バスの中
「まるで遠足に行くみたいでワクワクしますねぇ」
俺たちは大神さんが運転するバスに乗り、山のふもとにある道の駅に向かった。
ついでに食料の買い出しをするらしいが、まだ何もない山の中でバスが止まると、銃をかまえた大神さんが俺の席に近づいてくる。
「この辺りなら携帯が通じますから、3分くらいでお願いします」
俺の右手はバスの手すりに手錠で繋がれているので左手しか使えず、もちろん逃げ出すことなんて出来ない状況だ。
大神さんは『ただのオフ会に手錠なんて必要ないんですが……』と言いつつも、ルールを破られると頭にくる性格なので、俺たちを傷つけないように、あえて逃げられないようにしてくれたという。
『ルールさえ守っていただければ、手荒な真似はしませんから』とも言っていたが、銃を突きつけてくる男の言葉を信じられるはずがないだろう。
「ポチさん。何かお手伝いしましょうか?」
「いえ。片手でも大丈夫です」
俺はズボンのポケットからスマホを取り出した。
コール開始と同時に大神さんが腕時計をチェックし始める。
母さん。早く出てくれ!!
『……あら、犬。どうしたの?』
携帯からノンキな母さんの声が聞こえてきた。
バスの中はシンと静まり返っているので、話の内容は丸聞こえだ。
「それが……急にお金が必要になったから、振り込んで欲しいんだ」
『いくら必要なの?』
「ええと……12万」
『あらぁ? そんなに高い参考書があるなんて聞いたことがないんだけど。アンタ、勉強合宿に行ってるのよね?』
「その……色々あって……後で全部説明するし、金も返すから、12時までに指定の口座に振り込んでもらえないと困るんだ」
『どう困るの?』
「それは……」
ポンポンっと肩を叩かれた。
「ポチさん。あまり熱くならないように。それに、もうすぐ時間ですよ」
目の前で拳銃を見せられて、慌てて話題を変える。
「母さん。頼むから俺を信じて。1千万とかじゃないんだから、すぐに用意出来るよね?」
『無理よ。ウチにはね、お金がポンポン出て来る打ち出の小槌なんて無いんだから。馬鹿な事を言ってないで、勉強だけして帰ってきなさい』
「あ、待って……」
ブチッと切られてしまった。
険しい表情だった大神さんが、嬉しそうに笑い始める。
「おやおや。ポチさんは、人狼ツアーの事をご家族に話していなかったんですねぇ。コチラとしては、非常に助かりますが……」
俺は、頼みの綱の電話を切られてしまっただけでなく、大神さんに有利な情報まで与えてしまったようだ。
俺が行方不明になったとしても、ドコに行ったか分からない家族はなかなか見つけられないだろう。
嘘をついたらどんなに損をするか。
中途半端な嘘は自分の首を絞めることになり、どんどん苦しい立場に追いやられてしまう。
だからこそ、嘘を付くなら徹底的に、それこそ全ての人物を欺き続けなければならない。
ワタル君は、何から何まで嘘で塗り固めたような人生を歩んでいるのだろうか?
