嘘つきな参加者たち
ゲームが始まってから言葉を発したのは、今のところ、太陽さんと桜さんと強面のオジサンだけ。
皆、様子をうかがっているようだが、ノンキに高い所の本を取ろうとしていたメイド姿のコスプレお姉さんが、
「きゃん!!」
と言いながら、分厚い本を落とした。
「あれ? 今のって犬の鳴き声か?」
すかさず反応したのは、太陽さん。
桜さんも黙っていられない性格のようで、思わず疑問を口走る。
「もしかして、この部屋の中に人外がいるんでしょうか!?」
しかし、犬の効果が発揮されるのは夜のターンになってからなので、今はまだ人外がいるかどうかは分からない。
そのことをバスガイドのお姉さんが指摘した。
これで喋っていないのは、俺と、元々無口そうな眼鏡をかけている女の子と、映画を観るためのソファーに腰かけながら、新聞を読んでいるサングラスの男の3人になった。
「メイドさんは、あえて犬だって事を知らせてきたんじゃないか?」
「でも、犬が正体を明かしてしまうのはマズイと思います」
なんだかんだで太陽さんと桜さんが追放会議を始めると、恐ろしい見た目とは裏腹に、茶畑というのどかなハンドルネームのオジサンがバーに近付いてくる。
「同じ部屋の中に騎士がいれば守ってもらえる可能性が高いし、犬が狼の気を引いている間は、本物の占い師たちが襲われずに済む」
「そうか。犬には、村人を守る番犬の役割もあったのか!」
「なるほど。では、メイドさんにお尋ねします。アナタは本当に犬なんですか?」
「おいおい、桜ちゃん。そういう質問の仕方は駄目なんだよ。彼女はドッチとも答えられないんだから」
たとえ嘘をつく気が無かったとしても、他人にカードを見せて、自分の職業を証明する行為は禁止されている。
皆の視線がメイドさんに集中したが、コスプレ姿の藍さんは弁解もせず、拾いあげた本で顔を隠したまま黙り込んでしまった。
もしかして、このまま犬になりすますつもりなのか!?
あのぉ……俺が本物の犬なんですけど!!
「そういえば、犬は人の言葉が喋れないんでしたっけ」
「それじゃあ、口を開かない奴らは、犬になりすまそうとしているわけか! 随分、静かだからオカシイと思っていたんだよ」
1番オシャベリな太陽さんが周囲を見回し、庭の様子まで口にする。
「外にいる高校生たちも口を閉ざしているみたいだし、長髪のお兄さんなんかは、口より拳で語る方が得意そうだしなぁ」
外で話し込んでいるのは、黄崎オンラインと、ホストの紫刃さんだ。
なんだか険悪そうな雰囲気で言い争っているが……大丈夫だろうか。
それから、トランポリンで遊んでいる親子も普通に喋っているが、彼らはゲームに参加しているのかどうかすら疑わしい。
「メイドさん以外に6人も喋らないプレイヤーがいるなんて、どこも犬だらけじゃないですか。あ! だから、犬屋敷人狼っていうんでしょうか?」
桜さんは妙に楽しそうだが、恐ろしい顔つきの茶畑のオジサンが俺の顔を覗き込んできた。
「犬のフリをしているのは、おそらく人狼か狂人(裏切り者)だろう。あるいは、潜伏している妖孤の可能性もあるな」
今度は室内にいた参加者たちの視線が俺に集まる。
初日はほとんどヒントが無いし、庭にいる連中とはコミュニケーションすらとれないので、同じ部屋の中から追放者を選ぶとしたら、バスの中で疑わしい行動をとってしまった俺を選ぶ……ということか。
くそっ。弁解したいのに、人の言葉が喋れない犬ではどうにも出来ない。
あのメイドさんが嘘をついているのは間違いないので、それだけでも証明しておきたいが……ココでワンワン吠えたら、ますます怪しまれそうな気がするし……。
どうすりゃいいんだ!?
