未必の故意
とっさに父親の青葉さんと、茶畑のオジサンが片方ずつ手をつかんだが、小学生の体が宙吊り状態になってしまった。
「雨で、手が滑る……」
2人の大人たちの体も空君の重さを支えきれずに、徐々に手すりの外に流されてゆく。
「引き戻せっ」
というホストの声で、俺と太陽さんがとっさに青葉さんの洋服をつかんだ。
お父さんの体はなんとか屋上から滑り落ちずに済んだものの、すでに宙にいる空君の体までは引き上げられない。
「パパー。腕が痛いよ~」
「空。もう少しの辛抱だ。絶対に諦めるなよ」
青葉さんがもう片方の手で必死に手すりをつかんでいるが、濡れているので、力が込められない。
それに、その手すりも、いつ崩れてしまうか分からないのである。
「皆さん、古い手すりが腐っているみたいですから、離れて下さい。階段の近くは危ないですよ~」
バスガイドさんが必死に声を張り上げると、階段の周囲に群がっていた人々が屋上の真ん中に戻っていった。
紫刃さんも、青葉さんに突き落とされる事を警戒しているのか、遠ざかっていったが、様子を見ていた緑川が茶畑さんの洋服をつかんだので、太陽さんが掛け声をかけて、一気に空君の体を引き上げることにした。
「いくぞっ。せーのっ!!」
「うわーん。痛いよ~」
空君は壁とこすれた肌に多少のすり傷を負ってしまったが、なんとか引き上げることに成功した。
「皆さん。空を助けていただき、本当にありがとうございました」
青葉さんがペコペコ頭を下げると、奥で見ていただけのホストが忌々しげにペッと唾を吐く。
「まったく。みっともねぇと思わねぇのか!? 大の大人が雷くらいで騒ぎやがって」
「だったら、紫刃さんが最後に降りてくれますか?」
犬のフリをしていたメイド姿のお姉さんが、うっかり人の言葉を喋ってしまった。
でも、非常事態のせいか、誰も突っ込まない。
さすがに、今はノーカウントか?
「青葉さんは、空君と先に降りて下さい。次は……桜ちゃんかな?」
しかし、太陽さんが1番可愛い女の子の名前を呼んだ途端、女子たちから激しいクレームが上がる。
「なんで可愛い子が優先なのかしら?」
「男ってホント最低です!」
「どうせ眼鏡をかけている私を最後にするつもり、なんですよね」
これでは、ハシゴの途中で、桜さんを蹴り落としかねない。
「だったら、ジャンケンで決めるか? ったく。うるさい女どもは雷にうたれちまえ」
「なんですって!?」
「おいっ。ケンカなんかしている場合じゃないだろう。誰からでもいいからサッサと降りろ」
不機嫌な紫刃さんにハッパをかけられて、女の子たちが次々に下りていく。
結局、屋上に取り残されたのは、俺、太陽さん、緑川、ホストの紫刃さん、茶畑のオジサンのやさぐれ男5人衆。
「皆さん。出来るだけ姿勢を低くして、立たないようにして下さいね」
と言いながら、女の子たちのシンガリを務めるバスガイドのお姉さんが階段を下り始めた。
俺と太陽さんと茶畑のオジサンは言いつけ通り、水溜りの上で這いつくばるような姿勢をとったが、手や服が汚れてしまうので、格好悪い事が嫌いそうな紫刃さんと、イケメンの緑川は突っ立っているままだった。
「次はポチ。お前が行け」
と、ホストが俺を指名してくれたが、立っている緑川の方が危なそうなので、彼の体をつついて、先に行かせることにした。
「いいの? サンキュー」
その様子を見て機嫌を損ねた紫刃さんが、舌打ちしながら屋上をうろついていると……まばゆい閃光が放たれた後。
――ドドーーン!! バリバリバリバリ。
物凄い音がして、また雷が落ちた。
落ちたのは屋敷の屋上だ。
そこら中にたまっていた水を通じて、俺たちの体にも電気が流れ、一瞬だけ意識がすっ飛んでから目を開ける。
すると、さっきまで立っていたはずの紫刃さんが倒れていた。
「うぅ……。いってぇ……」
俺と太陽さんとオジサンはすぐに立ち上がれたが、ホストだけは倒れたまま、いつまで経っても起き上がらない。
「まさか……紫刃さんに直撃したのか?」
「わしが調べてくるから、お前らは先に下りていろ」
茶畑のオジサンに言われても、紫刃さんの様子が気になるので下りられない。
強面のオジサンがうつぶせに倒れていたホストの体を抱き起こしてみると、貴金属の飾りを大量に付けていた胸元と腕の皮膚が焼けただれており、白目をむいている紫刃さんはもう、意識が無いようだった……。
「おいおい。早く下りて主催者に知らせないと」
太陽さんは慌ててハシゴを下りようとして、途中で足を踏み外し、数段落ちた。
「アタタタタタ。いって~。おいっ。このハシゴ、濡れると信じられないくらい滑るから気をつけろよ」
アゴを強打し、足首を捻挫しただけで済んだらしいが……このハシゴも罠の1つだったのか?
これで、犬屋敷人狼の犠牲者は、感電した黄崎オンライン、毒殺された若草、雷に撃たれた紫刃さんの3人……いや、軽症の太陽さんも含めれば4人になった。
もはや偶然とは言いがたい。
なぜなら、屋上で起きた事故は、落雷だけではなかったからだ。
誰かが空君を突き落とそうとした。
まさか……紫刃さんが?
青葉さん親子と因縁がありそうなのはホストだけだが……。
もし青葉さんが睦海さんの婚約者だったなら、殺意の向きが逆のような気がする。
青葉さんの方が、恋人から結婚資金を巻き上げていたホストを恨んでいたと思うが……ホストが雷にうたれた時には、最初にハシゴを下りた青葉さん親子は近くにいなかったし……。
繋がらない。
そもそも雷が落ちるかどうかなんて誰にも分からなかったはずだ。
もしかして、怪我をするのは誰でも良かったのか?
無差別攻撃なら、動機なんて存在しないと思うが……。
とにかく気になるのは……事故に見せかけてプレイヤーを狙っている人物が、本当にいるのかどうか、だ。
もしいるとすれば、そいつは人狼のように正体を隠したまま、屋敷の中に紛れ込んでいる。
早くソイツを見つけ出さなければ、俺たちは全員、病院送りにされてしまう……のか!?




