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娼館主人としての初仕事

 このクラモにも、色街があり、騎士団公認の『美しい女性たち』を始めとして、数件の娼館がある。

 殆どの女性は、それまでの生活費、仕事着やその他の理由で借金を負わされ、働く事になっている。

 この時代だと、洋服は非常に高価であるが、いつの時代もそう遣り方は変わらないようだ。

 洋服については工業製品がまだ存在しないため、規格品として製品を作る事をしていないので、オーダーメイドのみになるから、高価なのは当然なのだろう。

 既に、何人かこの辺りで立ちんぼをしていた女をスカウトしている。

 運営が軌道に乗れば、後は何とか出来ると思っているが、開業時に一定の人数を揃えておきたい。

 開店前から同業者には目を付けられているのは、スカウトした女の子から聞いており、その噂を聞いて取り止めた女の子もいる。

 街の外に作るが、かなり大きな屋敷二つを同時に建て始めていれば、脅威に映るだろう。

 堅気の商売ではないので、大人しそうな見た目の俺が店主であれば、痛い目に遭わせてやろうと息巻く輩が出てくるのも致し方ない。

 しかも、無名の見た事もない国から来た外国人というおまけ付きなら、自分達の縄張りを荒らされたと感じて当然だ。

 その中でも、『綺麗どころ』は、愚連隊の頭のニコライ・ハレがオーナーだ。

 そこまで大きな組織ではなく、構成員も20人程度ということだが、武闘派として鳴らしているらしく、そのニコライが、俺を潰してやると、街で触れ回っているらしい。

 娼館としての規模はそう大きくなく、女は全員で10人もおらず、常時五人程度とのことで、大して客も付いていないようだから、相当な危機感を持っているのだろう。

 店の営業が始まれば、ヨハンの配下のミッシェのところから警備が派遣されるようになっているが、まだ準備中であるため、荒らされれば面倒だし、既に店で生活している女の子もいる。

 部下や私兵がいれば、良いのだが、今は鍛冶屋のエルネスツと女しかいない。

 しかし、舐められて、こういう商売は出来ないだろうし、集団で店を囲まれた方が厄介なので、先に手を打つ事にしたのだ。


 事前に場所を確認しておいた、『綺麗どころ』の扉を開く。

 一見すると、ただの安酒場に見えるが、客を引く女が客席の間を行き来している。

 バーカウンターの男に声をかける。

「ウギス・ナステビッチ卿より、ここをご紹介賜り、本日、お伺いに参りました、ケンジと申します。」

 この、ウギスという騎士はヨハンの配下で、土着のトリヴォニア人である。

 その為、商人や職人など、そう身分が高くない層にも、それなりに名は知られているが、この『綺麗どころ』の主、ニコライとは面識は無い。

 知人を通じてその名を知っているだけの関係であったが、アポイントメントを取るためにだけに、ウギスから手紙を送らせたのである。

 カウンターの男は、別の男に何か指図すると、チンピラ風の若者が呼ばれて二人出て来て、俺を店の奥に案内する。

 途中で、左腰に差している物を預けるように言われ部屋に入る前に渡す。

 ついでに、懐からスローイングナイフを入れた布袋も手渡した。

 その効果か、ボディチェックはされなかった。

 剣に見せかけたナイフが部屋の前の木箱に差されるのを確認しておく。

 若いのが扉を開けると、三十中半ぐらいの明らかに堅気に見えない男が、女を侍らせて部屋の中央に置いてあるソファーに座っている。

 若い男が前に三人、ドアを塞ぐ様に二人配置されている。

 銃を持っている人間はいない。

 剣を持っているのは、奥の用心棒風の男だけである。

 下調べでは普段は愚連隊だけあって用心棒はいない筈だったのだが、今日のために雇ったのだろうか。

 おそらく、ニコライと思われる男以外はナイフで武装していると考えておくのが順当だろう。

「どうも、初めまして。私はケンジ・スズキと申します。お見知り置きを。」

 ニコライはふんぞり返って睨み付けてくる。

 明らかに、舐めてかかってきている眼だ。

 基本的にお人好しなのは自分で自覚しているが、大人しそうに見えるため、日本にいるときも、同じような反応をされてきているので、慣れている。

「こんなモン送り付けて来やがって。何を考えてやがる。俺達を舐めてんのか。」

 怒鳴りながらウギスの手紙を床に叩きつける。

 古典的な男だ。

 どちらかと言うと、暴力などで脅してくる輩を見ると、つい黙らせたくなる質なのだが、今回はこちらから喧嘩を売りに行ってる格好なので、我慢しておく。

 営業スマイルのまま話を続ける。

「ご存知とは思いますが、来月から、街の外れで、新しく商売させて頂こうかと思っておりまして。取り敢えず、ご挨拶にと思いまして。」

 相手はこちらの反応に、当惑を必死に隠そうとしている。

「商売敵になろうって奴が、何の積りか聞いてんだよ。」

「商売は一つの店だけでは、成り立ちませんからね。普段からの情報交換なども含めて、仲良くさせて貰いたい。先ずは、顔繋ぎが必要でしょう。」

「手前が色々と商売の邪魔をしようとしているのは聞いてるぜ。」

 『綺麗どころ』は、店の取り分が多く、不満を持っている女も多い。

 対して俺の店は女の取り分を多くしているため、ニコライは怖いが、俺の店に移ろうと考えている女の子もいる。

「邪魔なんて、そんな積もりは有りませんよ。場所が悪いので、色々と苦肉の策を弄しているだけです。あと、邪魔をしようとしているのは、貴方がただとお伺いしてるのですが。」

