真実のカケラ
――夜のターンに襲撃されたのは……203号室の清水さんです。
10分後に朝のターンを始めますので、プレイヤーの皆さんは、非常階段を使って屋上に登って下さい。
ゲーム内で3日目の朝。
残っている全てのプレイヤーは、屋敷の屋上に集められた。
そこはほとんど使われていない場所らしく、1人しか通れない細いハシゴを使わなければ上がれない。
俺たちは1列に並びながら、順番に登り続けた。
「なんでこんな所に集められるんだ?」
「きっと食堂が使えなくなってしまったからよ」
「いや、談話室があるだろう」
「なんだか急に天気が悪くなってきたなぁ」
山の天候は変わりやすいらしく、すっかり暗くなっている夜空に分厚い雲が流れてきて、今にも雨が降り出しそうだった。
「おい、ポチ。ちょっと来い!」
やっとの思いで屋上にたどり着くと、ものすごく苛立っているホストに服をつかまれ、みんなが集まっている場所からは少し離れた屋上の隅に連れていかれた。
「夜のターンに清水を指定したのは、お前か?」
どうやら同室の清水さんが狼に襲撃されたので、紫刃さんは、俺がやったと勘違いしているようだ。
『違います。誤解です。俺は狼じゃなくて犬ですから』
そんな思いを込めて必死に首を振ってみるが、睨みつけられ、軽く腹を殴られた。
「ぐはっ」
もちろん、誰も助けになんて来てくれない。
「いいか。嘘なんてつくんじゃねぇぞ。ついたら舌を切り落とすからな」
紫刃さんはポケットからナイフを取り出し、目の前でチラつかせる。
もう最悪の展開だ。
すぐにでも逃げ出したいが、ガッチリ肩をつかまれてしまった。
「お前、狼か?」
『違う、違う。全然違いますって!!』
どうして分かってくれないんだよ。
首元に刃物を突きつけられたまま、小さく首を振り続ける。
「たかがゲームで意地を張る必要なんて無いと思うけどなぁ。だったら質問を変えようか。お前……犬だろ?」
!?
両目を見開いて紫刃さんの顔を見つめ返すと、彼は納得したのかナイフをしまった。
「いいリアクションが取れるじゃねぇか。俺たちは2人部屋だから、夜のターンの間、いくらでも相談できるんだが……浴場でお前を脅していた清水が、ポチは犬かもしれないって言い出したんだ。手荒な真似をしても一切口を開かなかったから、根性もあるし、信用出来そうだとも言ってたぜ」
まさか、長髪の清水さんが俺の正体に気付いてくれたなんて……少し複雑な気分だが、恐ろしい体験が無駄にならなかったのは幸いだ。
「驚かせて悪かったな。ポチ。お前を信用して、ちょっと頼みたい事がある」
意味が分からず目を白黒させていると、紫刃さんがこのツアーに参加した理由を明かし始めた。
「俺はホストっていう職業がら、金と女絡みのトラブルに巻き込まれる事が多いんだが……最近、『ワタル』っていうハンドルネームの人間が、ネット上で俺の身辺を探っているんだ」
ワタルってことは……桜さんが?
「でも、俺はワタルなんて知らないし、バスの中で顔を確かめてみたが、あんなに若い女子高生が店に出入りできるはずがない。だから直接の客ではないんだが……どうも気になる事があるんだよ。だから、あの女が、ある女性と繋がりがあるのかどうか調べて欲しい」
ある女性?
