない。
ミッシェを見送り、厨房に向かう。
釜を屋内に置いてあるが、市街地以外は珍しいらしい。
今日は豚を潰したばかりでレバーがあったので、茹でる。
にんにくと市場で掻き集めたハーブから、適当に合うものを匂いを嗅ぎながら選び、包丁で刻んでから、ボールに入れて潰していく。
すり鉢とすりこ木が欲しい。
そのうち、誰かに作らせよう。
まだまだ荒いが、諦めて酒と塩で仕上げていく。
豚レバーのパテだ。
現代なら、牛乳で臭みを取ったり、コクを足す為にベーコンを入れたりするのだが、材料に限りがある。
特に牛乳は、非常に手に入りにくいうえにかなりの高級食材である。
砂糖の生産が本格化すれば、一気に需要が高まるだろう。
牛乳を使うメニューを入れて、確保する事も考えておこう。
一旦、外に出て、ボイラーに向かう。
ボイラーに外向けに箱が付いていた。
無理を言って、後からエルネスツに作らせたのだ。
箱の中には、幾つか壷が入っており、そのうち一つを取り出す。
重ねて置けるようにして量を増やせば、店のメニューとして提供できそうだな。
今回は、砂肝のコンフィを準備しておいたのだ。
二日目になるから、噛まなくても良いぐらいに仕上がっているはずだ。
戻ると、全員厨房に揃っている。
「あれ、早いな。」
「嬢ちゃんらが、お前のメシが美味いって聞いてな。」
ライマとエリーナも期待した目を向け、頷いている。
「褒められて悪い気はしないが、俺はこの店のオーナーだからな。」
網付きのグリルで薄く切った黒パンを炙る。
こちらでは、まだ暖炉のような釜が主流で鉄の串に肉を刺して焼くのが多いようだ。
パン焼き窯があれば、いくらでもオーブン料理が出来そうなのだが、そこまでオーブンも普及していないようだ。
試作と賄いで作り置きしていたモツ煮込みと合わせて皿に盛り、ライマに渡す。
彼女らには、給仕の仕方を教えている。
焼いて固くなった黒パンに、パテやコンフィを載せて、ミッシェの口に運ぶ。
サービスも味のうちで、サービスは立派な商品だ。
「美味い。しかも、王様気分だな。」
ミッシェは上機嫌だ。
「それは、向こうの棟が出来てから出す予定のもんだ。こっち用に、腹が膨れる物は、また今度来た時にな。」
大衆料理としては、やっぱり、揚げ物だろうか。
「やっぱり、俺が警備に来てやるぜ。」
程々にしてくれよ。