職業カード配布
「ポチさんって、ネットの人狼ゲームに参加されている『Pochi』さんですよね? 私、金子桜と言います」
ネットで人狼初心者だと言っていた『Wataru』君こと桜さんと知り合ったのは、つい最近のこと。
彼女は余計な発言ばかりして味方陣営を壊滅させていたので、ついアレコレと指図してしまったのだが……。
「あの時は、色々偉そうに説明してすいませんでした」
俺はすかさず謝っておいた。
何事も先手必勝だ。
「どうして謝るんですか? 私、ポチさんと会えたら友達になりたいと思っていたんです。でも……女の子じゃなかったんですね」
桜さんの口調には、少しトゲがある。
まるで詐欺師を見るような目つきに感じてしまうのは、気のせいだろうか?
俺は『女です』なんて言った覚えはないのだが……。
「なんか、すいません」
「いえ。こちらこそ、ごめんなさい。私が勝手に女の子だと思い込んでいただけですから」
お互いに作り笑い。なんだか気まずくて、息苦しい。
最初は可愛い子が隣に座ってくれてラッキーだと思ったけど、こんなことなら脳ミソがケーキで出来ているようなフワフワした子の方が良かったかもな。
ネットの中では、極端に態度がでかくなる奴もいるが、普段よりもかしこまってしまう俺みたいな人間もいる。
現実では電車の席を譲ることすら出来ないのに、チャットをすると、やたら親切だったり、いわゆる良い人ぶってしまうのだ。
でも、本当はナイト気取りの紳士とは無縁の小心者だから、実際に女の子を前にすると、気のきいた台詞なんて一つも思い浮かばない。
早くも化けの皮をはがされてしまったようで、手の平がジットリ汗ばんでくる。
もしかすると、このツアーの主催者は、嘘つきな人間ばかりを集めているんじゃないだろうか?
本来の自分とは違うキャラクターを演じているネットゲームのプレイヤーなら、さぞかし人狼になりすますのも上手いだろうから。
もしそうだとしたら、堅気には見えないオジサンも、ネット上では猫耳の萌えキャラを操っているのかもしれないし、子ども連れのお父さんなんかは、奥さんには言えない秘密を抱えているのかもしれない。
とにかく、このバスに乗っている連中は信用できない。
俺自身も全く信用してもらえないだろう。
こんな状況で、もうすぐ金目的の醜い騙し合いが始まるかと思うと、胸の奥がムカムカしてきた。
バスは人里離れた山奥に向かっており、古めかしい吊り橋を渡れば宿泊先の大神邸に到着するらしいが、今さらバスを降りたいとは言い出せない。
そんな言葉を口にすれば、はるか下を流れている川に突き落とされてしまいそうだし……すでに参加費を振り込んでしまったので、何もしないで帰るのも馬鹿らしい。
せめて1回くらいは遊んでみないとな。
***
「そろそろ役職が書かれているカードを配りますので、誰にも見られないように注意して下さい」
一体ドコの大富豪が建てたのか、あきれるくらい大きな屋敷が見えてくると、バスガイドのお姉さんが、よくシャッフルした後で職業カードを配り始めた。
彼女がプロのマジシャンでない限り、不正行為は行われていないと思う。
「それじゃあ、ポチ君から好きなカードを引いて下さい」
俺は引き抜いたカードをコッソリ確認してみた。
すると、カードに書かれていた職業は……?