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6『犬耳メイド、ざっくばらん』

 初対面早々、第一印象としては最悪な場面となったはずだが、エルフさんはちんちくりんな魔王を気に入ったらしい。

 さながら愛くるしい人形を見つけた子供みたく、柔らかい体で包み込むようにして、ぎゅっと魔王を抱きしめている。

 頭をぽんぽんと叩いては、頬ずりをして喜んでいた。


「mauー!」

「やー、めー、ろー! わらわはお主の遊び道具ではないのだぞ! 遊ぶなら中年ニートの人形で遊べー!」


 それとは対称的なのはコネコの方だ。

 じたばたとそれから逃れようとしていた魔王であったが、やはり外見通りの子供なのだろう。

 魔法の扱いに関しては迷惑千万な力を有しているようだけど、非力な腕力では相手が細身のエルフさんだろうと敵わない。

 なすがまま。

 なされるがままに蹂躙されていた。


 ま――俺としては、その方が好都合だったりする。

 そのままエルフさんがコネコの相手をしてくれるおかげで、こちらは迅速に魔法の後片付けが出来る。

 とはいえ、見れば災害、考えれば天災、ため息ついては災厄と納得するしかないという現実も疲れる一途だ。

 こうして箒とチリトリを装備しては、自分が起こしたわけでもないのに掃除をさせられる宿命。

 いくらため息を吐いて理解しようが、あまりに理不尽な現状には頭を抱え込むしかない。


 夏場のくそ暑い時に風通しが良くなったドアの成れの果てを直視しては、修繕費はいくらかかるのだろうか。

 つい最近もドアや天井を修繕したばかりだというのに、際限なく諭吉さんばかり飛んでは、いつのまにか家賃収入がすべて修繕費へと消えて行っているのではないかと思う。

 コネコから金を搾取しようとも考えたが、魔王少女をこうしてぐらなたすに住まわせるに至った原因は、自分自身にもあるのだから文句を言えないのがつらい。

 幸い、被害の九割は俺の部屋なのが救いだろうか。

 他の住人達にも迷惑が掛かってしまえば、俺としてもカバーするのが難しくなってくる。

 そうなってしまえば、ぐらなたすからの退去という事になるのだろうが。


 どっちかと言えば、そっちの方が危惧すべき問題だろうな。

 あんな世間知らずな魔法ぶっぱする危険指定の少女を街中に放流でもすれば、想像するのが容易いほど世紀末的な未来が浮かぶ。

 そうして俺が責任の追及をされては、どちらにせよ俺を待っているのは異世界を巻き込む論争でしかない。


 まあ、本音を零せば修繕費って言っても、俺の金じゃないし。

 財源は兄貴の貯蓄から消えていくわけなので、痛くもかゆくもないわけで――物理的なダメージは当然痛いけど。


「あー、だるい、あつい、いたい」


 耐え難い三つの苦行がそのまんま言葉となって吐き出されていく。

 廊下に放置していたチリトリは真夏の暑さで熱を持っているし、箒に至っては魔法の二次災害を喰らったのか柄が短くなっていた。

 せめて俺の部屋が角部屋であったならまだ換気がしやすく、埃を掃くのも楽だろう。

 けど、俺の部屋は一階の103号室。

 ぐらなたすのど真ん中に配置されては、上と横を住人のどんちゃん騒ぎをもっともよく聞く羽目になるという嫌な間取りだ。


 俺のテリトリーがあるのかと訊けば、俺自身思う。

 ないよな、この配置って。

 しかしながら全体的に残念な住人が多いぐらなたすにも、まともな住人がいるのも確かだ。


「あのー、大家さん大丈夫ですか?」


 階段をとてとてと降りてくる犬耳生えた獣人(ウェアウルフ)

 黒のロングドレスを纏っては、白と黒の色映えが良いデザインはこちらの世界も、向こうの世界も同じ認識らしい。

 異世界であっても、こちら側と似ている部分は多々ある。

 人が生きるという時点で、どこか同じ思想に行き当たる部分があるのかもしれない。

 思えば、ヒューマニズムの観点から似ている箇所は多い気がする。

 となれば、人間が中心な社会も形成されていくもので。

 メイドという職業もその一つだった。


 ホワイトブリムが栗色の髪の毛を留めては、人懐っこそうなはしばみの色をした瞳が心配そうにこちらを見つめている。

 不安そうな犬耳は伏せがちで、丸まった尻尾はふるふると左右に振っていた。


「ああ、大丈夫だよ。ごめんね、うるさっかったでしょ。トリアさん」

「全然っ! どちらかと言えば、大家さんの方が心配でした」


 トリアさん、犬耳の獣人は異世界から別の住人の付き添いで来たメイドだ。

 二階の201号室に住んでは、日頃から俺の手伝いをしてもらったりしている。

 今回も爆発音を聞いて、降りて来てくれたのだろう。

 流石は献身的な犬の獣人である。

 真面目で、几帳面で、優しくて。


「今度こそは、逝っただろうなって思いましたから」


 けど、すっごいざっくばらんとしているんだよねー。


「コネコちゃんの使う魔法って、私たちの世界でも禁呪指定されている破壊魔法なんですよ。そんな危ない魔法を毎回喰らって無事なんですから、ある意味大家さんの生命力もすごいですよ。そう、まるでゴキブリみたいな!」


