密会
放送によると、ゲームから追放されたのは、105号室の灰野さんと、205号室の若草という高校生だった。
犠牲者は2人とも男……ということは、何かが起きたのは女子風呂ではなく、食堂だったらしい。
各自部屋に戻って夜のターンが終了するまで待機するよう指示されたが、俺たちは浴場のロックが解除されると同時に食堂を目指した。
しかし、入り口の扉には鍵がかかっており、『封鎖中』という看板が下げられている。
食堂にいたはずの人たちは、すでに部屋に戻ってしまったようだ。
「これじゃあ、何も分からねぇじゃねぇか!!」
「だが、封鎖してるってことは、食堂内で何かあったんだろう」
清水さんの言葉に異論を唱える者はいない。
「ひとまず、部屋に戻って夜のターンをやり過ごすしかねぇな。もし、大神が無差別にプレイヤーを襲っているなら、お前らも用心した方がいいぞ。部屋の中に、何かが潜んでいるかもしれないからな」
「例えば、どんなものがですか?」
太陽さんが尋ねると、ホストがタチの悪いイタズラを口走った。
「俺だったら、布団の中に、毒グモとかサソリを入れておくかもな」
「うへっ」
そんな話を耳にしたせいか、俺は101号室に戻ると、枕を蹴り飛ばし、掛け布団を引っぺがして、ベッドの下までのぞき込んだ。
出来ればサソリなんていて欲しくないが……寝ている間に巨大な毒ヘビが顔の上にいたりしたら、目を開けた途端に驚いて心臓が止まってしまうかもしれない。
トントンと扉が叩かれ、大神さんが入ってきた。
「お待たせしました……って、ポチさん何をしているんですか? クローゼットは開けっ放しだし、こんなに布団を散らかして」
「あぁ、すいません。ちょっと暇だったので大掃除をしていたんです」
「おや? そんなに汚れていましたか? 申し訳ありませんねぇ。すぐに使用人を呼んで、掃除させますから」
「いえ。もう終わりましたから大丈夫です。それよりも、さっき、食堂で何があったんですか?」
「ちょっとしたトラブルですが、私の口からは申し上げられません。ゲームの内容は、プレイヤー同士でお確かめ下さい」
「でも、誰かが怪我をしたとか、そういうのは?」
「ええと、ポチさんがいらしたのは、男湯でしたよねぇ。そちらにいた人外の数ですが……」
大神さんは話をそらした。
ってことは、やっぱり何かあったのか!?
「1名です」
「風呂場に狼がいたんですか?」
「狼かどうかは分かりませんが……人外がいたのは事実です。では」
大神黒子は追究を避けるように、アッサリ出ていった。
うっかり口を滑らせて、狼か妖狐を判別できるかと期待したが、ゲームマスターはさすがに慣れているようだ。
さっき男湯にいたのは……俺と太陽さん、茶畑のオジサン、紫刃さん、清水さんの5人だけ。
そのうち俺と庭にいたホストたちは村人陣営だと判明しているので、人外なのは太陽さんかオジサンのどちらかだ。
そんな事を考えていると、再び部屋の扉がノックされたが、大神さんが入ってくる様子は無い。
「……誰、ですか?」
「私です。入ってもいいですか?」
女の子の声がしたので扉を開けてみると……桜さんが部屋に入ってきた。
「はぁ。もし、夜のターンに移動している事がバレたら処刑されそうなので、すっごくドキドキしちゃいました」
「そんな危険をおかしてまで、どうして来たんだよ」
問題児というのは、他人までトラブルに巻き込むことが得意らしい。
よりにもよって、なんで俺の部屋に……。
半分、嬉しい気持ちを隠しながら、桜さんに椅子を勧めてみる。
「すぐに戻るから大丈夫です。確か、ポチさんは食堂にいませんでしたよね? だから浴場の様子を聞いておきたくて……」
「あぁ。風呂場は男女別になっていたから、のぞかれる心配は無いと思うけど……ゲームが終わっても、入らない方がいいと思うよ」
「どうしてですか?」
