最後の晩餐
一面、畳が敷かれている座敷に入ると、長いテーブルの上に豪華な食事が並べられていた。
御頭付きの鯛の刺身の舟盛りに、牛肉のステーキに、昼間っからビールや高そうな日本酒まで用意されている。
「うわぁ。美味しそうですねぇ」
俺がテーブルの端に腰をおろすと、桜さんが隣に座ってきた。
そして、メイド姿のお姉さんがご飯をよそってくれたのだが……その顔に見覚えがある。
「あれ? 昨日もメイドのコスプレをしていた藍さんですよね!?」
どうして犬屋敷人狼に勝って、屋敷から解放されたはずのメイドさんがココに残っているのだろう。
やっぱり、彼女も協力者だったのか!!
この屋敷には、一体何人ワタル君の仲間が紛れ込んでいるんだ!?
「アタシは元々、この屋敷で働いている使用人なんだよね~。20歳未満の人たちはお酒を飲んだら駄目だから、コーラかオレンジジュースかウーロン茶のどれにする?」
「えっ?」
「私はウーロン茶をお願いします」
「僕はオレンジジュース!」
桜さんと空君が答えると、太陽さんがコーラを頼んだ。
緑川と若草はメニューにはない緑茶を頼んだが、特別に用意してくれるらしい。
「ポチは何するの?」
「ええっと……俺は、出来れば缶ジュースがいいかな。絶対に開けなくていいから」
「えぇ? 何でそんなにワガママなのよ。まぁいいけど」
メイドさんは、グラスに入ったドリンク類と、温かいお茶と、1本の缶ジュースを持ってきてくれた。
俺はワタル君に狙われているので、毒物を入れられないように密閉された飲み物を頼んだのだが、目の前に置かれたのはトマトジュースだったので、野菜嫌いな俺には飲めそうにない。
「良かったわね。料理に使う分が残っていて」
と、メイドさんは得意気な顔で置いていったが、昼食にはトマトジュースなんて使われていない。
本当に料理に使うために用意していたのか?
赤い飲み物から連想できるのは……人間の血だが……一体、何に使うつもりで用意されていたのだろう。
村人陣営だった参加者たちが全員そろい、大神さんが席につくと、1番最後に無精ヒゲを生やした浮浪者のような男が入ってきた。
ゴキ〇リのようにテカッている黒髪はだらしなく肩まで伸びきっており、何日も風呂に入っていないのか、体から異臭がする。
「うへへへ。今日もまた、ご馳走が食べられるなぁ」
運河割男というハンドルネームの青年は嬉しそうに隅の席に座ると、自分でお酒を注いで、一足先に飲み始めた。
もしかして、大神さんが浴室で感電死させたかったのは、この男じゃないだろうか。
「少し、タバコを吸ってくる」
灰野さんが顔をしかめながら立ち上がり、窓を大きく開けて、座敷のベランダでタバコを吸い始めた。
「それじゃあ、乾杯しましょうか」
1番年上の青葉さんの掛け声で豪勢な食事が始まったが、あまりにも豪華すぎるので、まるで最後の晩餐のようだ。
ものすごく美味しそうなのに、毒が怖くて手が出せない。
「ポチさん。食べないんですか?」
「すごく美味いぞ」
味噌汁のいい香りがする。
太陽さんは茶碗蒸しをペロリとたいらげ、若草は刺身を一度に3枚ずつ取りながら口にほおばっている。
ちくしょう。
俺も真似したい。
大神さんも運河割男も箸が進んでいるので、食べても大丈夫だろうか。
「大神さん。お酒をどうぞ」
向かい側の席に座っている緑川が、強そうな日本酒を何度も大神さんに勧めている。
ゲームの前に酔い潰そうとしているのかもしれないが、いくら飲んでもバスの運転手の顔は赤くならない。
かなり酒に強い体質らしい。
しばらくすると空君のためにデザートのアイスが運ばれてきて、食事に手をつけていないのは、俺とベランダにいる灰野さんだけだった。
あぁ、もう我慢出来ない。
ブドウ糖を摂取しておかなければ、ゲームの最中に脳の栄養が足りなくなってしまう可能性がある。
俺は自分に言い訳しながら、箸を手にした。
手を出すなら、個別によそられた白飯よりも、誰が手を出すか分からない刺身の方が安全だよな。
一口食べてみると、メチャクチャおいしかった。
この後、殺されるかもしれないなら、牛肉のステーキだって食べておかなきゃ損じゃないか?
ニンニク風味の肉を口に入れると、むしょうにご飯が食べたくなる。
美味い!
駄目だ……もう箸が止まらない。
結局、最後のアイスまで全部食べ尽くしてしまった。
でも、突然めまいがしたり、腕が震えだすような事もなく、誰1人脱落しないまま午後のゲームが始まることになった。




