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クリスマス

作者: 大額和良

クリスマス


 俺の人生は小さい頃からついていた。“幸運のボブ”って言われてきたんだ。家は普通のミドルクラス(中間層)だったけど、おやじは働きもので浮気もしないし、おふくろとの仲もしごく良かった。飲むのは好きだったけど、それも日曜にフットボールをテレビで見ながらビールを半ダースくらい。子供が好きで贅沢はできなかったけど、一家で食事に行ったりは良くしてくれた。お袋は今じゃ珍しいハウスワイフ(専業主婦)。家の中はいつもピカピカで毎日洗濯してた。まあ、典型的なアメリカンライフってわけよ。

 勉強は好きじゃなかったけど、なぜかいつも救いの手が入る。隣の席のやつが頭が良くてノートを写させてくれたり、全然準備してなかったテストは先生の都合で延期になったり、レポート提出に切り替わったり。レポートは文句言いながら手伝ってくれるやつには事欠かなかったな。SAT(アメリカの大学入学用統一学力試験。日本のセンター試験のようなものだが、アメリカではこれが良ければ一流大学に入学できる)もなぜかヤマカンが大当たり。そのおかげで入れるわけないハーバートに入ってしまい、中でも何とか切り抜けて卒業できた。アメリカは実力社会と言うけれど、学歴は立派な実力と認められていて、世界トップのインベストメントバンク(投資銀行)に入れた俺は、そこでもバブルの波に乗り、30前でミリオネイヤ(百万長者)になってしまった。正に絵に描いたようなアメリカンドリームだ。

 金があれば何だって手に入る。けれど俺は知っていた。今の全てが俺の本当の力で築いた者ではない事を。学校でも職場でもいつも言われていたんだ。

「あいつは何であんなに運が良いんだ」

「要領が良いのよ」

「ガーディアンエンジェル(守護天使)に守られているんじゃない?」 

「いやどっちかって言うと悪魔に魂を売ったのでは?」

「それは言えてる・・・“幸運のボブ”じゃなくて“悪魔のボブ”か?」

みんながそう言うのも無理は無い。俺自身そう思っていたんだから。そしていつか俺の心の中には自分の幸運を憎む気持ちが育っていた。有り難いとは思う。俺の様な大した能力の無いやつがこんな暮らし、マンハッタンの高給アパート(隣はジョンレノンが殺された時住んでいたダコタ・アパートだ)に住み、一生もう金の心配はしないで良く、毎日遊び回っていられる。買いたいものは何だって買えるし、目を付けた女で落とせないやつはいない。女については本当にそう思っていたのだが、そこへメーティスが現れたんだ。

 メーティスを俺に最初に会わせたのは、ベーベだ。何かのパーティーに連れてきた。 その時ベーベが狙ってる男の一人が俺だったから、その俺に他の女を紹介するのはおかしいのだが、女ってやつは(男もだが)今つき合っている男の事を誰かに自慢したくてしょうがないんだ。特に自慢する相手が自分とは競争相手になりそうも無いと自信を持ってる場合は。だから美人はブスと良く組んで歩いている。美人同士だとライバルになるから気を許せないんだろう。ベーベは男なら誰でも飛びつきたくなるようなダイナマイトボディのとびっきりだから、その横のメーティスは一見全く目立たなかった。 

 ブスじゃ無いが、一見平凡で目立たない。おっぱいもおっきくないし、ベーブみたいにきれいな足を大胆に見せるような服も着てない(本当はスタイルはかなり良い。足もきれいだ) まあ、どう考えてもその時の俺が目を止めるような女じゃなかった。もちろんそれでベーベも俺に会わせたんだろうが。メーティスは最初に会った時から、あの優しい微笑みを浮かべていた。「お会いできてうれしいですわロバートさん。あなたの事はベーベから良く聞かされているわ」

  どうしてそうなったか今は覚えてないが、そのパーティーも終わり頃、俺とメーティスは中庭の池の畔のベンチに座って話をしてた。俺は今まで誰にも話した事の無い自分の幸運について話していた。

