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8『エルフさん、冷やし中華をリノベーションする』

 異世界の食事の仕方と言えば、基本的にはフォークにスプーン。

 それらはこちらの世界でも同じであったので、ほとんどの異世界人は料理を食べる動作には苦労する事は無かった。

 しかし、エルフの食事方法というのは向こう側で大部分を占めるヒューマンとは違う。

 森の精霊とも謳われる彼ら彼女達の生活様式は、年月とともに近代化していくことも無ければ、千年以上も変わらない形を取っているとの事だ。

 争いを好まず他者との交流すらも行わないエルフの生活は、その食事方法もエルフなりの作法があるらしい。


「mau!」


 食事だという事を理解したエルフさんが、首元から小瓶を一つ取り出す。

 偶然にもワンピースから覗かせる白い胸元の僅かなふくらみが見えてしまった。

 その時、エルフさんだけなのか、それともエルフ全体がそうなのかは分からないが、またエルフについて一つの事実を知ることになった。

 それで思わず、綺麗な胸を注視してしまった自分が恥ずかしくては、俺の視線に気づいたエルフさんがぱちくりとこちらを見つめている。


 エルフさんの無垢な視線が痛々しく突き刺さるほど、自分という人間がどれだけ薄汚れているのかと自覚してしまうよ。


 でも、しょうがないだろ。

 あんな美しい鎖骨と、その下にある素晴らしくもカタチ整った胸のふくらみを魅せられては、男としては目の行き場に困るという物だ。

 てっきりチューブトップらへんで隠していると思っていたが、そこら辺はエルフさんも森の精霊ということ。

 文明にはいまだ染まっていないのだろう。


 どうやら、エルフという種族は下着を身に付けないようだ。


「あっれぇえ? 宗司君、エルフちゃんのどこを見ていたのかなあ?」


 この女性(ひと)は目敏いというか、人のあら捜しが上手いというべきか。

 そんな暇があるなら、エルフさんの個人情報を少しでもいいから調達して来てほしい物だよ。


「いえ別に。セレセさんの服装を見ていたら、彼女の荷物とかどうしたのかなって思っただけです。セレセさんが来るという事は分かってはいましたけど、彼女の荷物はこちらに来ていませんからね」


 エルフさんが入居するという情報を得たのは今から二日前のことだ。

 突然、ふらりと兄貴が帰ってきたと思ったら、新しい住人がやってくると言っていた。

 交流局のお仲間達と一緒に居ては、やけにごつい装備を携えていたのを覚えている。

 もし後悔があるとすれば、この時に兄貴をとっちめていなかった事だろうな。

 兄貴からエルフさんの情報を詳しく手に入れておけば、こんな事態に陥ることもなかっただろう。

 エルフさんの荷物が少ないというのも、もしかしたら兄貴が原因なのかもしれない。


 異世界から荷物が送られてくる場合、なにやら特殊な検査を行ってから持ち込むらしい。

 そりゃあ、世界が似通っていたところで、存在する物はみな違う。

 得体の知れない危険物や病原気を持ち込んで、世界のどこかで突如アウトブレイクが発生。

 解明できずにパンデミックなんてことになって、世界が滅びました。

 馬鹿らしくて、嘘っぽくても、そんな未来があるかもしれない。

 微小な可能性があると示されてだけでも、考慮する必要は絶対にある。


 それがお互いの世界の為になっては、お互いが傷つけないための選択でもある。


 ただ、エルフさんの事情は少し異なるらしい。


「エルフちゃんの荷物はその小瓶だけ。それ以外はなにもこっち側へと持ち込んではいないよ」

「えっ? 自分の服とか、日用品とかもですか?」


 予想外な答えには首をかしげてしまう。

 特殊な検査と言ったところで、危険指定に引っ掛かる持ち込み物など限られている。

 たとえば、魔法に使う道具や、危害を加えかねない武器などは持ち込む際に許可書の発行を求められる。

 それでも、許可書があるという事は、持ち込みが可能という事だ。


 よほどの品――そうだな、世界を滅ぼしかねない平気なんて代物があったとしたら別だが。

 そんな代物を持ち込む輩がいたら、真っ先に両方の世界の人間から追われる身になるだろう。


 と言ったところで、それなのに例外として住んでいる魔王少女もいる現実も否めないけど。


「そ――でも、交流局が日用必需品は提供するし、家賃などのお金も心配する必要もないわよ。彼女はどっちの世界でもビップな、大事なお客さんだからね。両方の世界にとって有益となる人物に対して、お金の糸目は付けないから安心して……でも、あれか。そしたら私が使うお金も少しはエルフちゃん付けで経費に出来るかも」

