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7『エルフさんを知るためのカオスな冷やし中華』

 メイドさんに雪子さんの掃除を頼もうとした時。

 その声は弱弱しく吐かれた。


「そーうーじー、わらわを助けてたもうー」


 やけにだらしない声が俺の耳へと届けば、ほったらかしにしていた魔王少女の事を思い出した。

 どうせならそのまま忘れても良かったのだが。

うん、出来れば忘れていたかったのだが、メイドさんが掃除をするとなれば、俺が取られるはずだった時間というのも無くなった。

 それなら、やっとエルフさんとの会話が再開出来るし。

 それに、いい機会だった。


 魔王少女――コネコがいれば、通訳代わりにエルフさんについて知りたい事がようやく訊ける。

 エルフさんが来てから小一時間以上は経過しただろうか。

 それなのに、こんなにも時間を浪費してエルフさんについて分かった事と言えば、名前と小っ恥ずかしい口癖ぐらい。

 エルフさんとの会話以前に、ここが俺の部屋であっては、まだエルフさんを自身の部屋へと案内してすらいないという悲しい現実もある。

 まあ、唯一の結果があるとすれば、俺の部屋の玄関先が吹っ飛んだことだろう。


 ぐらなたすの住人一人だけでも、俺の精神がざっくりと削げ落とされては、今やここには素面には程遠い異世界監理官と天災の魔王少女の二人。

 それに加え、新たな住人であるエルフさんまでいる。

 プラスに話が進むどころか、俺のストレス値がひたすらマイナス方向へ疾走して、ぶっちぎりの独走状態になりつつあった。


「mau,mau」


 それでもエルフさんの前へと座っては、コネコを抱きしめた彼女へと少し会話をする。

 なにを話せばいいのか、口にすることを一つ一つ精査しては、あんまし初っ端からプライベートの事を話題に出さない方がいいのかもしれない。

 が、エルフさんについては絶対に言及しなければならない質問もある。

 異世界論争へと発展しかねない問題を、ずっと放って置くわけには行かないだろう。


「セレセさん、少しお話しませんか。さっさと自分の部屋へと入室して休みたいかもしれませんが……」


 エルフさんがきょとんと首を傾げた。

 そこでムッとしたままのコネコへ目配せをしては、俺の言葉を通訳するように頼む。

 助けてくれない俺へと小さくブーイングしては、嫌々ながらもコネコは俺の言葉を訳し始めてくれた。


「may ソウジ sen sis セレセ」


 短い言葉を発しては、嫌がっていないということのサインか。

 エルフさんが「mau」と頷いた。


「セレセさん、あなたは俺の事を知っているんですか? ぐらなたすに来る以前から、もっとその前から俺の事をあなたは知っているんですか?」


 訳した言葉を聞いたエルフさんの顔は、少し言葉に詰まっている感じが見えた。

 やはり俺が知らなくて、彼女だけが知っている事実というのがあるのかもしれない。

 彼女もまた、俺と同じように言葉を選んでは、ゆっくりとその口を開いていく。


「a mi sigment met」

『いいえ、会ったことはない』


 そう答えたエルフさんの顔は悲しそうだった。

 今までのはつらつとした雰囲気が一転、彼女の中の陰りを見た気がした。

 それだけに、彼女が俺へと伝えた好意が不自然な物であることがよけいに高まっていく。

 テンプレようこそ、幼馴染的な付き合いとか。

 本当は幼い頃に結婚を誓い合った許嫁とか。

 実は俺が記憶喪失だったみたいな展開があれば、彼女の好意が俺の疑問をなんかしら正当化出来たかもしれない。


 けど、彼女はきっぱりと答えた。

 俺たちの出会いは、今日が初めてだと。


「そうですか。では次の質問です。どうしてぐらなたすに来ようと思ったのですか?」

『ソウジのお兄さん、ソウタが私を外の世界に連れて行ってくれるって言った』


 兄貴絡みか……。

 兄貴の言葉が聞ければ万事解決なのだろうが、あいにく風来坊かと言いたくなる兄貴の所在は掴めない。

 異世界へと旅立ってしまえば、そう簡単に連絡を取るのも難しいだろう。


「雪子さん、兄貴がエルフさんを連れて来るって報告はありましたか?」

「まあ、あったよね。だからこそ、エルフちゃんを此処に連れてきたわけだし。あ、でもエルフちゃん個人の情報とかは私も深くは知らないよ。下っ端の異世界監理官にそんな権限はないからね」

「下っ端の割には高い給料もらっているんですから、遅れないで家賃を払ってくださいよ」

「いやはや手厳しーぞ、宗司君」


 まだ職務時間というのに顔を真っ赤にした雪子さんを見ては、メイドさんにやっぱり引き取ってもらえばよかったと思う。

 だが、向こう側とこちらの世界、両方に精通している人がいれば話しが深く掘り下げられるのも事実だ。


「では質問を変えます。どうしてあなたは私を知っているのですか?」

『ソウタが教えてくれた。いつもいつもソウジの事を話してくれた。一人ぼっちの私の話し相手になってくれた。そしたら会った事が無いソウジについて興味がわいたの……て、ソウジっ! なにやらよからぬ雰囲気が漂ってくるのだが、わらわはいつまで言葉を訳せばいいのだ? もう疲れたぞ』


