表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/34

9『エルフさん、うとうとする』

「fau……」


 食事を済ませ、うつらうつらと心地よい睡魔が襲えば、エルフさんが微睡に入るまでにさほど時間は掛からなかった。

 異世界からゲートをくぐって、こちらへとやって来るとき、分かっていても通らなければならない関門がある。

 エルフさんがうとうと睡眠へと落ちていくのもそれが原因だ。

 ワープ酔い――時差ボケと言えば分かりやすいのだろうか。

 一種の睡眠障害が起きてしまう。

 世界を移動する、それだけのことを行っているというのに、時差ボケだけで済むというのだから、世界のつくりはよくできていると思う。


 そのおかげで、こうして世界は緩く完成していき。

 あまりにも軽い制約は、そうして世界の干渉をそこまで妨げることも無かったのかもしれない。


 ついでに言えば、そんな制約にかかわる神様が向こうの世界には実在しているらしい。

 まあ、魔法や特殊能力、獣人なんでもありの世界なのだから、今さら神様ぐらいでとやかく言うこともない。

 現に、ぐらなたすには魔王と自称する少女もいるわけだし。


「ところでコネコ、どうしてお前はエルフさんの言葉が分かんの?」


 エルフさんもそうだが、コネコもぐらなたすの中では特異な人物と言えるだろう。

 拾ってきたのは俺だが、ここに住むことを決意したのは少女だ。

 ま――コネコの場合はエルフさんとはまた違い、此処に来るまでに色々とやらかしてくれたので、住まわせるに当たって色んな誓約を交わす結果になってしまったけど。


 本人曰く、魔王だし。

 誰彼かまわず敵意を広く作る言動には、誰しもが頭を抱えるのは目に見えている。

 本日のドア天誅を見れば、ない頭だろうと察しがつく。

 が、自称とはいえ、少女が『魔王』と強調するにはそれなりの理由があったりする。


「うむ、わらわは魔法の王だからな。魔法を得て知るには世界の真理を追究していなければならない。古代えるふ語は魔法の始祖とも言える言語だからな。それぐらいは習得済みのだ」


 恐らく言っている事はすごく高尚な、とても難しいことを言っているのだろうが、ぶっちゃっけ「へえー」という言葉しか浮かばない。

 コネコが魔法に対して博識な一面を見せれば、本人にとっては『魔法の王』として尊大な面を見せるには絶好の場だとは思う。

 今も、なにを思ったか立ち上がってはスカート捲れ、クマさんが「どうもこんにんちは」しても気付かないほどすらすらと語っている。


 魔法の王として言葉を受け取れば、その重みは外見を無視しても重くは感じた。

 ただ――一つ残念なのは、それが異世界の常識であって、こちら側の世界の一般的な常識ではないことだろう。


 魔法なんて今やあまねく認知された現象ではあるが、こちら側の世界で扱える人間の数はだいぶ限られている。

 向こうの世界でも扱える人間は少ないらしいが、千年以上も魔法が親しみやすくあった世界と、科学が常に社会を席巻してきた世界。

 常識がどちらも違っては、それを学ぶ知識がないなんて当然のことだ。


 それだから、俺も魔法のことをあれこれ言われたところで、ボキャブラリ少ない感想しか言えない。


「でも、雪子さんは向こうの世界でも使っている人は少ない言語って言っていたけど?」

「まあ、そうじゃな……古代という言葉で分かる通り、えるふ語も俗世に浸かっては変化をしたというじゃろうな。こちら側の世界でも、ねいてぃぶな言葉はどんどんと生まれかわっているのだろう? それと同じだ」