「なにを言っているんですか。そのお金の出所も税金なんですから、いたずらにエルフさんを巻き込むようなことをしたら通報しますよ」

「あはは、冗談よ、じょーだん。まあ、エルフちゃんが持ち込んだ荷物といえば、いまエルフちゃんが手にしている小瓶の中身と、エルフちゃん自身かね」


 小瓶へと再度視線を傾ける。

 瓶自体はガラス製――こちらの世界で作られた品だろう。

 けど、中身は疑うことが必要ないほど、異世界の物だとは分かった。


「yam mauー」


 エルフさんが楽し気にガラス瓶の中身を確かめれば、きらきらと光る粉らしきものが見えた。

 うつろいは一色に留めず、色々な色へと変化していく色合いはさしずめ小人の小さな宝箱。

 まともな異世界の美しさを目にしては、久々に覚える感覚はかつての憧れ。

 子供の頃に抱いた異世界の幻想に近いような気がした。


 が、その物自体の状態が悪いのかもしれない。

 こちら側の世界で不思議な粉と言えば、つきまとうのは怪しげな薬品が多い。


「あ、ちなみに勘違いしちゃいけないから先に言うけど、危ない粉じゃないから安心して。その粉はエルフちゃんが向こうの世界で作った調味料みたいなもんだから」

「調味料?」

「まあ、見ていれば分かるよ」


 見るだけで分かるって……雪子さんの言葉を鵜呑みにしては良いことが少ない気がする。


「さあさあ、皆さま。ごはんの時間ですよー」


 そう言うと、メイドさんが鍋から小皿に取り分けた冷やし中華へと、エルフさんはぱらぱらっと小瓶の中身を一振りしてかけた。


「a mi sence……」

「ふむ? まじないの言葉か……あんまり聞いた事がない呪文だな」


 エルフさんが細々と呟いた言葉に、コネコがふむふむと珍しげに見ている。

 するとさっそく、魔王少女の言葉曰く『呪文』が発動したらしい。


 淡く、七色を放っていた調味料らしき粉が冷やし中華へとまぶされた瞬間。

 冷やし中華であった物から微かな蒸気を発し始める。

 ほんのりと感じる熱気、ドライアイスから放出される白い煙などではない。

 今度こそ間違いなく、調理熱を加えた蒸気だった。


「熱を与える魔粉……いや、それにしては色が多いな。わらわも見たことが無い品だ。よし、エルフよ。その魔粉を後で見せてくれまいか?」

「mau」


 コネコの言葉から判断すると、エルフさんが持っている小瓶の中身は魔法の道具のようだ。

 調味料とはだいぶ違う気もするが、使用用途を限ればそれにも当てはまるのだろう。


「どうよ宗司君、エルフちゃんの調味料。すごいもんでしょ?」


 まあ、こちらの世界の文明の利器である電子レンジを使わずに、物をあっためられるのはすごいと思う。

 それが魔法なんだから、あらためて異世界とこちら側の発展の違いを認識させられた。

 少なくとも、魔王少女の禁呪指定とやらの魔法を見なければ話しだけど。


「ええ、至極まともな安心して見られる魔法ですね。周囲に被害をもたらさないだけでも感嘆してしまいます」

「それならもうちょっとリアクションに出したらならどうなの? 反応が素っ気ないのと鈍いのは違うのよ」

「充分感心していますよ。魔法の正しい使用方法を見られましたからね――けど、今回に限っては失敗としか言いようがありませんね」

「なぜなに?」


 雪子さんが「どうして」と言いたげな顔をしては、その意味は直ぐに分かることになる。


「Nya,Nyamuuu!」


 エルフさんから素っ頓狂な叫び声が発せられた。

 そして鼻を抑えて、涙目になりながら咽ている。


「冷やし中華ですから、酢の物あっためたら匂いは強烈ですよね」

「ああ……たしかに」


 たぶん、エルフさんは冷たい食品を取らないのだろう。

 原始的な生活を行っていれば、体を冷やす食品を摂取する機会は少ないはずだ。

 自身から体調コントロールを崩すような真似はしないと思う。


「Nya! Nyau!」


 とはいえ、このままエルフさんのぐらなたすでの最初の食事が残念なものとなるのはしのびない。

 彼女だって、こちらの世界の食事を楽しみにしていたに違いない。

 俺だって、何も知らない状態でテーブルマナーを正しく行えるかって言われたら、フィンガーボウルの水を飲み干してしまうかもしれない。


 エルフさんは知らない、彼女は知らない事ばかりだ。


「セレセさん、そっちのは俺が食べますから、あなたは新しい器の方を食べてください。トリアさん、申し訳ありませんがセレセさんに新しい小皿をお願いします」

「はいっ、承りました」


 俺がエルフさんの小皿を受け取っては、トリアさんに新しい物を頼んだ。


「ソウジ?」


 エルフさんは見つめる。

 薄い水色の瞳が最初に出会った時と同じように、またしても不思議そうに、こちらを見つめる。

 言葉は伝わらない。

 そんな事はとっくに分かっては、それは彼女も俺も同じ。

 それなのに俺はどこか焦っていた。

 一人だけ、エルフさんの都合や事情も考えずに、ひとり突っ走ってエルフさんを困らせていた。


 たしかに、結婚の話は切実な問題だ。

 それは俺一人の問題ではなく、雪子さんが言うにはエルフさんはビップな人間なので、きちんと処理をしていく必要があるだろう。

 ただそれも、いま結婚するというわけではない。

 俺が彼女を知って、エルフさんが俺を知るという段階もある。


 だからまずは知ることが大事なのだろう。

 ここにいる住人も、みんな最初そうだった。

 知らなくて、だから知ろうとして、そうして親しくなった。

 焦る必要はない。

 ゆっくりでいいのだろう。


 ゆっくりと一日ずつ、一歩ずつ知っていけばいい。


「ソウジ……くっころ!」


 けど、日本語を早急に教える必要性はありそうだ。


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