 コネコも遊ばれ疲れたのか、ぐったりとしていた。


「次の質問で最後だから。それに付き合ってくれたら今回のドアの破壊は許してやる」

「まあ、わらわは構わんが……」


 コネコがちらりとエルフさんを見ると、エルフさんは下唇を噛んでいる。

 彼女の両手が少女の服の裾をしっかりと握っては、怯えているようにも見える。

 脅しているつもりはないんだけどな。


「わらわはイジメは好かんぞ。するのもされるのもいやじゃ」


 コネコもエルフさんのそんな異様な雰囲気を覚ったのだろう。


「いじめじゃないよ。これからぐらなたすに住むエルフさんについて、ちょっと質問をしているだけだから」

「……ならいいぞ」


 ふんすと小鼻を鳴らしては、魔王少女は両腕どっしりと構えている。

 ただ、エルフさんの膝の上でぶしつけにあぐらをかき、年齢不相応な態度には苦笑いしか生まれない。


「それじゃあ最後の質問――どうして俺と結婚しようと思ったの?」

「ソウジ misset sarun……て、ソウジ! 結婚ってなんだ?! わらわは聞いていないぞ! そもそも私という労災賢母がいるというのに浮気か! 不倫か!」

「それを言うなら良妻賢母だ。お前は結婚したら夫を過労死させるのか? それよりも通訳してくれ、わけは後で話すからさ」

「あらあら、過労死ってベッドの上での夫婦の営みでってか。かあー、最近のガキはマセていていやだね。というか、ロリっ子相手に手を出すとか。鬼畜だな、宗司君!」


 くっそォ……この異世界監理官、やっぱし粗大ゴミとして捨てておけばよかった。


「雪子さん、あんたは話しをややこしくするな。それでコネコ、話を進めて――」

「いやいや、だめじゃ! まずわらわに筋を通すことが先だ! 側室ならともかく、結婚なら話は別だ。妻は一人、それがこの世界のるーるなのだろう?!」

「今は、そういう結婚についての倫理観の話ではなくてな。そもそもお前と結婚なんてしていないからな」

「うぬぬ、そんな事を言いよって。雨の日の誓いを忘れたというのか! お主は!」


 どうやらコネコは俺の言葉を訊く耳を持たないらしい。

 うかつにも自分で撒いてしまった火の種ではあるが、ここまで来ると混乱の域を極める。

 それに面白おかしく雪子さんが火に油を注いでは、最初はちろちろとしていた種火がごうごうと燃え始めてきた。


 もう……やだ。

 カオスだ、ややこしくなってきた。


 どうもこうもかしましい女が二人もいては、やっとのことで得た会話の機会が、愛憎に塗れたドラマへと変貌してしまったではないか。

 エルフさんも困っては、あわあわと俺らの事を慌てふためいている。

 疲労感がいっそうにまして、反論する気持ちも湧いてこない。


「お前らな――」

「皆さん! おーしーずーかーにー!」


 そんなぐだぐだとした俺の部屋へと響いたのは、鼓膜を震わす狼の咆哮。

 思わず声につられて振り向けば、玄関先を掃いていたはずの獣人――トリアさんが鍋を片手に、ほがらかな笑みを浮かべていた。

 その鍋から湯気が立ち込めては、ぐつぐつと煮えたぎった中身が音を立てて、蓋を浮き上がらせている。

 最初はなんで料理なんかと訝しんだが、昨晩の内にトリアさんへと頼んでいたことを思い出した。


 ぐらなたすでは新たな入居者が来るたびにちょっとした催し物を行っている。

 こちらの世界へと親しみを持ってもらうための軽い食事会みたいなものだ。

 だから昨日も食材を買いに行って、メイドさんに作ってくれませんかって、頼んでおいた――。


「皆さん、何をそんなにうるさく痴話げんかをしているのは知りませんが、そんなに怒っていたら美味しく作った料理が台無しになってしまいますよ。今日はぐらなたすの新しい住人が来る日、めでたい祝いの日じゃないんですか?」


 にっこりと、メイドさんは先ほどまでの剣呑とした雰囲気を一蹴する笑顔を魅せる。


「あの、トリアさん……」


 自分からメイドさんに頼んでおいての料理だが、流石に場違いな雰囲気で食は進まない。

 そうしてこの場は引き取ってもらおうかとしたが。


「あのもなにもありません。でもまあ……話がなんとなくややこしいのは分かりましたよ。けど、せっかく作ったんですから、皆さんで食べませんか。引っ越しそば」


 犬耳メイドはそう言い、がたんとちゃぶ台に鍋を置いた。

 すると、トリアさんは、そんな熱いはずの鍋の蓋をいきなり素手で取る。

 彼女の突飛な行動に全員が唖然としたが、彼女はけろっとした顔でこちらをしてやったりと三度目の笑みを零す。

 この時、やっと上に昇っていくはずの湯気が下っていることに気付いた。

 過熱気味の論争に気を取られ過ぎて、どうやら俺の視野も狭くなってたらしい。


「ふふっ、まあ、そばじゃ熱いので。今回は冷やし中華、ドライアイス添えですけどね」


 ――たぶん、救われた。

 いや、話は全然まとまっていないので、根本的な解決には至っていないけど。

 けど、この場で熱くなっていた混乱は一気に冷やされたと思う。


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