イリュージョン
ゲーム内で4日目の朝のターン。
再び、部屋を選ぶチャンスがやってきた。
ココは慎重に選択しなければ……。
急いで遊技場に駆け込むと、すぐに残っている9名のプレイヤーが集まってきた。
俺、赤井太陽さん、茶畑のオジサン、メイドの藍さん、バスガイドの燈子さん、青葉さん親子、緑川、そして眼鏡をかけている女の子の銀さん。
遊戯場内の個室は4つ。
入浴後に浴衣で遊んだら楽しそうな卓球台が置いてある小部屋が2つと、通路を挟んで反対側にあるのは、ゲームの筐体やガチャガチャ、UFOキャッチャーなんかが置いてあるゲームセンターのような部屋と、漫画喫茶の個室を広げたようなシアタールームだ。
最初に部屋を決めたのは、
「パパ。卓球やろう」
と空君に誘われた青葉さんだった。
「すいません。卓球部屋いいですか?」
「どうぞ、どうぞ」
と言いながら、太陽さんが空君のために扉を開けた。
青葉さん親子は、すでに村人陣営だと判明しているので、2人っきりで行動されても問題ないが……一体、誰と同じ部屋に入るのが効果的なのだろう?
俺は必死に頭を悩ませた。
妖狐はすでに退治されているので、2人のうち、どちらかが人狼だと絞れている太陽さんか、茶畑のオジサンと卓球部屋に入りたい。
しかし、狼は犬を警戒しているだろうから、向こうからは来てくれないだろうし、どちらかが部屋を選んだ直後に押し入るしかない。
そんな事を考えていると、メイドさんが卓球部屋に入ってしまった。
すると、それを見た太陽さんがゲーム部屋に。
茶畑のオジサンはシアタールームに入っていく。
残っている人外候補は、メイドさん、眼鏡さん、太陽さん、オジサンの4人。
この中に2匹の人狼が隠れている。
3部屋に別れられてしまった場合は、どうすればいいんだ?
チラッとシアタールームをのぞいてみると、茶畑さんがDVDを持ち込んで、古すぎる白黒映像の時代劇を流していた。
あれを観るのは、きついなぁ。
つまらなすぎて寝てしまいそうだが……他の映画に替えてくださいなんて言えないし。
俺が迷っていると、眼鏡の女の子が中をのぞいてからシアタールームに入っていき、後ろの席にソッと腰掛けた。
さらに、緑川までヘッドホンをしたまま入っていく。
ゲーム中に何が起きるか分からないので、なるべく大勢でいた方が安全だと思ったのだろうか?
確かに、一緒にいた方が良さそうだが……シアタールームでは狼候補の2人が被ってしまったので、両方人狼だった場合以外、どちらが黒か特定出来ない。
こうなったら、太陽さんを調べるしかない。と思ってゲームコーナーに入ろうとすると、すでにバスガイドのお姉さんが中にいて、2人で楽しそうに遊んでいた。
まるで初デートをしているカップルのような初々しさなので、見ているだけでも恥かしいし、今入っていったら、太陽さんに『邪魔するな』と思われてしまうだろう。
この部屋には、KY以外入れないバリアが張られている。
だから、緑川と銀さんは、仕方なくシアタールームを選んだのか。
ゲーム部屋の前で迷っていると、卓球部屋の中からメイドさんが顔を出し、犬語で呼びかけてきた。
「クゥ~ン」
彼女は、まだ犬のフリを続けているみたいだ。
本物の犬から見るとかなり滑稽だが、卓球部屋に誰も入ってこないので、ものすごく不安そうな顔をしている。
俺も犬を演じているせいなのか、
『お願いだからコッチに来てよ~』
というメイドさんの思いが感じ取れてしまった。
ゲーム中に1人でいるのは危険だし、怖い。
その気持ちはよく分かるが、メイドさんは人外候補の1人といっても……俺の中では狂人である。
いくら本物の占い師が残っていても、確実に勝利するためには、ココで太陽さんを調べておかないと決め手に欠ける……と思い、ゲームセンターに入ろうとすると、ニセモノの犬が飛び出してきて、俺の服をつかんだ。
どうやら、力ずくで卓球部屋に引きずり込むつもりのようだ。
おいっ! 放せ、放せっ……と思いながら抵抗するが、女の子の誘いを全力で断るのも申し訳ないし、今、下手に吠えてしまうと俺を犬だと信じてくれている人たちが、メイドさんが狼だと勘違いしてしまう危険性がある。
それはマズイ。
「クゥン(来てよ)。クゥ~ン(一緒にいてよ~)」
俺はメイドさんの犬語をかなり都合良く解釈し、卓球部屋に入ってあげることにした。
分かったから、そんな目で見るなって。
犬を演じているメイドさんは、俺が本物の犬だと気付いているだろう。
それでも2人っきりになれるということは……9割以上、狼ではないと思う。
ただ100%とはいいきれないので、残りの1割を確かめてやる。
そう思って卓球部屋に入ると、出入り口に鍵がかかった。
ギリギリセーフ。
もう少し争っていたら、2人とも危なかった。
今回のフリータイムは今から15分。
その間、のんびり卓球でもしながら過ごすのかと思いきや、メイドさんが全力で鳴き始めた。
「うぅ~、がるるるる(みんな聞いて~)わんわんわんわん(コイツが)あお~ん(狼だよ~)」
まさか……俺を人狼に仕立てあげるつもりで、卓球部屋に引き込んだのか!?