 時代は移り変わり、馴染みの言葉が廃れていく。

 それはこちらの世界も同じだ。

 スラング氾濫しては、それが日常生活でも聞くぐらいだからな。


「まあ、むずかしいことはさっぱりだけどさ。……コネコ、ありがとうな」

「うむ? ど、どうしたのだ、ソウジ? いきなり礼を言うなんて? 痛いのはもう嫌だぞ……」


 コネコがさっと尻を抑えた。

 ……こいつ、また俺が尻を叩くと思っているのだろうか。

 それってつまり、夏場に雪が降るのと同じ意味と受け取って良いという事か。

 頭の回転が速いのは良いけど、ハンドル操作誤っては、自滅していることに気付いてほしい物だ。

 それさえなければ、俺もこうしてため息をつくことも無かったろうに。


「馬鹿言うな。単純に褒めてんだよ、お前がいなかったらエルフさんと会話もままならないからな」

「そ、そうかっ! 褒めているのか。よし! わらわの頭を撫でることを許すぞ、ほれほれ、遠慮せずに!」


 ぱあっと顔が明るくなったと思えば、途端に生意気な笑顔は少女として。

 えらく言動は古めかしい部分もあるが、そういってもコネコも十歳の女の子。

 こうしてじゃれついてくる分に関しては可愛いと思う。

 俺にも、もし妹がいたらこんな妹がいたのかもしれない。


「ほれほれっ、今ならえっちぃ事も許してやるぞ。なんせわらわとソウジの仲だからな」


 前言撤回、こんな耳年増な妹はいりません。

 ベタベタしてくる分はいいが、世間様をあっと言わすような誤解発言はごめん被りたい。


「ひゅー、若いっていいねぇ。どれっ、私も負けずに頑張るとすっか。宗司君、未発達な幼女よりも甘く熟れた女の身体を知ってみないか?」


 ムリすんな三十七才。

 夢見がちな十歳児と張り合う不惑が近い女性なんて、見ていて痛々しいぞ。


「わあ、モテモテですね、大家さん。エルフさんにもモテるし、将来は安泰のヒモ暮らしですね。よっ、ジゴロ、手八丁口八丁の女の敵っ!」


 おいおい、毒々しいなメイドさん、

 それ褒めていないからな、滅茶苦茶に俺のこと貶しているからな。


「モテているとは思いませんよ。それに……エルフさんの好意ははっきりとしていませんからね」


 純粋な好意もあれば。

 からかう好意もある。

 天然なドS好意もあるし。

 俺としては、どれもが素直な言葉であれば返す言葉だって苦労はしない。

 ただ、はっきりとしない不鮮明な想いは、どう返していいのか分からない。


「まだ悩んでいるの? 別にいいじゃない、『スキ』って言ってくれているなら何も考えずに受け取りなさいよ」

「そんな遊び人みたいなことは俺には出来ませんよ」

「そうじゃないよ……宗司君さあ、エルフちゃんが好きって言ってくれているのに、キミはそれに対して否定な言葉しか向けていないよね。少しでもありがとうとか声かけたりできないの?」


……あ、言われてみればそうでした。

 雪子さんに言われてやっと気付いたが、エルフさんの好意に対して俺は『なぜ』という疑問しかぶつけていない気がする。


「で、でも。あれですよ。いきなり結婚します。なんて言われて素直に好きって受け取ることは出来ませんよ。なんかあれみたいじゃないですか、壺売りの美人局みたいな」

「あのさあ、こんな純粋そうなエルフちゃんがそんな詐欺をすると思う?」

「しないとは言い切れませんよ」

「それでも仮定だろう。宗司君って、女嫌いなの? それとも女絡みで嫌なことでもあるの?」


 あんたが言うか、その口で言うのか。

 人の冷蔵庫を勝手に漁っては酒やつまみを食い散らかし、あまつさえ家賃滞納をしては。

 俺が頭悩ます人物ベスト5に雪子さんは確実にランクインしているからな。


「だーめだぞ、ユキコ。ソウジはわらわのものだ。好きも大好きもわらわだけに向けるものだ。だからソウジは他の女に素っ気なくていいのだ!」


 よろこべ自称魔王、そんなお前は殿堂入り間近な永遠のベスト一位だ。


「ふふっ、大家さんの周りっていつも明るくって楽しいですよね。私もこんな楽しい会話に混じれて嬉しいです」


 メイドさんが食事終わりの茶を注げば、それを俺に手渡してくれた。


「楽しいか? 面倒くさいじゃなくて?」


 すっと受け取っては、トリアさんは気持ちよく首を縦に振った。

 ふわふわな尻尾も心なしか喜んでいるように見える。


「楽しいですよ。争いもないし、人種も関係なくては世界も関係ない。みーんな仲良くお喋り出来て私は嬉しいです。なにより身分なんてまどろっこしいのがありませんからね」

「メイドって他者と話してはいけない決まりでもあるのか?」

「ええ、ありますよ。メイドというのはその仕える家の見えざる看板を背負っていますからね。不用意な言葉を発さない為にも、会話は控える必要性がありましたから」


 異世界の現役メイドの仕事事情を深く聞いた事なんて無かった。

 せいぜい俺が知っているメイドという職業は一つの接客業程度だからな。

 知識が疎くては、あまりにも偏った一方的な知識だ。

 本来のメイドの仕事がどうなのかは、トリアさんの言葉だけでは理解出来ないが、それでもひたすら毎日掃除などを手伝ってくれる彼女を見るだけで、彼女の仕事への責任感は伝わってくる。


「メイドも大変なんだな」

「ええ、すごく大変なのです……ふふっ」


 トリアさんの明け透けな性格も、もしかしたらそんな異世界での生活の反動なのかもしれない。

 彼女に限った事ではない、

 他の住人達もトリアさん同様に、こっちの世界で自由を得ているのかもしれない。

 なんとなく。

 なんとなくだけど、トリアさんやコネコの笑顔を見るとそう思える。

 もちろん、おねんね状態のエルフさんも含めて。


「ちなみに、エルフちゃんはこのままここで寝かせるとして。明日はどうすんの?」


 雪子さんがぐいっと酒を飲み干しては訊いてきた。


「ここで寝かせませんよ。それに、どうするってなにをどうするんですか?」

「たぶんエルフちゃんは長旅で疲れていて明日まで起きないと思うし、だから明日のエルフちゃんの日程はどうすんのかなって思って」

「それを俺に訊いてどうするんですか」

「いや、エルフちゃんを街とか案内したりしないの?」

「なぜただのの大家である俺が案内をするんですか。それは交流局とかの仕事でしょうが」

「だってめんどいし」


 いきなりの職務怠慢発言とか、勇気あるな税金泥棒。

 さっきのメイドさんの会話と比べて、えらい温度差のある責任感だこと。


「でも、まあ。まだ会っていない住人へと挨拶ぐらいはしますよ。なんか問題起きるかもしれない……」


 と、言ったところで、どうせ問題は起きるんだろうな。

 ここはそれを含めての、ぐらなたすなんだし。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