奴は、自分の正体をけして明かさない復讐鬼。
「次は、緑川さんにしましょうか?」
「僕はいいです。母はもうパートに出かけたと思いますから、また後で」
「後で? そんなチャンスは無いと思いますが……まぁいいでしょう。では、若草さん。次はあなたの番ですが、聞いていますか? 若草さん!」
大神さんがひたすらスマホをいじっている若草の肩に手をかけると、モジャモジャ頭の少年が、うわーと奇声を上げた。
「いきなり声をかけられたから、ゲームオーバーになっちゃいましたよ。どうしてくれるんですか!!」
逆ギレだ。
でも、キレる相手を間違えている。
大神さんは銃を持っているんだぞ。
「すいませんねぇ。ですが、あまりふざけていると、あなた自身もゲームオーバーになりかねませんよ」
「また最初からやり直しですよぉ……。はああぁぁぁ」
若草という高校生は頭がオカシイのか、再びスマホに夢中になった。
昨日は毒殺されたフリをしていたというし、どういうつもりなのだろう。
「ちょっと、その携帯を見せてもらってもいいですか?」
大神さんは若草からスマホを取り上げると、少しいじってから床に叩きつけ、丁寧に足で踏み潰した後、運転席の窓から投げ捨てた……。
「まったく、ゲームをしているのかと思えば、メールを打っていたんですねぇ。おまけに位置発信アプリが動いていましたよ。すぐに移動しましょうか」
なんと、若草は助けを求めるために誰かと連絡をとっていたようだ。
なんて危険な真似をしてくれるんだ。
下手をすれば、俺たち全員が始末されてしまうかもしれないってのに……。
しばらく走り続けると道の駅の近くに着いたが、さすがにバスからは降ろしてもらえない。
「すいません。トイレに行きたいんですけど」
緑川がヘッドホンを付けたまま片手を上げると、買い物に行こうとしていた大神さんが近付いてきた。
「仕方がないので手錠を外しますが、あまりおかしな真似をしないで下さいよ。アナタが逃げると、バスの中にいる若草さんがどうなるか分かりませんからねぇ」
「どうぞ、好きにして下さい。別に友達じゃないんで」
緑川はとんでもない台詞を吐いて、一緒にツアーに参加している若草を残したまま、大神さんと出ていった。
ヒドイ裏切りだ……。
でも、モジャモジャ頭の若草は怒りもしない。
それどころか、どこからか別のスマホを取り出して夢中になっている。
あれ?
アイツは何台、携帯を持っているんだ!?
もしやゲームをしているとみせかけて、また誰かと連絡をとっているのか?
その間、緑川が時間を稼いでいるのかもしれない。
イケメンの緑川はバスの側で立ちションする事を拒否し続けて、トイレに連れて行ってもらうために、大神さんと一緒にバスから離れていった。
それを確認すると、若草が携帯を見ながら立ち上がった。
「僕もトイレに行ってきま~す」
どうしてなのか、若草の手錠が外れている。
なんでアイツだけ自由に動けるんだ!?
「おいっ。危ないから勝手に動くなよ」
俺は駆け寄って止めたかったが、手錠のせいで近づけない。
ちくしょう。
スマホを覗き込んでいる若草がゆっくりバスから出ていこうとすると、それを阻止したのは……サングラスをかけているスーツ姿の男、灰野さんだった。
「コラッ。待てっ」
あの人の腕も手錠で繋がれていたはずなのに、どうして外すことが出来たのだろう。
「また君か。昨日は死んだフリをするし、あまり無意味な行動をしないでくれ」
「いえいえ。これにも充分、意味があるんですよ」
足を止めた若草は、灰野さんに向かって自信ありげに笑いかけた。
そしてバスの中で解説し始める。
「大神黒子は、僕たちを放置したままバスを離れましたよね? 片手を自由にしていれば、手錠の鍵を外して逃げてしまう可能性があります。それなのに全く気にする様子がなかったのは……バスの中に、見張り役の仲間がいるからでしょう。僕が出ていけば、きっと追いかけてくると思ったんですが……灰野さん。手錠を外すのが、随分早かったですね?」
若草が問い詰めても、探偵の灰野さんは顔色一つ変えなかった。
「私は職業柄、こういう事態にも慣れているからね。細い棒でもあれば手錠を外す事は可能だが……君の行動は危険なんだ。僕たちまで巻き添えになる可能性がある」
俺も思わず、口を挟んだ。
「もし手錠がなければ、俺が1番最初にお前を止めに行ったはずだから、それだけで大神さんの仲間だと疑うのは失礼じゃないか?」
「なるほど。ポチさんは、僕の意見に反対ですか。分かりました。灰野さんが大神さんの仲間でないのなら、手を離して下さい。もう少し、バスから離れてみたいんです」
若草が挑戦的な目で見上げると、灰野さんはすぐに手を離した。
だが、忠告だけは忘れない。
「外に出れば、撃たれるかもしれないぞ」
「その心配は、ほとんどありませんよ。こんな所で発砲すれば人に聞かれてしまいますし、バスの運転手さんが血相を変えて戻ってきましたから。きっと、誰かが彼に通報したんでしょう。とにかく、このバスの中に、あの人の仲間がいるのは間違いないと思います」
今、バスに乗っているのは……俺、灰野さん、バスガイドのお姉さん、若草の4人しかいない。
一体、誰が内通者なんだ?