「危険な仕掛けがあったんだ。女子風呂にもあるかもしれない」
「もしかして、シャワーから熱湯が出て来るとか、床が石鹸だらけで足を滑らせるとか、そういう事ですか?」
桜さんの話を聞くと、浴室がどれほど危険な場所だったのかを思い知らされた。
今後の移動では、よく考えてから部屋を選ばないと命に関わるかもしれない。
「一応、浴場では事故は起きなかったけど、食堂では何があったの?」
俺が尋ねてみると、桜さんが声を忍ばせた。
「高校生の若草君が……毒殺されたみたいなんです」
「毒殺っ!?」
「声が大きいですよ」
「あっ、ゴメン。でも、驚いて……」
桜さんは興奮した様子で話を続ける。
「倒れた高校生の体を調べていた灰野さんは、『毒物ではなさそうだ』って言っていたんですけど、若草君は全然動かなかったし、飲み物に何かが混ぜられていたみたいです」
「ちょっと待って。状況がよく分からないから、最初から説明して欲しいんだけど」
「ええと……」
桜さんの話によれば、食堂に集まっていたのは……青葉親子と、常にサングラスをかけている灰野さんと、庭にいた2人の男子高校生。
それから桜さん自身と、バスガイドのお姉さんの計7人。
……ということは、食堂にいなかった眼鏡の女の子と、メイドさんの2人だけが女湯にいたことになる。
「まだ夕食の準備は出来ていなかったんですけど、テーブルの上にはグラスに注がれた飲み物が幾つも置かれていて……男の子がジュースを飲もうとしたら、灰野さんが『口をつけない方がいいかもしれない』って言い出したんです」
「もしかして、灰野さんって人は、飲み物が危険だと気付いていたの?」
「いえ、確信は無いと言っていましたけど……黄崎さんの事もあるし、慎重に行動した方がいいっていう話をしている最中にグラスが割れる音がして、気付いた時にはもう、1人で携帯をいじっていた若草君がテーブルの上に突っ伏していたんです」
若草は置いてあったドリンクを口にしていたらしい。
「飲まない方がいいって話をしていたのに、彼はどうして口にしたんだろう」
「ずっとスマホをいじっていたので、多分、灰野さんの話を聞いていなかったんだと思います」
「マジか……」
黄崎さんの他にも間抜けなプレイヤーがいたようだ。
最初に庭にいた若草とは1度も話をした事がないが、バスに乗る前から携帯をいじっていたから、コミュニケーションをとるのが苦手な奴だったのかもしれない。
それにしたって、追放されるプレイヤーたちは、どうして自ら危険に飛び込むのだろう。
誰かに誘導されているのか?
それとも、彼ら自身が俺たちを欺いているのか?
「そういえば、灰野さんも一緒に追放されたってことは……若草の体を調べている時に毒に触れてしまったってこと?」
「ううん。サングラスの人は元気だったけど、大神さんが来て、若草君の職業カードを見せられたら、一緒に出ていってしまったんです。正確には、若草君を運び出すのを手伝わされている感じでしたけど……」
ってことは、2人は、あの職業で繋がっていたのかもしれない。
「他に、何か情報は……」
「ごめん。そろそろ戻らないと、大神さんがくる頃だと思うから」
桜さんは腕時計で時間を確認しながら、ソワソワし始めた。
301号室の桜さんの部屋は、101号室の真上にある。
だから部屋を出て、すぐ横にある階段を使えば、1階の部屋から順番に夜のターンの処理をしている大神さんが3階にたどり着く前に戻れるというが……彼女が見つかって、俺まで連帯責任で処刑される、なんて事になったら大変だ。
「分かった。急いで戻った方がいいよ。教えてくれてありがとう」
桜さんが出ていくと、俺は布団を直しながらため息をついた。
風呂も危険。食事も危険。寝るのも危険なこの屋敷で、どうやって朝まで過ごせばいいのだろう。
分かっているのは、今夜は絶対に眠れないって事だ……。




