犬屋敷人狼
(犬!?)
狼じゃなくて犬って何だよ。
人狼にこんな職業あったっけ?
思わず驚いた顔をしてしまうと、隣の桜さんが余計な事を口走った。
「あぁ!! なんだかポチ君の反応がオカシイですよ。もしかして、人狼のカードを引いたんじゃありませんか?」
「違うって。そんなわけないだろう!!」
俺までつられて否定してしまい、後ろの方からメモを取るような音が聞こえてきた。
「ほら。誤解されちゃったじゃないか」
慌てて声を潜めたが、すでに手遅れ。
これでは初日に狼の疑いをかけられて、追放されるパターンかもな。
うっかり油断していた自分が悪いのだが……桜さんは、どうして大声で指摘したのだろう?
もしかして、わざとか?
だとしたら、ネットであーだのこーだの説明したのが、よっぽど嫌だったのかもしれない。
それならそうと、チャットで言ってくれれば良かったのに……。
俺は親切で教えてあげたつもりだったのに、なんだかマズイ事になってきた。
「ごめんなさい。私、人狼があまり得意じゃなくて」
それは知ってる。
ワタル君は、余計な口を滑らせてしまう初心者プレイヤーだ。
ゲーム中はそんなに怖い相手ではないが……彼女がいる陣営は負けやすいし、リアルでは要注意人物である。
なるべく関わらないように気をつけよう。
それにしても『犬』は何をすればいいのだろう?
この職業には『同室だった人物が、人外(妖狐か狼)かどうかを知ることが出来る』という特殊能力があるが、使いどころが分からない上、ゲーム中は『人の言葉を喋ることが出来ない』というおかしな制約までついている。
これは……ゲームマスターの嫌がらせか?
そういえば、主催者の大神黒子はドコに潜んでいるのだろう。
屋敷で待ち構えているのかもしれないが、明らかに本名ではなさそうだから、すでに参加者の1人になりすましてバスの中にいる可能性もある。
だからといって、黒子という名前だけで女性だと思い込んでしまうのは浅はかだ。
ワタル君みたいに名前とは違う性別かもしれないし、もしかするとバスの運転手かもしれない。
そういえば、随分、若そうだな。
白い手袋をしている制服姿の運転手は、20代に見える。
少しでも情報を集めておこうと周囲の様子に目を光らせていると、山の中にポツンと建っている不気味な洋館の前でバスが止まった。
「大神邸に到着しましたので、順番に降りて下さい。すぐにゲームの説明が始まりますので、入り口の前に整列して下さいね~」
バスを降りると、俺は桜さんから遠ざかった。
彼女と一緒に行動するのは嫌だからだ。
なるべく目が合わないように顔をそらしていたのに、参加者たちが列を作り始めると、わざわざ彼女の方から近付いてくる。
「あの……ポチさん。今日も色々教えてもらえませんか?」
この女、KY(空気を読めない最強の人類)か!?
いくら可愛くても、どうせ付き合えるわけではないのだから、
『友達の別荘で勉強合宿をする』
と言って親から借りた3万円を回収する方が魅力的なはずなのに……困り顔&上目使いで見上げられてしまうと、どうしてなのか追い払えない。
おかしいな。
俺が良い人になれるのは、ネットの中だけのはずなのに……。
もし、これがチャットだったら、
『分かりました。一緒に頑張りましょう /(^▽^)』
とか打ち込んでしまうところだが、今の俺はリアルモードだ。
顔をそらして小声で答えるのが精一杯。
「人狼のルールなら、もう充分、知っているんじゃないですか?」
占いや霊媒の結果は『狼だけが黒になる』とか、毎日話し合いで追放者を決め、夜のターンになれば『人狼が1人のプレイヤーを選んで襲う』という基本さえ分かっていれば、特に説明する事はないと思うのだが……。
「それが、今回はルールが違うみたいなんです」
「えっ?」
桜さんが指差す方向に目を向けてみると、豪華な屋敷の前にホワイトボードが置かれており、ゲームの説明が書かれていた。
俺の目に飛び込んできたのは、『犬屋敷人狼』という謎の文字。
「昼のターンに行う追放会議の代わりにフリータイムが設けられていて、プレイヤーたちはいくつかの部屋に別れて狼を推理するみたいなんですけど……それにどんな意味があるんでしょうか?」
「……ごめん。俺もこんなルールは聞いたことが無いよ」
犬屋敷人狼なんて知らないが……犬の意味はようやく分かってきた。
もしかすると、この職業は主役級の大当たりかもしれない。
きっと、占い師と同じように人外を特定することが出来るのだ。