ゲーム開始
タダで屋敷に泊めてもらって、ご馳走まで食べられるなんて、なんだか怖いくらいの高条件だが……他の参加者たちは説明が終わると、特に怪しむ様子もなく建物の中に入っていく。
グズグズ残っていたのは、俺と、桜さんと、ビデオカメラをいじっている黄崎オンラインと、彼の恋人くらいだった。
「さて、庭と談話室か。どっちで過ごそうかな」
『同じ部屋に人外がいれば、その人数を知ることが出来る』という犬にとっては、最初のチャンス到来だ。
もし同室に誰も人外がいなければ、一気に的が絞れてスピード勝利もありえるだろう。
俺が悩んでいると、大神さんが話しかけてきた。
「屋敷の奥にある庭には談話室の中から出られますよ。パターゴルフやトランポリンなんかもありますから、体を動かしたいなら外に出るのがオススメです」
「それじゃあ、談話室には何があるんですか?」
「マッサージチェアと、簡単な飲み物が作れるバーがあります。本棚には雑誌やマンガを揃えてありますし、壁のモニターでは最新の映画を流していますので、興味があればご覧下さい」
「私は、日焼けしたくないから談話室にしようかな」
俺も室内で過ごそうと思っていたのに、側にいた桜さんに先に言われてしまったせいで、俺が真似するような形になってしまった。
彼女に、一緒にいたいと誤解されては困るのだが……外で遊ぶのは疲れそうなので、やっぱり談話室にいた方がよさそうだな。
俺と桜さんが1階の奥にある広い洋室に入っていくと、談話室の中にはすでに多くの参加者たちがいて、窓の向こうに、トランポリンで遊んでいる親子の姿が見えた。
「なるほど。アレは子どもが遊ぶために置いてあるのか」
彼らの他に庭を選んだプレイヤーは、バスに乗り込む前からヘッドホンで音楽を聴き続けている男子高校生と、スマホをいじっているモジャモジャ頭の男子高校生の無口なコンビ。
それから、派手なスーツを着こなしているホストのような美形のお兄さんと、長い髪を後ろで結んでいるケンカが得意そうな男、という危険なコンビだ。
見るからに近寄りずらい男たちがベンチを占拠しているせいか、1人で参加しているプレイヤーたちは、談話室の中に留まっている。
結構広い洋室の中を見回してみると、壁に大きな張り紙があって、全ての役職の説明が書かれていた。
(詳しく知りたい方は、最後のページにある役職についてをお読み下さい)
その紙の前には、熱心に目を通している大学生くらいのお兄さんがいる。
「フリータイムが30分もあるなんて暇そうだから、コーヒーでもいれようか」
うっかり居眠りしてしまったらシャレにならないので、桜さんと一緒にバーに近づいていくと、突然、建物の外から銃声のような音が2発聞こえた。
すぐに、甲高い女性の叫び声も。
「なんだ!?」
「まさか、最初の犠牲者か?」
誰かが恐ろしい発言をすると、部屋の中央にいたバスガイドのお姉さんが、1人、2人と参加者の人数を数え始めた。
俺も目で確認してみると……。
庭にいるのが、青葉さん親子。
無口な高校生コンビ。
ホストとボディーガードの6人で、談話室の中には……。
俺と桜さん。
役職の説明を読んでいる大学生のお兄さん。
メイドのコスプレをしているお姉さん。
眼鏡をかけているおとなしそうな女の子。
バスガイドのお姉さん。
パンチパーマで、ヒゲを生やしている強面のオジサン。
サングラスをかけているスーツ姿の男……の8人がいた。
8+6で、両方合わせても14人……ということは、2人足りない!?
庭にも談話室にも姿が見当たらないのは、『黄崎オンライン』と、彼の恋人である『中村レモン』さんだ。
「最初に襲われたのは、恋人役のプレイヤーだったのかもな」
赤井太陽という暑苦しいハンドルネームの大学生が、2人の犠牲者が出たことから、彼らの職業は恋人だったのではないか? と推測しながら、バーに近付いてきた。
恋人というのは、最初からパートナーを知っている村人陣営の役職だが、どちらかが追放されたり狼に襲撃されると、もう1人もゲームから退場しなければならない。
人数的には辻褄が合うが、ランダムに配られたはずの恋人のカードが、2枚とも現実の恋人同士の手に渡るなんて偶然が起きるだろうか?
それに、あの銃声は一体……。
「随分、派手な演出だったよなぁ」
太陽さんの言葉を聞いて、
「なんだ。演出だったのか」
と皆が落ち着きを取り戻すと、最初の犠牲者になったと思われていた黄崎さんとレモンさんが、血相を変えて談話室の中に飛び込んできた。
「ヤバイ! このゲームはヤバすぎるぞっ」
「あれ? 黄崎さん。外で何かあったんですか?」
太陽さんが声をかけても、黄崎オンラインは恋人の手を引いて、逃げるように庭に出ていってしまった。
「黄ぃ君がね、ゲームを撮影したいと言ったら、バスの運転手が銃を取り出してカメラを壊したのよ。それに、不正行為を行うと……」
かろうじてレモンさんの説明が途中まで聞こえたが、2人が庭に飛び出した直後に窓が閉まり始めて、カチッとロックがかかってしまった。
黄崎さんは外にいた人たちを集めて何かを説明しているようだが、窓は2重構造になっているので室内では聞きとれない。
「庭と室内が分断され、人狼ゲームが始まったようだな」
マッサージチェアに座っていた強面のオジサンが立ち上がり、出入り口の扉を確かめに行ったが、どうやら鍵がかかっているようだ。
密室になった談話室の中は、バスの車内のように重苦しい空気に包まれてしまい、俺の近くにいた大学生の太陽さんが、わざと明るい声で言い放った。
「たかがゲームのはずなのに、なんだかスゴイ迫力だったよなぁ」
彼は、あくまでゲームだと思い込みたいようだが……桜さんは不安そうな顔をしている。
「私はてっきり、本当に事件が起きたのかと思いました」
俺も同感だ。
この人狼ゲームは普通じゃない。
ルール以外にも色々おかしい……と伝えたかったが、犬の制約を思い出し、慌てて自分の口を塞いだ。
確か、犬は人間の言葉を喋っちゃいけないんだよな。
不正を行うとどうなるのかまでは聞き取れなかったが、壁には職業の説明が書かれているので、犬役が普通に喋っていると、後で突っ込まれて信用を失ってしまう。
人外を特定できる犬は、狼のターゲットになりやすいと思うので、出来れば正体を知られずに行動したいのだが……会話に参加出来ないなんて不自然極まりないだろう。
これではすぐに犬だとバレてしまう……と思ったが、口を開かない人物は、俺以外にも結構いた。