「ウゥ~(おいっ、やめろ)」
俺は彼女の顔を睨みつけながら、口を塞ごうと追いかけたが、卓球台をうまく使って逃げ回られてしまう。
狭い部屋の中をドタバタ駆け回っていると、隣の部屋から声がした。
「パパー。隣の部屋から、犬の声がしたよ」
「きっと狼さんを見つけたんだろう」
違う!
しまった。このままだと、薄い壁を挟んですぐ隣の部屋にいる青葉親子に誤解されてしまう。
「きゃう~ん(たすけて~)。わんわん(ポチに)くぅ~ん(襲われる~)」
「バウバウ(バカ言うな)ガウッ!(頼むから)ワオーンワオーン(静かにしてくれ)」
顔を見ている犬同士はお互いの言い分がなんとなく分かるが、コレを聞いている青葉さんたちは、2匹の犬が何を話しているかなんて全然分からないだろう。
少し離れた場所にあるシアタールームとゲーム部屋にいる人たちには卓球部屋の声なんて聞こえないので、今さら犬同士が吠えあう必要なんて無いのだが……。
いや、あるのか?
村人陣営には関係ないが、狼陣営には吠える理由があるかもしれない。
残っているプレイヤーの数は9人。
そのうち狼たちの3票は、確実に村人サイドに入るので、俺以外の残り5票の行方が追放者を決める。
もし万が一、青葉親子が2人とも俺に投票して5票が集まってしまうと、5対4で俺が追放されることになる。
狼陣営は、あと2票を動かすだけで良かったのだ!
たとえ青葉さんたちがメイドさんに投票しても俺と合わせて3票しか集まらなければ同数だし、そもそも俺が投票しようと思っているのは眼鏡の女の子だ。
元々無口な彼女が屋上で桜さんを追放したいなんて言い出したのは……初日の夜に狐を噛んで、妖孤の正体を知っていたからだろう。
人前で話すのが苦手そうな銀さんが、みんなの前で桜さんの悪口を言ったり、メイドさんが恥かしいのを我慢して犬のフリを続けているのは、このゲームにだけは、どうしても勝ちたいからだ。
みんな、必死なのである。
俺だって……絶対に負けたくない。
「パパー。なんで隣の犬たちは暴れまわっているの?」
「大丈夫。犬さんたちは卓球で遊んでいるだけだからね」
「本当に? ケンカしているんじゃないの?」
「いやいや、きっと卓球が面白すぎて興奮しているんだろう」
そんなわけあるか!
でも、青葉さんは、空君を怖がらせないように嘘をついているだけだ。
彼は、嘘をつくのが得意な大人だから……。
そんな事を考えながら、俺はハッと気がついた。
……思い出せ。
この人狼ツアーに参加しているのは、嘘つきなプレイヤーばかりのはず。
ゲームの参加者の中に、信用出来る奴なんて1人もいない。
だとしたら、俺は、自分が勝つ事だけを考える……しかないのか?
村人のフリをしている狼を見つけ出すのが人狼ゲーム。
でも、他人を騙し、落としいれ、仲間に裏切られて処刑されていくなんて最悪じゃないか!!
全然、楽しくない。
「僕も犬と一緒に遊びたいなぁ」
隣の部屋から空君の無邪気な声が聞こえた後、大神さんの声で放送が流れ始めた。
――追放者が決定しましたので、各自、部屋に戻ってお待ち下さい。
嘘だろ!?
一体誰が追放されたっていうんだ?
俺とメイドさんはココにいる。
隣の青葉親子も喋っている。
ということは……。
何かが起きたのは、ゲーム部屋か、シアタールームだ。
部屋のロックが解除され、卓球部屋から飛び出すと、シアタールームから茶畑のオジサンが飛び出してきた。
眼鏡の女の子が不安そうに顔を出し、相変わらずヘッドホンをしている緑川はノンビリ出て来る。
3人とも無事なら、異変が起きたのはゲーム部屋か!?
「お~い。橘さ~ん。いたら返事をして下さ~い」
俺と茶畑さんがゲーム部屋に入ってみると、太陽さんが、まるで落とし穴のようにパッカリ開いている床の穴の前で大声を出していた。
「おい、太陽。何があったんだ?」
「それが……ゲームに熱中していて、俺が振り返った時にはもうバスガイドさんがいなくなっていたんですよ。床の一部が開いていたので、この中に落ちたのかと思って声をかけているんですけど……」
穴の下には部屋があるようだが、暗くてよく分からないし、いくら呼んでも返事が返ってこない。
まるで手品のように、バスガイドのお姉さんが消えてしまったという。
今回、ゲームから追放されることになったのは……貴重な占い師だ。




