プロローグ
プロローグは、話が進んだ後の一部を切り抜いた感じにしています。
色々と唐突ですが、ご容赦下さい。
「はぁ……はぁ……」
何とか逃げ切れた……。まだ地響きが大きいから近くにはいるのだろうけど、俺の姿は見失った筈だ。森の中で助かったよまったく。
「……二人は、大丈夫かな……」
呼吸を整えながら、栞奈と神楽の心配をする。神楽がいるから俺の考えなんて杞憂なのだけど、やはり心配なものは心配だ。
主に栞奈の方。彼女に到っては戦う術が無い。道具は持ってるけど、あんな相手からしたらただの玩具だ。本人だってそう言ってたし。
……そっと、朽ち木から顔を覗かせる。――まだいやがった。
百メートルくらい先、木々の向こうでうろうろと俺を探している岩の巨人。岩石が人の形に形成されただけの無骨なデカブツが、見ようによっては愛らしくキョロキョロと頭部を動かしていた。
「ちっくしょう……あんなにでかいなんて反則じゃねぇか。どうしろってんだよ。意外と動き速いし」
でかいから鈍いのだろうと勝手に想定して突っ込んでみればこの有り様。
此方の攻撃を軽く跳躍して躱し、着地と同時に腕をぶんぶん振り回してきたあの岩石野郎。
一旦逃げろと神楽に言われたので走り出せば、あの野郎は俺を標的にしたらしく、しつこく追い回して来やがった。確認するのも恐ろしい破壊音を背に、がむしゃらに木々を掻い潜りながら走り続けて今に至る。
多分、始めに攻撃したのが俺だから狙われたのだろうな。
でも何より、栞奈が近くにいなくてよかった。下手したら俺の軽率な行動のせいで彼女は怪我を負う所だった。神楽の説教は確定として、自分自身でもちゃんと反省しなければ。
――さて。兎に角、この状況をどうにかしないといけない。
一人で戦うなと言われているけど、だからといって女の子に頼るのは男として許せない。初めての戦闘じゃないし、術もある。気付かれないように近付いて、キツい一発を食らわせてやる。
そうと決まれば……、ゆっくりと行動に移る。さささっと木々に隠れながら距離を縮める。
その間にわかった事だが、どうやら奴は、攻勢になる時は機敏だけどそうじゃない時はやはり鈍いようだ。今は巨体に似合ったゆったりとした動作、でも警戒は怠らない。
現在の距離は五十メートルくらいか。あともう少し……。
「…………」
もう少し……なのはいいが。あれ、よくよく考えてみれば、俺はどう立ち回ったらいいのだろうか。
キツいの一発とか、初めてじゃないとか息巻いてはみたものの、その一発で事が終わる訳でなし、その後はどうしよう。
見るからにタフそうだもんなぁ、あいつ。だって岩だもん、硬いもん、でかいもん。……やべっ、本当にわかんなくなってきた。
そもそも俺の拳に期待できる効果はあんのかな。神楽に貰った礼装で肉体は強化されてるとはいえ、まだその範囲は把握していない。最悪、びくともしないかも知れない。
……やべぇどうしよ……変な汗ながれてきた。情けないなぁ……でも、何だかんだ俺はただの高校生だもんなぁ。さっきまでの自分が格好よくもあり悲しくも思えてきた。これが若気の至りってやつか、ふむふむなるほど。
……違う、そうじゃねぇよ。現実逃避してんじゃないよ。
思い出せ――そうだ。そんなの関係ない。栞奈と神楽を守る為に俺はここにいる。自分でそう決めたんだ。逃げちゃ駄目だ。
あんな岩の塊がなんだってんだ、ただの岩じゃないか、そこらへんに転がってる岩じゃないか。あぁそうさ、岩だ岩、岩岩岩、ははは、何だか弱っちく思えてきたぞ。
よしっ。いける気がする。
こそこそせずに一気に突っ走って、その勢いのままぶん殴ってやる。