 あはは、俺いちおう大家なんだけど。

 キミ達を住まわせている大家なんだけど。

 そんな人物をゴキブリ扱いって、俺のヒエラルキーってメイドさんの頭の中でどうなっているのだろうか。

 というか、コネコ。

 やっぱし後でお仕置きしとこう。

 異世界人が認める危ない魔法を使うとか、マジで殺りにきているだろう、アイツ。


 肉体的なダメージを受けた後に精神攻撃の言葉攻めとか、暑さも重なってか、目の前がくらくらしてきたよ。


「ああ! やっぱり死にそうなんですか! 死ぬんですね!」


 トリアさん……。

 キミ、なんか喜んでいないか。

 俺の不幸をめちゃくちゃ喜んでいないか。


「いや、ちょっとクラッと立ち眩みをしただけだから」

「いーや、いけません! 大事をとって休むべきです! 玄関先の掃除なら私がやっておきますので!」

「大丈夫だって……」

「ダメです! 死にますよ、死んでしまいますよ! というか仕事を私に与えてくれないと、私が死んでしまいます!」


 ああ、そこは自分優先なんだね。

 どうやら俺が彼女の真意をはき違えていたらしい。

 トリアさんは俺を助ける以前に、彼女のメイドとしての他者へと尽くすという欲求を満たしたいようだ。

 獣人――特に、ウェアウルフは仲の良い相手にはとことん忠義を尽くすと聞いた事がある。

 彼女はその典型的な血脈を引き継いでは、どこかで拗れてしまったのだろう。

 尽くすという行動が、自身の欲求を満たす行為に変わってしまった。


「はいはい! つい先日、入手したお掃除くん第二部隊の出番ですね。私、今から掃除道具を持ってくるので、大家さん絶対に掃除をしてはいけませんよ!」


 ええ、べつにそんなに慌てなくてもいいですよ。

 俺はトリアさんみたく自分の部屋の掃除に立派な使命感とか持っていませんから。


「いやあ――いいね、メイドって。やっぱり私も欲しくなってくるよ。宗司君、キミもそう思わない?」


 かんかんと階段を駆け上がっていくトリアさんを見送ると、埃まみれとなったスーツの雪子さんが俺の横に立っていた。


「献身的なのはいいですけど……トリアさんの場合、一歩間違えれば狂気ですからね。俺は遠慮しときますよ」

「なに言っているんだい。男ならもっと独占的な欲望があるもんじゃないの? 夜な夜なメイドを自室に連れ込んでは、『ああ、御無体な』とか、そーいう妄想とかするもんじゃないの?」

「言っときますけど、彼女、獣人ですよ。ウェアウルフですよ。逆に俺が八つ裂きにされてしまいますから」


 獣人に卑猥な行為なんて……。

 モフモフな獣耳とか、ふさふさの尻尾とかわは触ってみたいけどさ。

 獣人の肉体は、人間の肉体よりも強靭な筋肉を有している。

 彼女達が力余って過剰な反撃をすれば、ビンタ一つで首がぐるりともげかねない。

 一時の誘惑に負けて、人生に自らピリオドを打ちたいならいいが、俺なら手を出さないだろう。

 だからこそ適切な距離感を保っては、適度な間柄でいるのが獣人にとっても、人間にとってもベストだ。


「しっかし、キミも考えたね。魔王ちゃんをエルフちゃんの通訳にするとかさ」


 雪子さんが指さす方向では、未だにエルフさんとコネコが遊んでいた。

 いや、遊ばれていた。


「だって貴方たち異世界監理官が引き取ってくれないんですよね。だったら自分で解決するしかないじゃないですか。それに、今回は都合よくコネコがいてくれたので、役目を押し付けただけですよ」

「ふぅん……交流局だって引き取る準備くらいは出来たよ。世界権力がそんな事を出来ない無能な集団じゃないのはキミも知っているでしょ」

「ええ、知っていますよ。身近にいますからね、馬鹿みたいにすごい奴が」


 まあ、今は異世界に行っているらしいけど。


「それなのにキミは自分から引き取った。魔王ちゃんの時もそうだったけど、今回のエルフさんに関してもそう。キミって以外とストイックな性格に見えて、フェミニストな一面もあるよね」

「別にそんなつもりありませんよ……ただ、無邪気な彼女達を追い返す気になれないだけですから」


 自分で口にしといて、その言葉には少し恥ずかしくなった。

 そんな俺をくすくすと雪子さんが可笑しく笑えば。


「ところでさ――」


 雪子さんが空の空き缶を俺に手渡してきた。

 そして――。


「お酒のおかわりある?」


 とりあえず、メイドさんに雪子さんを処分してもらうことにした。


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