内通者
若草はバスの中に大神さんと連絡をとった人物がいるというが、それはバスガイドのお姉さんではないだろうか。
俺は元々、バスの運転手と組んでいるとしたら彼女だと思っていた。
人狼ツアーの案内役を務めているし、トリックに使いやすい職業カードを配っていたのも彼女だったからだ。
それに、貴重な占い師だったバスガイドのお姉さんが大神さんの協力者なら、ゲーム部屋で自ら床の穴に飛び込んで、下に用意されていた布団を押入れの中に戻した後、誰の手も借りずに姿をくらますことが出来たはず。
ただ、緑川と若草のコンビも、バスの中と外で連絡を取り合える状況にあった。
犬屋敷人狼の最中も、1人が毒殺されたフリをして地下の様子を見張り、緑川が最後までゲームを続けて、勝負の行方をコントロールしていた可能性がある。
だいたい緑川はシャンデリアが落ちそうだと気付いても驚いていなかったし、若草だって銃を持っているバスの運転手を恐れていなかった。
それは、自分たちが攻撃されない事を知っていたからじゃないのか?
一体、誰が大神黒子と通じているのだろう。
この推理を誤ると、一巻の終わりだぞ。
***
俺は、いつ偽者の警察官が現れるのかと心臓が痛くてたまらなかったが、結局、誰もリタイア出来ず、何事も起こらないまま、バスは大神邸に戻ってきた。
「もう1度、犬屋敷人狼がやりたいなぁ」
「大神さん。早くゲームを始めてくださいよ」
緑川と若草は帰り道でも言いたい放題だったが、ゲームが行われるのは予定通り午後からで、昼食の準備が終わるまで、俺たちは庭か談話室で過ごすように指示された。
庭の周囲は危険な塀で囲まれているし、談話室の扉に鍵をかけられてしまうと屋敷からは出られない。
まるで犬屋敷人狼の最初と同じような状況だ……。
談話室に入ると、見覚えのあるホワイトボードが置いてあり、先に来ていた桜さんと太陽さんがソレを見ていた。
「一体、何が書かれているんですか?」
今日は犬縛りがないので、俺も会話に参加出来るのが唯一の救いだ。
「それが……また変わったルールの人狼が行われるみたいですよ」
ホワイトボードには『背徳人狼』と書かれていた。
「今度は『背徳者』っていう妖狐の仲間が追加されるみたいだな」
「太陽さんは、背徳者を知っているんですか?」
「もちろん。初めから誰が妖狐なのかを知っている分、狂人よりもサポート力が強い子狐ちゃんだろう?」
背徳者というのは、妖狐の仲間だが呪殺はできず、狼に襲われると普通にやられてしまう。
妖狐がやられると一緒に死んでしまう子分のような存在だが、背徳者を退治しても親玉の妖狐は死なないので、妖狐さえ残っていれば勝利できるという第3陣営だ。
「背徳者が追加される以外の変更点はあるんですか?」
「犬がいないので、ルールは普通の人狼と同じみたいですけど……色々トラブルが起きたせいで、これが最後のゲームになるそうです」
「最後!?」
プレイヤーリストに、運河割男と大神黒子の名前が追加されている。
もしや、次のゲームで復讐を終え、Wataruはトンズラするつもりなのか!?
ついに黒幕自ら参戦するようだが……人狼初心者のワタル君が相手なら、どこかに隙があるかもしれない。
彼の協力者たちを追放していき、奴が組み立てたシナリオを崩せれば、ゲームに勝つことだって出来るはずだ。
そのためにも、今のうちに誰が主催者の仲間なのかを調べておかないと……。
俺はさりげなく情報を集めることにした。
全ての真実を繋ぎ合わせれば、嘘のほころびを見つけ出せるはず。
「太陽さんは、どうしてこのツアーに参加したんですか?」
「俺は……ポチが誘われているチャットを読んで、面白そうだったから参加したいと志願したんだよ。実をいうと、ネットでは別のハンドルを使っているから、ポチの事も知っていたんだ」
という太陽さんの話が本当なら、彼は自らツアーに参加してきた部外者みたいだが……ネットでは別の名前を使っていて、俺の事も知っていたというのは、まるでワタル君のようである。
「桜さんはどうしてこの屋敷に?」
「私は、ネットゲームでワタル君と知り合って、オフ会を開くからぜひ屋敷に来て欲しいって誘われたんだけど……」
彼女は、ワタルに直接誘われたと言っている。
桜さんは2週間も屋敷にいたらしいが……本当だろうか?
彼女は色々と嘘をついているので、全く信用出来ない。
「今回のツアーの参加者の中に、桜さんの知り合いはいた?」
「えっ? 全然いませんよ。……だいたい、ネットで知り合った方なんて、顔が分かりませんし」
「本当に? 紫刃さんとか、青葉さんとか、知り合いだったんじゃないの?」
「いえ、違います。ところで、紫刃さんってどんな方でしたっけ?」
桜さんは、ホストに関心を示さなかった。
あえてとぼけているのかもしれないが……。
次は庭で遊んでいる青葉さん親子を調べてみよう。
「こんにちは。あの……空君と遊んでもいいですか?」
「ええ。遊んでいただけると助かります。私は少し、休んできますので」
ずっと子どもの相手をしていた青葉さんは、あっさり談話室の中に入っていった。
「ねぇねぇ。何して遊ぶ? サッカー? それとも、犬?」
おいおい、犬ってどんな遊びだよ。
どうやら空君は俺が犬を演じていたことを覚えているらしい。
「サッカーが好きならボールをとってくるけど、その前に、お母さんの名前を聞いてもいいかな?」
「なんで?」
間髪を入れずに尋ね返され、俺は考える時間を稼ぐために、庭の隅にあったサッカーボールをゆっくり拾いにいった。
「ええっとね……空君の名前は誰が付けたのかな? お父さんの名前が海だから、空になったのか……それとも、お母さんが雲とか虹とか、そういう名前なのかな?」
「違うよ。ママの名前は、千里だもん」
「あぁ、そうなんだ」
あっぶねぇ。
キレると恐ろしいお父さんではなく、まだ小学生の空君から睦海さんの情報を聞き出そうと思ったのだが、3年生でもあなどれない。
とはいえ、ポロッと大事なことを喋ってくれた。
「海がつくのはね、睦海おばさんだよ。最近遊びに来ないけど」
空君は俺の手からサッカーボールを奪い取ると、窓ガラスに向かって思いっきり蹴り始めた。
「うわっ。ソッチは駄目だって。割れたら大変だから」
「じゃあ、ポチがキーパーね。いくよ」
空君は容赦なく、シュートを始める。
「だあああぁぁ。危ないっ」
屋敷のガラスを割ったら、多分、弁償どころじゃ済まないぞ。
必死にボールを止めていると、バーでお酒を飲んでいたお父さんが気付いて、空君を止めにきてくれた。
「ポチさん。すみません」
「いえいえ」
「パパー。もっとポチと遊びたいよ~」
と暴れる空君をお父さんが連れていくと、今度は様子を見ていたらしい清水さんが近付いてきた。
「どうだ? あの親子は、青葉睦海と関係がありそうだったか?」
「はい……。どうやら親族だったみたいですね」
やっぱり、青葉さんは睦海さんと繋がりがある関係者だった。
「ってことは、あの父親が、紫刃さんを狙っていたのか」
「でも、雷が落ちたのは偶然だと思いますし……」
それとも、あのお父さんが本物のワタル君なのか?




