危険な罠
「俺たちは庭で何が起きているのかを気にしていただけで、情報なんて何も……なぁ?」
太陽さんは頭をかきながら笑って誤魔化したが、こんな時、何も喋れない犬はどうすればいいのだろう。
必死にうなずいてみせたが、清水さんは納得しない。
「おいっ。そっちの高校生。確か、ポチだっけか。噂通り、人狼のカードを引いちまったなら、もう1人の名前を教えてくれよ」
俺は狼だと決め付けられて、清水さんに頭をつかまれ、熱々の湯気が沸き立つ浴槽の側に連れていかれた。
た、たすけて……。
必死に振り返ったが、オジサンとホストは隠しカメラを探すことに夢中になっているし、太陽さんは更衣室の方に逃げてしまった。
俺だって、尻尾を丸めて今すぐ部屋に戻りたい!!
「ほら。なんとか言えよ。あんまり粘ると、ポチが2人目の犠牲者になっちまうぞ」
清水さんは、俺の頭を浴槽内に沈めようと、力を入れて押してくる。
このままじゃ、本当に殺される!?
『俺は人狼じゃない!』……と否定したいが、人間の言葉は喋れない。
まるで喉元を締め付ける首輪のような犬縛りがきつすぎる。
「ウゥ……」
必死に浴槽のへりをつかみながら、せめて犬の唸り声で抵抗してみるが、頭を押しつける清水さんの力がますます強くなり、もう少しで湯船に顔が付きそうになると、透明なお湯の底に、不自然な金属の棒が突き出ていることに気がついた。
なんだアレ?
思わず、頭をブルブルっと、水浴びした直後の犬のように激しく振って、お湯を指差す。
「なんだ? 何を見つけたってんだ?」
清水さんが湯船をのぞきこんでいる間に、他のメンバーにも身振りで知らせて呼び寄せる。
様子をうかがっていた太陽さんも、嫌そうな顔をしながら戻ってきた。
「どうした? 何かあったのか?」
機嫌が悪そうなホストに答えたのは、異変に気付いた清水さんだ。
「湯の中に銀の棒がある。まるで電極みたいな……」
その途端、
「離れろっ!! その湯に触れると感電するぞっ」
とオジサンが叫び、浴槽の側にいた全員が黄崎さんの事故を思い出して、とっさに湯船から距離をとった。
「あっぶねぇ。なんなんだよ、この屋敷はさぁ。まるで……」
俺たちを殺すための仕掛けだらけじゃないか。
そんな事を言いたそうな顔で、太陽さんが俺の顔を見た。
すると、怖いもの知らずのホストが、湯の中に片手を突っ込む。
「うわあああぁっ!!」
「紫刃さんっ」
すかさず長髪の清水さんが駆け寄ったが、しびれた真似をしていたホストは馬鹿にしたような顔で振り返った。
「な~んてな。別に、電気なんて流れちゃいねぇよ。お前ら、ビビリすぎだ」
浴槽の中に電気を流すための仕掛けがあるなんて、考えすぎか?
「だいたい、誰がこんなに怪しい風呂に入るっていうんだよ。ポチでも気付くんだぞ」
「だが、入浴剤を入れて、底が見えない状態になっていれば……」
清水さんが言う通り、気付かずに入ってしまっただろう。
でも、これが誰かを処刑するための仕掛けだったとしたら、どうしてわざわざ公開しているのだろう。
……大神さんのミス?
いや、そうとは思えない。
コレを見せることに何か意味があるとしたら、俺たちを強く警戒させることで、次のトラップに誘導しようとしているのかもしれない。
もしそうだとしたら、何が起きるっていうんだ!?
「今夜は、ゲームが終わっても風呂には入らない方が良さそうだな」
というホストの言葉に、俺たちは顔を見合わせながらうなずいた。
妙な連帯感が生まれたところで、奇妙な放送が流れ始める。
――2日目の追放者が決定しましたので、フリータイムを終了します。
「はぁ!? 俺たちはまだ投票もしていないのに、誰に決まったっていうんだよ」
「このゲームの主催者は、頭がおかしいみたいだな」
ホストと清水さんは気付かなかったようだが、俺は気付いてしまった。
犬屋敷人狼では、負傷者が出ると、強制的に村から追放されることになる。
フリータイムの時間はもう少しあるはずなのに、追放者が決まったということは……?
食堂か、女子風呂の中で何かが起きたのではないだろうか。
そしてまた、誰かが怪我をした。
「おいっ、扉を開けろっ! 聞こえないのか。大神っ」
浴場内にオジサンの鬼気迫る怒鳴り声が響き渡ったが、扉は開かない。
スピーカーから、2人の追放者が出た、という大神さんの声が聞こえてきた。
今度の犠牲者は、2人同時!?
一体どこで、何が起きたんだ?