 「だから俺の今の成功は全て幸運のおかげなんだ。俺の本当の能力なんてないんだ。俺だけじゃなくて親しいやつはみんな知ってる。そして陰で言ってるんだ“幸運だけのボブ”って」

「でも、世間じゃ良く、運も実力のうちって言うわよ」

「それはお互い持ってる力を全て発揮して、最後の最後にどっちとも勝負が決められない時、最後は幸運だった方が勝つって言うんだろう? それは俺だって判るさ。でも俺のは違う。元々何の能力も無いやつが幸運のおかげだけで成功してるんだ。他人が何か言うのももっともさ。こんな幸運なんて捨ててしまいたいよ。そうすりゃあ俺の本当の実力で勝負できる。もちろんそんな大した事はできないかもしれないし、今のような贅沢を楽しめないかもしれないけど、そうなった方が本当のやりがいが感じられるに違いないんだ」

 俺が本気でそう言ってると判ったのか、メーティスはあの優しい微笑みを浮かべながら

「本当にそう思うんなら、そんな幸運なんて誰かに上げてしまえば良いじゃないの。神様にお返ししてしまうとか?」

 俺は笑った。メーティスも笑った。それは何か小さい女の子がいたずらをする時のような可愛らしい笑い方だった。

「そうか神様がくれたんだから、神様に返しちまえば良いんだな。じゃあぜひそうしよう」

 メーティスの優しい微笑みは俺の悩みを全て受け入れてくれるようだった。俺はメーティスにキスした。 メーティスは拒まなかった。

 しばらく幸せに浸っていると、ばかばかしい疑問が浮かんで来た。

「待てよ、返したとして、俺の幸運なんて神様は何に使うんだろう? まさか神様がギャンブルをやる訳でもあるまいし?」

「さあどうなんでしょう? でも聖書か何かで読んだと思うんだけど、天国で、天使のガブリエルが賭けに強いので、他の天使が彼を負かそうとやっきになって騒ぎになり、神様に叱られたそうよ。神様はともかく、天使はたまには賭けもやるんじゃない? もちろん人間のやるような賭け事じゃないんでしょうけど。とにかくあなたは幸運を返して自分の力だけでやるのね。大丈夫?」

 大丈夫じゃ無かった。特に最初の内は。メーティスと出会ったパーティーの後、俺の人生は急転直下で落っこちていった。事業は次々と失敗(まあこれはバブルの崩壊があるから、俺だけじゃないけど)、株も大外れ(まあ、これもバブル崩壊の影響か? でも今までだったら不況でも俺の買った株は上がったもんだが) いわゆる“親しい友人達”は次々と俺から離れていった。しかし俺はそういうやつらにも、事業の失敗にもそれほどショックは受けていなかった。もちろん、周りにもそういうやつらが一杯出ていた事もある。バーナード・マドフ(アメリカ金融市場最大の詐欺を起こしたと言われる投資銀行家。20年間に渡り数千人から1兆円以上の詐欺行為を行ったと言われる)と比べりゃ可愛いもんだ。マドフは60過ぎて刑務所に入り、もう生きてる内には出て来れない。名声も財産も全て失い、家族も友人も彼を非難し、離れていった。 

 俺は大した借金はないし、まだ若いこれからだ。俺の金に引かれていたやつらは居なくなったけど。俺が金持ちなんて事を気にしない本当の友人は帰ってきてくれた。いや彼らはいつでもそこに居てくれたんだ。俺の方が彼らを遠ざけていたんだ。

 女もみんないなくなった(ベーブも見事に連絡してこなくなった)けど、メーティスがいてくれた。そして、友人や家族が俺の事を心配しているのに、メーティスは全然心配そうな顔をしないんだ。いつも、あの優しい微笑みを浮かべている。俺が少し不満を言うと

「少しは心配にならない? あんたが俺の幸運を神様に返しちまえばなんて言うから、俺、もう何にも無くなっちゃったんだよ。銀行預金も空っ穴。来月の家賃だって払えるかどうか判らないのに・・・」