「このガキが舐めた口をききやがって。お前等っ。」

 多分、三十代半ばだろうから、俺の方が上なんだが。

 さて、正当防衛の言質を取ろうかと思っていたが、それどころでは無いようだ。

 チンピラはどうとでもなりそうだが、用心棒は、明らかに腕が立ちそうだ。

 こちらは、命のやり取りなんて、そう経験していない。

 まともに遣り合っては勝ち目は無い。

 なら、考えろ。

 全力で前に駆け出し、中腰になったニコライの顎を若干手加減し、蹴り上げる。

 回し蹴りなら確実に昏倒できたタイミングだが、ソファーの向こうにいる用心棒の盾にする為である。

 ニコライのナイフはまだ抜けきっていない。

 蹴り上げながら、懐にある鉄の輪を引き、カランビットを引き出し、回転させながら握り込む。

 ニコライのナイフの恐怖は残るが、左手でニコライの頭を掻くように用心棒の前に出す。

 躊躇ったところに、ニコライの左即頭部を掠るようにアッパーを突き出し、用心棒の左手の甲を切り裂く。

 まだ、剣は右手から離れていなかったが、ソファーに左足を掛け、右足でソファーを乗り越えながら、腕が上がっているところに、柄を左手で押し上げ、肘の内側をアッパーの動きで切り裂く。

 その時、背中に衝撃が走る。

 とてつもない量の恐怖と安堵と怒りが身体を突き動かす。

 ニコライのナイフを確認せず、振り向きざまに回し蹴りで即頭部を蹴り抜く。

 身体は意識と理性の支配を離れ、勝手に動き出していた。

 蹴りながらナイフを確認したときには、まだ切っ先が下を向いていた。

 倒れながら、ナイフを持つ手が緩んだのを見て、髪を掴んで引き戻し、カランビットを首筋に突き付ける。

 完全に意識は断たれていないが、朦朧としていた。

「まだやるか。」

 焦点の合わない目でこちらを見返し、首を横に振る。

 ニコライを引き摺り、酒場の客席を退かせて正面から出る。

 女の悲鳴や怒号が飛び交う中、ニコライを店に蹴り入れる。

「今回は、命だけは助けてやる。」

 店内に向けて言い放ち、その場を離れる。

 店外にも野次馬が集まってきている。

 早足で野次馬を抜けようとした背中に怒声が刺さる。

「この野郎、待ちやがれ。」

 それぞれ、マスケット銃と剣を持ったチンピラが二人、追い縋ってくる。

 振り向いた時には既にマスケット銃を構えていた。

 野次馬は悲鳴を上げ、パニック状態だ。

 距離は十メートル弱。

 この位の距離で素人が実戦ではそう当らないと聞いたことがある。

 軸をぶらす方が良いだろうと、判断し、全力で右回りに屈みながら、距離を詰める。

 向かって来るとは思って無かったのか、焦りの表情で引き金を引く。

 爆音が響くが、身体に衝撃や痛みは感じなかった。

 背筋に張り付く恐怖はまだ拭えない。

 全力疾走の力を前蹴りに変える。

 左足を力一杯踏み込み、踏むような感じで、鳩尾を吹っ飛ばすように蹴り込む。

 実際に飛んだ距離は、二メートル程度だろうが、人の身体の大きさもあるため、吹っ飛んだ様に見えただろう。

 剣を持った方にまた駆け出す。

 左腰から剣に見える飾り鍔の付いたナイフを取り出し、大上段で振ってくるのを受ける。

 左手をそのまま上げる形であるため、距離も短く、何とか加速しきる前に上段受けで止める。

 同時に右手で鞘を腰から引き抜き、相手も距離が詰まっているため下がろうとしていたところ、鞘を即頭部に向けて薙ぐ。

 刃の実際の長さは25センチしかなく、先の部分には、溶かした鉛を詰めている。

 全体の重量自体は大した事はないが、重心が先にあるため、靴下に詰めたパチンコ玉のように、それなりの速度と威力が出る。

 糸が切れた人形のように倒れる。

 マスケット銃を持っていた男が、呻きながら立ち上がろうとしていたところ、サッカーボールのように蹴ったあと、ゆっくりとその場を立ち去った。

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