小説で表現するのが難しいキャラクター達
タイトル通りですが、備忘録としてまとめたようなものになります。
1、異性
基本的に異性を描くだけであれば簡単です。一番簡単なのは、身体的特長を書けばそれで異性の出来上がりです。ただ、そこにいくつか形容詞が付くと、途端に描写難易度が高いキャラクターになります。
逞しく朗らかな男性。艶めかしさを漂わせる淑やかな女性。難しい表現を用いましたが、いわゆる『魅力的なキャラクター達』というやつです。基本的に同性を魅力的に描く事のほうが困難なのだと考えています。例外的に主人公が執筆者本人の自己投影である場合は異なるのかも知れませんけれども。
魅力という形容詞付きで表されるキャラクター達は、多面性を持ち実在する人間のように悩み、考え、行動し、後悔もする。架空の存在ではあっても、完璧ではないからこそ感じられる人間らしさを纏うキャラクター達。
一人の人物として感情や考えをシミュレーションし、物語という世界の中で必死に足掻かせる。
魅力的なキャラクターとは、描写力だけで描き切れるものではなく、必死さとか卑屈さとかというような所謂、人間臭さが読み手にまで伝わって初めて完成されるのだと思います。だからこそ、難しいのでしょう。
2、天才、秀才
自分の頭が良くないからこそ、自分よりも頭の良い人物を描くことはとても困難です。
読者も含めてそれらの期待を越た行動をさせるということは、至極困難を極めます。そもそも、天才の方の思考など理解できませんから。ゴリ押しのような強引な手法ではなく、どの読み手が読んでも不可能と感じられる事象を納得がいく方法で実現可能にする。それはまぎれもなく天才と呼んでよい人物ですし、大変優れた執筆者様なのだと思います。
読み手の予想の遥か上を飛び越え、活躍できるようなキャラクター。そんな人物が描ければ執筆者としても楽しそうですね……。
3、神、女神
天才とも似ていますが、こちらは人という枠すら超越しているキャラクター達です。
力のない小さな神様であればまだ良いですが、創造主などを描くのは本当に難しいです。全能であったり、全知であったりする人物をそれらしく描くことの困難さは、計り知れません。
老人口調でも良いでしょう。ただしこれらの一般的に言われる『老人語』とは、セリフの約束事として老人や知識人を表現するための役割言葉から来ているものなので、そういった言い回しで書くだけで神らしくなったり知識人となりえる類のものではありません。
なろう内には、稚拙な考え方+老人語という知性の感じられない神様をよくお見かけします。
神は描かない方が良い。そんな考え方もありなのかも知れません。
4、悪魔、魔族
悪魔や魔族と書きましたが、総じて人とは大きく価値観の異なる存在ということです。
例えば悪魔が人間と家畜を同類と見ていたとすると、その悪魔とは会話すらまともに成立しないのではないかと思われます。
市民(貴族程ではないが市民権を持ち、プライドの高い一般人)と奴隷とでは、その格差は天と地程の開きがあるでしょう。それこそ、市民からすれば奴隷は人間という枠の中に収まっていない可能性すらあります。激しい身分の差、立場の差がある中でそれらを描く事は、その世界を見聞きしていれば出来るのかも知れませんが架空の世界であるとなると様々な部分にまで考えを巡らせる必要が出来てきます。世界の設定、時代背景。それらによって人の価値観は大きく変わります。
現代社会の価値観は、今とこの場所な生きる私達にすれは常識です。ただ、歴史を振り返ればわずか数十年という期間と日本という小さな国の中でしか同じ価値観は通用しません。例えば海外に出るだけで、店先に銃が販売されていたり、民族間の争いが存在したり、水道水はそのまま飲めなかったり。安全や平和という部分の価値観だけを例にしても、大きく異なります。
大きな価値観の開きは次元の違いに等しい致命的な問題となり得るものであり、『誰とでも分かり合える』などという言葉は、幻想であると私は考えます。
極論ですが、食う者『狼』と食われるもの『兎』それぞれが会話を出来たとします。分かり合えると思いますか?
1 「互いに手を取り、分かり合えた」としたとしても、狼は餓死し兎は生き残ります。
2 「分かった兎よ。お前は食わん。であれば、代わりを差し出せ!」本人は助かりましたが、誰かが狼に食われます。分かり合えたと言えますか?
3 「兎よ、誰が食料の声などに耳を傾けるのか? お前が食っている草が助命を口にしたとして、お前は草を食わず絶命など出来るのか?」
価値観の違いは立場の違いでもあります。人間を食料として見る悪魔との対話は、無意味でしょう。
5、政治家や外交官
これは天才や秀才というレベルでなく、政治や経済という知識や設定まで必要になってきます。
君主制なのか共和制なのか。文明レベルと大まかではあっても物語が展開される場所の人口。魔法の有無とそれによる現代の文明レベルとの修正など。
魔法が存在すれば産業革命が圧倒的に早い時期に起きるか、そもそも起きない可能性もあり、世界が歩む歴史は現代のそれとは大きく異なるはずです。
政治にも魔法、外交にも魔法が関わっている可能性が高く、現代の政治や外交の概念とは異なった展開されているはずです。
6、頭の回転が遅い人物
これは盲点かも知れませんが、意外と難しいと考えます。安定して鈍い反応であったり、的を外し続けるというのは案外難しいものです。考えの論点をずらし続けるというの、そのズレ幅を維持することもなかなか困難であると考えます。
逆に突き抜けてしまった人々。現代日本であれば、社会不適合者達は意外とハードルが低いように感じます。
常に奇声を上げたり、本能に正直な快楽主義者であったり、殺人狂やサディズムを持つ者。一貫して目的や手段が明確なのです。
7、上でも書いていますが、『魅力的なキャラクター』達
この『魅力的』という形容詞が付くと一気にハードルが上がりますね。物語の中では決して語られない形容詞。読み手の視点から見てそう感じる場合に付く形容詞ですが、物語を動かし押し進め、ただの文字の羅列であったものを物語として色鮮やかにしていく人物達です。
文字にて語られる人物達ではありますが、喜怒哀楽を表現し、読み手を共感させ、物語へと引き込む好感度というプラス方向の魅力を持ち合わせた彼・彼女達。
また『嫌悪度』という悪役として嫌われるマイナス方向の魅力を持ち合わせた彼・彼女達。当然に必要ですし重要な役割を担います。魅力的という形容詞だけですが、魅力の方向性も正と負それぞれ存在し、キャラとしての役割も様々ではありますが、共通しているのは物語を共に盛り上げる存在であるということ。
少し蛇足です。
人間の感情の話ですが、『好き』の反対語は『嫌い』ではないことをご存知ですか?
物語の中で一番ダメなキャラとは人間の『好き』の反対の意味である『無関心』なキャラクターというわけです。つまり、描写不足もそうですし、その人物らしくない立ち振る舞いも無関心キャラを生んでしまいます。
キャラクターの量産も発言や活躍の場を削がれていきますので、『無関心』を呼び寄せてしまいます。読み手もそうですが、まずは執筆者が愛着を持てないようであれば、必ずそういった結果になるでしょう。
自分自身でも立ち止まりこうして考えてみると、本当に生き生きとしたキャラクターを描き描ききることは難しいのだと実感します。ただ、その分楽しみも多いのは事実ですね。