疑惑の初夜
俺が案内されたのは101号室だった。
隣の102号室が赤井太陽さんで、103号室が茶畑のオジサン。
そして不吉な4の数字を飛ばして、105号室が灰野さんというサングラスをかけている男の部屋だった。
2階は2人部屋なので、小学生の男の子を連れている青葉さん親子や、友人と一緒に参加している2組の男たちに割り振られ、女の子たちは全員、3階の個室にいるらしい。
黄崎さんは病院に運ばれることになり、それに付き添う彼女さんも特別にリタイアが認められて、屋敷の中からいなくなった……。
***
大神黒子は、銃を使って黄崎さんのカメラを壊した可能性があるが、彼らを無理にでも閉じ込めておきたいという素振りは見せなかったし、彼女のレモンさんとも初対面で、黄崎オンラインとの面識も無かったという。
もし万が一、大神さんが銃を持っていたとしたら、彼の目的は何なんだ!?
彼には黄崎さんを襲う動機が無さそうだし、黄崎オンラインが逃げようとしていた理由も分からない……。
人狼ツアーが何度も開かれているのは本当なので、これまでに似たような事件が起きていれば、とっくにニュースになっているはずだろう。
何も起きていないってことは……やっぱり、考えすぎか?
ただの偶然。
もしくは、彼らの演出なのかもしれない。
1人で悩み続けていると、ようやく部屋の扉がノックされ、大神さんが入ってきた。
「いやぁ、お待たせしてすみませんでした」
「いえ……」
どんなに作り笑いをしようとしても、顔が引きつってしまう。
……意識しすぎだ。
俺は、ゲームマスターを怒らせないように、ルールを守ってプレイすればいい。
ゲームに勝てば、こんな怪しい屋敷とはおさらば出来る。
……そうだよな?
「すみません。ポチさんのカードを確認させていただいてもよろしいですか? 私はまだ皆さんの職業を知りませんので」
「あっ、はい。コレです」
俺が犬のカードを差し出すと、
「白田さんが犬でしたか。……プッ。いや、失礼。ちょっと面白かったものですから」
大神さんは、たった今、初めて俺の職業を知ったという様子で吹き出した。
「それで、フリータイムにはどちらの部屋にいらっしゃいましたか?」
談話室にいたことを伝えると、手元の書類に何かを書き込みながら、後でもう1度部屋を訪れると言いながら出ていった。
彼が戻ってきたのは20分以上経ってからだった。
全員の職業と夜のターンの行動を確認してきた後で、談話室にいた人外の数を教えに来てくれたのだ。
「先ほど、ポチさんがいた部屋の人外の数は……3名でした」
「あの、1つ確認しておきたいんですけど、人外の中に『狂人』は含まれるんですか? それと、俺以外に犬がいるかどうかも知りたいんですけど……」
人狼の味方をする狂人は、占われても村人と同じ『白判定』で、ゲーム中も村人として扱われる。
ただし、裏切り者なので、勝敗がついた時は狼陣営の扱いになる。
「犬が嗅ぎわけられるのは、人狼と妖狐の匂いだけですから、狂人は含まれません。それから、今回使われている役職カードの内訳は、人狼が2枚。狂人、犬、占い師、霊媒師、騎士、ハンター、妖狐がそれぞれ1枚ずつ。あとは恋人が2枚と、村人が5枚の計16枚です」
「ってことは、犬は俺だけなんですよね」
やっぱり、あのメイドさんは、なりすまし犬だ。
「あと、リタイアした黄崎さんたちの役職は何だったんですか?」
「それは教えられません。どうぞ推理してみて下さい」
「えっ? でも、もういない相手の事をどうやって……」
大神さんはその質問には何も答えず、
「襲撃の結果は放送で発表しますから、聞き逃さないように気をつけて下さい」
と言って、部屋から出ていった。
***
ゲームの主催者は、ミステリアスで不気味な雰囲気の男だが、どちらかというと、刑事ドラマに出て来る犯人役よりは、妖怪役の方が似合いそうな影が薄い人物である。
参加者たちに殺意を抱いているようにも見えなかったし……。
とにかく、今分かっていることを整理しておこう。
さっき、談話室にいた人外の数が3人で、人狼と妖狐のカードの合計が3枚ってことは……。
あれ?
全ての人外が、談話室の中にいたんじゃないか。
予想以上の大収穫だ。
あの部屋にいたのは俺も含めて8人なので、誰が人外なのかまでは特定できないが……重要なのはソコじゃない。
庭にいた連中は全員、村人陣営だってこと。
犬は、占い師のように確実に黒を確かめることは出来ないが、6名もの人間を一斉に白出しすることが出来るのだ。
そのうちの2人はリタイアしてしまったが、この結果はかなり運が良かったはず。
ただ、問題なのは……この有益な情報をどうやって味方に伝えるかだ。
白の中には裏切り者の狂人が混じっているし、犬は基本的に喋れない。
談話室いたのは人外ばかりみたいだし、狼を特定出来るまでは、単独で捜査を続けるしかないのか。
犬って、孤独な職業だなぁ。
***
101号室の中を見渡してみると、シンプルなベッドが一つと、壁に作り付けのクローゼットと、一組のテーブルセットがある。
いたって普通の客室だ。
特におかしな所は見当たらない。
このゲームは、異常か、尋常か?
黄崎さんの事故は、故意か、偶然か……?
色々考えていると、大神さんの声で放送が流れ始めた。
――夜のターンの人狼の襲撃は……失敗しました。
5分後に朝のターンを開始しますので、プレイヤーの皆さんは『食堂』か『浴場』のどちらかを選んで移動して下さい。
狼は、村人を襲うことが出来なかったらしい。
人狼が潜んでいたのは談話室だから……同じ部屋の中に『騎士』がいて、犬のフリをしたメイドさんを守っていたのかもしれない。
騎士というのは、夜のターンに1人を指名して狼の襲撃から守ることが出来る。
ただし、自分を守ることは出来ないので、狼に襲われるとやられてしまう。
正体を悟られないように潜伏しながら仲間を守り続ける忍者のような職業だ。
「でも、庭には6人もの村人がいたんだよなぁ」
もし騎士が外にいたのなら、メイドさんが犬のフリをした事は知らないはずなので、狼が指定した襲撃相手が、たまたま『妖狐』だった可能性もあるだろう。
妖狐は、単独で潜伏している第3陣営で、狼に襲われても死なない代わりに、占い師に占われると呪殺されてしまう。
だが、最後まで残っていれば、村人と狼のどちらの勝利条件が満たされても妖狐の勝利になるので、なんとか見つけだして追放しなければならない。
そもそも、メイドさんはどうして犬のフリを始めたんだ!?
たまたま犬だと誤解されて、それに乗っかる事にした妖狐かもしれないし、彼女自身が狼という可能性もある。
――あと1分で扉が閉まり、自動的に鍵がかかります。
ゲームに参加しない村人は、処刑されますので、ご注意下さい。
そんな放送を耳にすると、俺は慌てて部屋を飛び出した。
「しまった。早く移動しないと時間切れになっちまう」
移動先は……人が集まりそうな食堂か?
それとも、浴場? ……って、混浴なの!?