俺は顔をしかめながら、もっと話して欲しいとジェスチャーで頼んでみた。
「こんな時まで犬のフリを続けるなんて、馬鹿なのか、真面目なのか、よくわからねぇ奴だな。とにかく、半年くらい前に、俺の客で自殺した女がいる」
思わず声を上げようとすると、口元を押さえつけられた。
「いいか。ココだけの話にしてくれよ。その女の名前は、青葉睦海。彼女は突然、羽振りが良くなったからそれとなく聞きだしてみたら、恋人に用意させた結婚資金を使い込んでいたらしい。おそらく、それが相手の男にバレたんだろう」
警察は自殺と判断したので事件にはならなかったが、睦海さんは激怒した婚約者に殺されてしまった可能性があるらしい。
「彼女の話が本当なら、子どもはいないはずなんだが……青葉って親子が参加しているのが気になってな。ただの偶然ならいいんだが、ポチはワタルを名乗った女子高生と親しいみたいだし、一体何を調べていたのか探ってみてくれ。くれぐれも俺の命令だと悟られないようにな」
『そんなの無理ですよ!?』
と断ろうとしたが、桜さんがコッチに近付いてきたので、紫刃さんは何食わぬ顔でゲームの話に切り替えた。
「おいポチ。お前が本物の犬なら、俺たちが味方だって事は分かっているだろう。もし浴室の中に人外がいたなら、その数だけ吠えてみろ。もしいなかったら、お座りのポーズをするんだ」
なんだか屈辱的な命令だが、俺は仕方なく1回だけ吠えてみた。
「1人いたのか? 本当だろうな?」
俺は犬のように尻尾を振ることが出来ないので、必死にうなづいてみる。
「それじゃあ、これまでに人外だと特定出来た人物はいるのか?」
今度は、精一杯首を振る。
「なんだよ。1人もいねぇのか。使えねぇなぁ。だが、俺はお前を信じることにしたからな。情報を仕入れたら近付いてこい。犬は人に仕えてこそ真価を発揮出来るんだから」
こんな奴がご主人様なんて最悪だが、誰にも気付いてもらえないよりはマシだろうか。
それにしても飼い主を選べないペットは、なんて大変なんだろう。
俺はふと、ペットの顔を思い浮かべた。
我が家のポチは、俺のような主人で幸せなんだろうか?
無事に帰れたら、たまには散歩に連れていってやらないと……。
子犬の頃は物凄く可愛がっていたのに、最近はほとんど相手にしていなかった気がする。
「もうっ。2人だけで追放会議を進めるなんてズルイですよぉ! 早く集まって下さい」
桜さんに呼ばれて俺と紫刃さんが人の輪に戻ると、青葉さんという小学生のお父さんが嬉しそうに口を開いた。
「やっと全員で追放会議が出来るみたいですね」
これまではまともなゲームが出来なかったので、みんな、きちんとした話し合いがしたいと思っていたらしい。
さっそく口を開いたのは太陽さんだ。
「そういえば女湯にいたのは、犬だとカミングアウトしたメイドさんと眼鏡ちゃんの2人だけだったんだよね? だとしたら、眼鏡ちゃんが人外だったかどうか分かったんじゃない?」
メイドさんを本物の犬だと思い込んでいる太陽さんが尋ねると、メイドのコスプレをしている藍さんは困ったように首をかしげた。
彼女は本物の犬ではないから、2人っきりでも人外かどうかなんて確かめられない。
「なるほど。犬が鳴かないってことは、眼鏡ちゃんは村人陣営だったのか」
太陽さんが危うい推理を口にすると、子ども連れの青葉さんが、ヘッドホンをしている男子高校生の顔を見ながら重要な指摘をした。
「あのぉ、メイドさんは、本物の犬だと分かっているんですか? 私はてっきり、無口な緑川君が犬だと思っていたんですが……」
すると、茶畑のオジサンも対抗するように俺の顔を睨みつける。
「コッチにだって、犬候補の高校生がいるぞ」
このまま誰の犬が本物か? という討論が始まるのかと思いきや、太陽さんがもっともな提案をした。
「3匹も犬がいるなら、そのうちの2匹はニセモノなので、怪しい人からローラーしちゃいましょうよ」
ある職業になりすましている人物がたくさんいて、その中に狼が紛れ込んでいる可能性が高い場合は、重要な役職であっても全員追放してしまうローラー作戦を取ることがある。
どうやら、犬は全て、追放処分にされてしまうらしい。




