一触即発
玄関前のロビーには血のように赤い絨毯が敷かれており、青葉さんが、狼に襲撃されて、大神さんに連れていかれてしまった空君を探すため、悲痛な声で叫び続けていた。
「空っ。空―っ。誰か、息子がドコにいるかを知りませんか?」
その質問に答えられる参加者はいない。
俺、緑川、青葉さん(父)、茶畑のオジサン、メイドさん、眼鏡をかけている銀さんの6人が檻の中に入れられて、外側から鍵をかけられた。
「では、追放会議を始めてもらいましょうかねぇ」
今回は、鍵をかけにきた大神黒子が側でゲームを見守っている。
もはや、隠れる必要もないってことか?
手を伸ばせばお互いの体に触れられるような狭い檻の中で、俺たちは、通り抜けることが出来ない鉄製の柵を背にしながら、一定の距離をとりつつ立っていた。
最初に口を開いたのは、空君のお父さんである青葉さんだ。
「おいっ。狼は誰だ? どうして空を襲った!? 私を襲撃すれば良かっただろう」
「まぁ落ち着けよ」
茶畑のオジサンがなだめようとしたが、興奮している青葉さんはその手を振り払い、何度も何度も激しく檻を叩きつける。
そのたびに上にあるシャンデリアがユラユラ揺れて、数本ある鎖の1つが切れてしまった。
マズイ……。
檻の中で暴れると、その振動が伝わって、あのシャンデリアが落ちてくるかもしれないぞ。
もし逃げ場のないこの状況で落下したら、俺たちは全員アレに潰されて……夕食の材料にされてしまうかもしれない。
「青葉さんは、なんでそんなに怒っているのかなぁ。もしかして、空君がドコに連れていかれたのか、本当は知っているんじゃないの?」
クールな緑川が独り言のように呟くと、鬼のような形相の青葉さんが、緑川に掴みかかり、彼の頭からヘッドホンを外して床に叩きつけた。
「痛いなぁ……。乱暴はやめてください」
「お前か? お前が人狼かっ!?」
緑川は胸倉をつかまれても、冷静に答える。
「違いますよ。僕は占い師に白だと言われたじゃありませんか」
「だったら、お前かっ!!」
青葉さんはもはや推理なんておかまいなしに、側にいたメイドさんにつかみかかって首を絞め始めた。
「うぅっ」
「コラッ。やめろっ」
止めに入った茶畑さんと揉み合いになり、2人が檻にぶつかるたびにシャンデリアが大きく揺れる。
ブチッと、また1本、鎖が切れた。
重い照明を支えている鎖の残りはあと3本。
「やめて下さいっ!! 青葉さん。茶畑さんも。ココは冷静に狼を追放しましょう。ゲームを終えれば、みんなで空君を探しに行けますから」
俺はこらえきれずに人の言葉を喋ってしまった。
すると、メイドのお姉さんがツッこんでくる。
「ちょっと、どうしてポチ君が喋るのよ。けほっ。アンタは犬でしょう?」
「そういうメイドさんだって人の言葉を喋っているじゃないか」
「アタシはなりすましだから関係ないの。でも……この屋敷のルールでは、犬が人間の言葉を喋るのはルール違反じゃなかったっけ?」
夜のターンが来れば、俺は処刑されるかもしれないと脅されたが、大神さんは、この場で全員を始末するつもりのようだ。
シャンデリアの落下を防ぐためには、なんとしても青葉さんの動きを止めなければ……。
「ポチ君。君が本物の犬なら、誰が狼なのか分かっているだろう。私に教えてくれ。空を襲った人物だけは、絶対に許さない!!」
俺は体をつかまれ、ものすごい勢いで何度も何度も檻に背中を叩きつけられた。
そのたびにシャンデリアがグラグラ揺れる。
「やめて下さいっ。青葉さん。危ないですから」
檻の外で見物している大神黒子は、鍵を開けるどころか、嬉しそうに笑い始めた。
このゲス野郎め。
やっぱりアイツが無差別殺人の愉快犯か。
「ポチ君。早く教えてくれっ!」
「痛いっ。痛いですってば、まずは落ち着いて下さい」
青葉さんが暴れ続けるせいで3本目の鎖が切れた。
もうシャンデリアが落ちてくるのは時間の問題だ。
早く狼の正体を伝えなければ……。
でも、なかなか口に出来ないことには理由がある。
結局、太陽さんと茶畑さんのどちらが狼なのかは分からなかったので……これまでに俺が特定できた人狼は、眼鏡の女の子だけ。
でも、この状況で彼女が狼だと伝えたら、青葉さんに殴り殺されてしまうかもしれない。
とてもおとなしそうな銀さんは、顔面蒼白になり、今にも泣きそうな顔で震えている。
彼女が狼なのは間違いないと思うが、どうするべきだ?
いっそ、茶畑のオジサンが狼だと言ってしまおうか。
あの人なら、青葉さんに襲われても返り討ちに出来そうだが、2人が暴れていると、それこそシャンデリアが落ちてしまう。
ココは皆で、危険な青葉さんを追放しようと提案してみるか?
だが、あの人は村人陣営なので、彼を追放すると負けてしまう。
狼陣営が勝利しても、屋敷から出られるのはたったの3人だけ。
そのうちの2人が眼鏡さんとメイドさんでは、助けに戻って来てくれる可能性は皆無に近い。
「どうなんだよっ。ポチ君。一体誰なんだ? この中の誰が人狼なんだっ!!」
ガシャーンと思い切り叩きつけられた拍子に、4本目の鎖が切れた。
シャンデリアが大きく傾き、メイドさんが悲鳴を上げる。
緑川も天井を見上げたが、何も言わなかった。
こうなったらもう脱出は諦めて、間違った推理でも何でもいいから誰か1人を選んで、一刻も早くこの危険な場所から抜け出さないと。
……でも、それこそ大神さんの狙い通りかもしれない。
ゲームに勝利しない限り、この屋敷からは出られないのだから、何度でも同じような状況に追い込まれてしまうはず。
これは、ただの人狼ゲームではない。
勝っても負けても、お疲れ様でした~というわけにはいかないのだ。
落ち着いて、冷静に考えろ。
青葉さんが暴れなければ、シャンデリアは落ちない。
眼鏡さんも襲われない。
自分と村人陣営を救うための最善の答えは……真実を告げること。
ゲームが終われば、全てが終わる。
……そうだよな?
村人陣営が勝ったら、俺が助けを呼びに行けばいい。
「狼の正体は……」
青葉さんの体をしっかりと押さえつけ、眼鏡さんの名前を告げようとした瞬間。
「わしだ!」
茶畑のオジサンが勝手に名乗り出た。
嘘か本当かは分からない。
でも……怯えていた眼鏡さんを守るためだろう。
「お前かぁっ!!」
飛びかかろうとする青葉さんを必死に抑えつけていると、茶畑さんが体当たりしてきて、殴り返そうと青葉さんが振り上げた腕が俺の頭に思いきりヒットした。
それは故意に狙ったというよりも、偶然当たってしまったような不運な1撃だったらしい。
「あっ。ポチ君。ごめん。大丈夫か!?」
ものすごく驚いたような青葉さんの声がして……。
「おい、ポチッ。しっかりしろ」
というオジサンの声もして……。
「ポチ!?」
心配そうな緑川の声も聞こえたような気がしたが、女の子たちの悲鳴を聞きながら、俺はその場に崩れた。
そして、目の前が真っ暗になった……。




