エピローグ
「何がなんだか分からないって顔をしているね」
俺がバスの中で呆然としていると、探偵の灰野さんが、少しずつ説明してくれるという。
「まずは、さっきの高校生が言っていた話だが……」
黄崎さんと紫刃さんの事故が故意に引き起こされたものなのかどうか。
俺は、灰野さんよりも早く、自分の推理を口にしてみた。
「不審な事故が起きたのは、大神さんがプレイヤーたちに追放者を選ばせず、ゲームの勝敗をコントロールするためだったと思うんですけど……」
灰野さんは、なるほど、とうなずいてから本当の答えを明かす。
「面白い推理だが……本物のワタルは、あの2人に、本当に殺意を抱いていたんだよ」
「どうしてですか?」
「それは……」
スーツのポケットから黒い手帳を取り出すと、灰野さんは真実を語り始めた。
「このツアーの本物の主催者は、数ヶ月前に恋人を失くしている。その女性は悪いホストに捕まって、ワタルが渡した結婚資金を使い果たしてしまい、婚約者に会わせる顔がなくなって死んでしまったそうだ」
「それじゃあ、犬屋敷人狼は、亡くなった女性の婚約者が考えた殺人計画だったんですか?」
「さすがに、殺すつもりまではなかったんだが……強い恨みを抱いていたのは確かだね」
本物のウルフブラックは、婚約者が連絡をとっていたホストを屋敷に誘い出し、事故に見せかけて復讐しようとした。
そのため、紫刃さんの個人情報を調べようと、Wataruというハンドルネームでネットゲームに手を出すようになったという。
「ところが、ワタルは人狼ゲームと出会い、それを楽しむようになったんだ」
楽しい時間を過ごすうちに、1度は復讐なんてやめようと思ったのだが、とある動画で『下手なプレイヤーがいる』と笑いものにされていることを知ると、たくさんの仲間を引き連れた狼となって、黄崎オンラインにも復讐することを決めたという。
「さて……ポチ君。君がこのツアーに招待された理由は、何だと思う?」
灰野さんは、バスの手すりにもたれかかりながら、タバコを吸い始めた。
「多分、ワタル君に、口うるさく人狼の説明をしていたから……ですよね?」
きっと、ウルフブラックのプライドを傷つけてしまったのだろう。
恐る恐る灰野さんの顔を確かめてみると、彼は満足そうに笑い始めた。
「……残念。不正解だ」
「えっ!?」
「犬屋敷人狼を利用して、ホストの紫刃と、初心者を馬鹿にしていた黄崎君に復讐しようとしていたワタルにとって、様々なテクニックを教えてくれたPochiというプレイヤーは……安らぎを与えてくれる女性だったのさ」
「……女性?」
「あぁ。ネットの世界では顔が見えないからね。恋人を失ったワタルは、ポチ君を花嫁候補の1人として屋敷に招いたのさ。一条茜君も、眼鏡をかけていた銀さんも」
「それじゃあ……俺がこのオフ会に招待されたのは……愛犬家の女の子と勘違いされたから!?」
「とても親切なPochiさんが、本当はどんな女の子なのかを知りたくて。どうしても、顔を確かめてみたかったんだ」
「でも……ポチの正体は、男だった……。だから、俺に復讐しようと」
「いや。ワタルはその程度で復讐しようなんて思わないさ。リタイア料金の支払いも必要ないし、そもそも臓器の取引をしているウルフブラックなんて架空の人物なんだ。それに、彼の側にはもう、可愛い女の子がいるんだよ。ポチ君はもう、2週間前に行方不明になった女子高生の事を知っているだろう」
「桜さんが、そうなんですよね」
金子桜こと、一条茜さんは、屋敷の中に2週間も囚われていた。
「正確には、家に帰りたくないという彼女を保護していたつもりなんだが……」
ワタルは自分と同じように人狼が苦手だった桜さんを放っておけず、ワタルのフリをさせ、全てのゲームが終わったら、彼女を連れて海外に逃亡する予定だったらしい。
「僕にはやっぱり、人狼の才能が無いらしい。人を見る目が無いみたいだ。ホストに貢ぐような女性に恋をしてしまったり、犬好きな男の子を女性と勘違いしたり……。ポチ君。君とのゲームは、とても楽しかったよ。本当は、もっと一緒に遊びたかったんだが……どうやら警察が動き出してしまったようだ」
バスの外に目を向けると、駐車場にパトカーが近付いてくる。
「待って下さい。俺は……通報なんてしていません!!」
俺の脳裏に、『警察官を見かけたら射殺する』という大神さんの言葉が蘇ってきた。
「その話を信じろと?」
「本当です。信じて下さい。俺は嘘なんて……」
絶対につきません! と言いたいところだが……灰野さんには、バスの中で母に電話をかけた時に、勉強合宿に行くと嘘をついていた事を知られているので、言い切れない。
嘘をつくと、どんなに損をするか……。
小さな綻びが、破滅を招く。
「まぁいいさ。僕はポチ君を信じたいからね。このまま2人を人質にとって逃げるという選択肢もあるが……そんな事をすれば、戻ってこられる時期が遅くなってしまう。いつかまた、僕に人狼のコツを教えてくれないか?」
今度はトリックなんて使わずに勝てるようになりたいんだ……と言いながら、灰野さんは両手を顔の横に上げた。
バスの中に乗り込んできたのは、拳銃を構えている刑事さんと、スマホをいじっている高校生。
そして、ヘッドホンをしている緑川だ。
銃を構えている怖い顔の刑事さんをよく見てみると……なんと茶畑のオジサンだった。
「茶畑さんって、刑事さんだったんですか!? 全然そうは見えないのに」
「おいっ。助けに来てやったのに、うるさいガキだな。灰野嵐。未成年者略取及び監禁、その他諸々の罪で逮捕する」
ヤクザのような顔のオジサンが、灰野さんの腕に手錠をかけた。
探偵のフリをして俺たちを欺いていた灰野さんこそ……本物のワタル君だったのだ!!




