負債人狼
背徳人狼の参加者は、犬屋敷で負けた村人たちに、大神黒子と運河割男を加えた12人。
テーブルの上を片付けて、このまま鶴の間でプレイするという。
今回、ゲームに参加する大神黒子の代わりにゲームマスターを務めるのは……メイド姿の藍さんだ。
「それじゃあ、職業カードを配りますニャ~」
今日は猫耳のカチューシャを付けているメイドさんは、犬のフリをするよりも、猫の真似をする方が好きだったらしい。
「ちょっと待ってくれ」
突然、灰野さんがカードを配ろうとしていたメイドさんの動きを止めた。
「大神さん。僕が勝利した時の報酬を変えて欲しいんだが……」
灰野さんは、2人分の参加費を全額支払うので、自分が勝った場合は、桜さんの勝敗に関わらず、彼女を一緒に連れ出したいと交渉し始めた。
3つも陣営があると、2人で同時に勝利するのは難しいため、桜さんを助け出す確立を少しでも引き上げようと考えたのだろう。
「分かりました。灰野さんが勝利された場合は、桜さんも一緒に解放しましょう。お2人の参加料金も全額お返しします。そういうルールでしたからねぇ。ただし、負けた場合のリスクを『この場にいる全ての参加者たちのリタイア料金を支払うこと』に変更させていただきます」
12人いる参加者のうち、9人のリタイア料金は12万だが、今日が初参加の大神さんは6万円。桜さんは84万で、1ヶ月近くも屋敷にいた運河割男のリタイア料は156万になっているという。
「全部合わせると……354万円か。結構な金額だな」
灰野さんは、チラリと桜さんを見た。
彼女はとても不安そうな顔をしている。
「もし灰野さんが負けた場合は、桜さんの勝敗に関係なく支払っていただきますが……この条件でよろしいですか?」
「う~む。それを支払えば、負けても屋敷から出してもらえるのか?」
「いいえ。負けた方に関しては、後で個別に相談させていただきます」
一体どんな条件を出されるのかは分からないが……この様子だと、金を払ったくらいでは出してもらえなそうだ。
「どうでしょう?」
「……。分かりました。その条件でお願いします」
灰野さんは、ハイリスクな条件をのんだ。
「他に、報酬を変えて欲しい方はいらっしゃいますか? お知らせしていた通り、これが最後のゲームになりますよ」
大神さんが参加者たちを見渡すと、青葉さんが慌てて手を挙げた。
「空を……もし私が勝った場合は、空も一緒に連れていかせて下さい」
「もちろん、その方がいいでしょうねぇ。では、青葉さんが負けた場合も、354万円をお支払いいただきます。ただし、灰野さんが同時に負けても、割り勘にはなりません。それぞれ支払っていただきます」
2人が負けた場合、大神さんは708万円を手に入れることになる。
ついに本性をあらわし始めたようだ。
バスの運転手は、コンビで参加している若草たちにも話を振った。
「緑川さんと、若草さんはどうされますか? お互いに助け合うことが出来ますよ」
「若草はお金ある?」
「あるわけないでしょう。緑川君。負けないように気をつけて下さい」
彼らは、お互いに助かる確率を引き上げることが出来るこの条件には飛びつかないようだ。
もちろん、どちらかが負ければ354万を支払わなければならず、2人とも負ければ708万円の負債を抱えることになる。
「では、ポチさんはどうですか……?」
「えっ? 俺!?」
俺は1人で参加しているので、助ける相手なんていないはずだけど……。
「もし、一緒に勝った事にしたい相手がいれば、指名しても構いませんよ。私としては、1人でも多くの方に屋敷を出ていただきたいですから」
俺は、思わず桜さんの顔を見た。
すると、彼女が小さく首を振っている。
その向きは縦ではなく横なので、この条件に飛びついてはいけないという合図だろうか。
意味ありげな大神さんの視線を辿ってみると、彼は運河割男の顔を見つめながら微笑んでいる。
まさか……あの男を指名して勝った事にしろっていうのか?
俺は、101号室で持ちかけられた取引の話を思いだした。
大神さんの指示通りに動けば、勝っても負けても屋敷から出してもらえるかもしれないが……俺はまだ返事をしていないし、『金を払わなくてもいい』とは言われていないような気がする。
うっかり騙されて、見ず知らずの男のためにリタイア料金を支払うことになるのは絶対に嫌だ。
「俺は……職業カードを配らせて欲しいんですけど……」
絶対に、奴の筋書き通りになんて動いてやるもんか。
今回の俺の職業は……全てをぶち壊す破壊神だ。
大神陣営が予定しているシナリオを完全に叩き崩してやる。
「なるほど。それではポチさんに職業カードを配っていただきましょう。ただし、何かトリックを仕掛ける可能性がありますので、負けた場合は354万を支払っていただきますが、それでもよろしいですか?」
「……はい」
この感じだと、どうせ何をしたって払わせるつもりなのだろう。
俺はマジシャンではないのでカードに細工なんて出来ないが、大神さんの協力者であるメイドさんにカードを配らせるわけにはいかないのだ。
12枚のカードを手にすると、みんなの前で裏返して、書かれている職業を確認した。
人狼が2枚。狂人1枚。この3枚が狼陣営で、1枚ずつしかない妖狐と背徳者が第3陣営。
村人陣営は、占い師、霊媒師、騎士が1枚ずつと役職の無い村人カードが4枚。
いっけん人数が多い村人陣営が有利そうだが……人外を追放出来る回数を計算してみると、チャンスは4回しかなく、4日間で3匹の人外を仕留めるのはかなり難しい。
もし村人陣営になったら、ほとんど推理を外せない状況だ。
「それじゃあ、混ぜますよ」
俺はカードに異変が無いことを確認してからシャッフルし始めた。
変われ、変われ……大神陣営の計画なんて全て狂ってしまえ……と祈りながら、ひたすらカードをきっていると、太陽さんに声をかけられた。
「おいおい。いつまでやっているんだよ。早く配ってくれって」
「あぁ、すいません」
1枚ずつ、参加者たちの前に置く。
職業をコントロールすることが出来なかった大神さんには、誰がどの陣営になったかすら分からないはず。
さぁ、これで勝負だ!
俺が挑戦するのは、背徳人狼ではなく、そのゲームの裏に隠されている負債人狼。
排除すべきは、大神陣営である。
プレイヤーの中に潜んでいるワタル君の仲間たちと戦うための俺の職業は……?