「今のあなたはもう心配ない。だって自分の本当の力でやってみるって決心できたんだもの。 “幸運のボブ”でなくなっても、もう心配ないわ」

 メーティスが信じてくれたように、俺の生活は少しづつ立ち直っていった。大変っていっちゃ大変だったけど、必至で頑張っていると少しづつ仕事が戻ってきた。真面目にやってりゃ見てる人はいる。前の様な大金持ちとはいかないが1年もすると何とか食える様になった。それから、少し余裕を持てるようになるには、もう2年近くかかった。

 そこでメーティスにプロポーズした。俺のやれるのはこんなところだけど良いだろうか、安物の指輪が心配だったけど、彼女は例の優しい微笑みを浮かべながらOKしてくれた。

 ささやかだけど本当の友人や家族だけの街の教会での結婚式。メーティスは天涯孤独の身なので、友人という背の高いちょっと陰気な感じの男性が二人カルビンとマイケルだけ来てくれた。俺の方は高校の友達から何からで2、30人。派手じゃないけど良い結婚式だったとみんな言ってくれた。

 すぐ子供も生まれた。アスベル、俺の天使だ。このところ仕事中重いものを持ち上げたりしたので少々腰が痛い事以外、今の生活に不満らしいものはないが、ちょっと心配なのが、アスベルがやたら賭け事に強い事だ。

 たまに三人でポーカーをするのだが、5才のアスベルが俺はともかく(何しろ全く運の無い男だから)メーティスも簡単に負かしてしまうのだ。メーティスも珍しい事に、いつもの穏やかな顔から、真面目な目になる。頬が赤くなってる。結構本気になってるぞ。何回も負けるので5才の娘に本気で悔しがってる。こりゃ面白い。こんな面があったんだ。

「ほらほら人の事言っといて。賭け事なんかに夢中になってて良いんですか?」

 俺がからかうと、ちょっと困った様な恥ずかしそうな顔をした。

 かわいい。

 アスベルはそんな俺たちを見て無邪気に笑っている。

  家族の中でやっている分には、そんな訳で大した問題は無いのだが、家族以外の外の人間が絡んでくると少々やっかいだ。今日はクリスマス。アスベルの5才の誕生日(アスベルはクリスマスに生まれたのだ。実はメーティスも。親子揃ってクリスマス生まれってのも珍しいだろう)も兼ねてパーティーをやった。

 パーティの中でポーカーを始めたやつらがいる。まあ結構人気があるゲームだし、誰でもできる。でも賭け出すと問題も起こるし、熱くなって喧嘩でもされるとイヤだ。まあ、何とか楽しそうにやっているので安心していると、そこへいつの間にかアスベルが紛れ込んでいるのだ。誰か(又あのお調子者のリックだろう)アスベルがポーカーが出来るって言うんで面白がってやらせたんだろう。しかし、30分も経たない内にアスベルはテーブルのみんなをおけらにしちまった。そりゃまずいぜ。5才の女の子におけらにされたとあれば、男の沽券に関わると熱くなりそうなやつがいるんだ(サムなんてまさしくそうだ)。

 まずい事が起きない内にと、俺はアスベルを引っ掴むと

「さあ、もう寝る時間だよ。みんなにお休みなさいを言いなさい」

 アスベルは大人しく俺の腕にしがみついているし、サムも子供相手に本気になりそうだったのを反省したのか恥ずかしそうに黙っている。やれやれだ。

 2階のベッドルームに連れて行って、着替えさせて毛布を掛けてやる。お休みのお祈りもすんだので下へ行こうとすると、

「・・・パパ? アスベル、ポーカー強いでちょう?・・・」

「ああ、でも今日はもうおしまいだよ。早くお休み」

「・・・お休みなちゃい。・・・でもG…が強いんだもの。パパの・・・もらったんだけど・・・」

 最後は聞こえなかった。寝付きは良い子なんだ。やれやれ。

 下へ降りる階段の途中で、ちょっと疑問が浮かんだ。まてよ、アスベルの友達にGで始まる名前の子供なんて居たっけかな? 俺がそんな事を考えながら階段を降りていくと、下ではメーティスが、あの、ちょっと困った様な微笑みを浮かべて俺を見上げた。 


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