何気なく窓の外に目を向けてみると、黄崎さんと彼女さんが、庭を駆け回りながら、何かを探しているようだった。
俺が窓に歩み寄っていくと、桜さんが追いかけてくる。
「ポチさん。何を見ているんですか? ……あれ? あの人たち、もしかして逃げようとしているんじゃないですか!?」
そんな言葉を聞くと、新聞を広げていた男性がチラリと窓の外に目を向けた。
庭の周囲には刑務所のように高い柵があるので敷地の外には出られそうにない。
ところが、黄崎さんはトランポリンから子どもをおろし、恋人と一緒に遊具を壁際まで運んでいった。
「まさか。あいつら、トランポリンを使って塀を飛び越えるつもりなのか!?」
太陽さんと、強面のオジサンも興味を示して窓に近付いてくる。
「無茶だ!! 壁の上に、糸のようなものが張られているだろう。アレはおそらく……」
強面のオジサンが顔をしかめると同時に、黄崎さんがトランポリンを利用して思い切りジャンプしたが……塀をよじ登り、電線のようなものに触れた途端、全身を痙攣させながら庭の中にドサリと落ちた。
「やっぱり、電気が流れていたか」
どうやら、黄崎さんは感電してしまったようである。
室内からではよく見えないが、もしかすると……。
側で見ていた彼女さんが駆け寄り、泣き始めた。
「おいおい。なんであんな危険なものが張られているんだよ!?」
太陽さんも、ようやくこのゲームの異常さに気が付いたらしい。
「きっと、ゲーム中は『屋敷の中から出てはいけない』って事ですよね」
「確か、ホワイトボードにも『ルール違反をすると処刑される』と書かれていましたよ」
というバスガイドさんの話を聞くと、談話室にいたメンバーは顔を引きつらせながら黙り込んだ。
確かに、そう書かれていたのを俺も確認しているが……。
これが……処刑!?
庭のメンバーが黄崎さんの周りに集まっているが、彼が立ち上がる気配はない。
少しすると、どこかで様子を見ていたらしい大神さんが鍵を開けて部屋に入ってきた。
「困りましたねぇ。勝手に脱走しようとするなんて……。あの様子では、黄崎さんは病院に連れていくしかないでしょう。……というわけで、1日目の追放者は、彼に決定しました」
「追放者だと? もうゲームどころじゃないだろう!!」
茶畑のオジサンが大神さんの胸倉につかみかかったが、ツアーの主催者はこのままゲームを続けるという。
「人狼には犠牲者が付きものですし、たまにはこういう事があっても面白いじゃありませんか」
「たまには? 本当に、偶然の事故なんだろうな?」
「えぇ。これまで何度もゲームを行っておりますが、こんな事が起きたのは初めてです。嘘だと思うなら、以前の参加者たちに話を聞いてみて下さい。それに、皆さんも一部始終をご覧になっていたのでしょう」
大神さんは、自分のせいではない、と言いたいようだ。
茶畑のオジサンが主催者の所持品をチェックしたが、白い手袋をしているバスの運転手の体を調べても、本物の拳銃なんて出てこなかった。
「そもそも私が黄崎さんをどうにかしたいと思っていたら、彼だけをコッソリ山の中に呼び出して、死体を隠してしまうでしょう。そう思いませんか?」
「確かに……こんなに大勢の前で襲うわけないか」
太陽さんは納得したが、茶畑のオジサンは納得しない。
「だったら、どうしてあんな危険な仕掛けを用意していたんだ!?」
「仕掛け? ではなく、アレはただの泥棒対策です。ご覧の通り、山の中にポツンと建っている屋敷ですから、外からの侵入者を防ぐためのものなんですよ。まさか内側から飛びつく人がいるなんて、思いませんよねぇ」
もし大神さんが銃を持っていなかったなら、あの銃声は動画作りが得意だった黄崎オンラインが、俺たちを驚かせるために用意していたものかもしれないが……何のために感電までして見せたのかが分からない。
「こんなトラブルが起きて驚れかれたと思いますが……皆さんにはせっかく集まっていただきましたので、夜のターンを始めたいと思います。それぞれの個室に移動してお待ちください」
俺たちは屋敷の1階から3階にある客室に移り、ゲームマスターの大神さんがそれぞれの部屋を訪れて進める夜のターンを待つことになった。