そうして再び岩の巨人を確認する。するとすぐ目の前に壁が立っていた。十メートルはあるだろうか。見上げていく内に、その壁は俺がいま、確認しようとした巨人だという事がわかった。
「………………」
…………えっ。
「――うおおおおお!?」
途端、降り下ろされた岩の拳。地面に衝突して重低音が辺りに広がる。
間一髪、転がるように避けたが、奴の猛攻は開始された。
腕をぶんぶんぶんぶん、と機敏に振り回してくる。壊れたロボットみたいに、無機質な暴力が殺しにかかる。
「うぎゃあああああ!!」
対して、泣き叫ぶ俺。全力で逃げる。先程の勇敢は見る影もなく、とにかく逃げ回る。
反撃しようにもその隙間が見当たらない。体力なんて概念も通用しないであろうこの巨人は、きっと俺が死ぬまで攻撃の手を緩めない。
つまり、また奴が此方を見失うまで走らなければならない。始まりの繰り返しだ。
……なんて――無様……。
やっぱり駄目だ。怖い。所詮は初心者。こいつの前に戦った神はまだ小さかったから俺でも倒せた訳で、こんな何十倍もあるような奴には敵わないのが当然。と言っても俺がビビって勝負らしき勝負はしていないのだが、生きるか死ぬかの闘いなんて恐いに決まってるだろ。
でも……ほんっとうに情けない。守るって約束したのに……。こんな姿、栞奈に見せられ
「防人君、頑張ってえええ!」
「ないっつーの――っ!!」
振り返る。岩の拳が迫る。全力で土下座。その上を拳が通り過ぎたを確認してから前傾姿勢を取り、突進の構え。渾身の頭突きでも食らいやがれ――!
蹴りつけた地面が炸裂する。迷いなく巨人の足目掛けて、ぶち壊す思いで頭から突っ込む。
するとどうだ、此方の攻撃が効くのかどうか考えていたのが馬鹿らしく、俺は巨人の足を粉砕して突き抜けた。頭は確かに痛かったが、どうみても相手の方が痛手。俺の不安はただの杞憂だったらしい。
「女の声援で力を得るなど、いつの世も男は男じゃな」
と、いつの間にか俺の隣で、腕を組む仁王立ちの巫女さん――神楽はため息一つ。俺達から離れた場所には栞奈の姿があった。
「……見てた?」
「嗚呼、しかと見ていたぞ。大の男が泣き叫びながら逃げ回るとはなんとも、見るに耐えないものじゃな」
は、恥ずかしい……!
「来るのが遅いんだよ!本当に怖かったんだからな!歯が立つかどうかもわかんしさぁもう!」
「わかっておる。馬鹿にはせん。しかしほれ、現にお主は打ち勝ったではないか」
神楽が指差す岩の巨人は、起き上がれずにじたばたともがいている。片足が無い為に、上手く立ち上がれないでいるようだ。
だがそれも時間の問題。無くなった片足の代わりを作り始めた。ふわふわと独りでに岩が集まってきて、足の形になろうとしている。――神楽はそれを待ってはやらない。
消えたとしか表現の出来ない速さで以て、巨人の真上に移動する。彼女の体全体に、金色の揺らぎが纏われている。
「終わりじゃ――」
狙うは胴体の中心。そこに核がある。
神楽は空中を蹴って落下。恐ろしい速さで巨人に向かい、華奢な拳を叩き付けた。
爆裂音が響いて地面が揺れる――神楽の一撃は大地を揺るがす。
衝撃で俺は後ろに転がる。
粉塵さえも吹き飛び、巨人を構成していたもの全てが爆散して、後には何も残らない。ちょっとしたクレーターの中心には、つい今それを形成した張本人が、涼しい顔で佇んでいた。
「防人君、大丈夫!?」
栞奈が心配して駆け付けてきてくれた。屈んで俺の顔を覗きこんでくる。ああ、やっぱいつ見ても可愛いなぁ……。
格好悪い所を見られたけど、まぁ、栞奈が無事ならそれでいいか。
かくして、岩の神を倒した俺達三人。結局、神楽の圧勝という予想通りの結果となった。経験を積め、という事で付いてきたはいいが、俺って役に立ったのだろうか。
「よくやったぞ、防人。お主も大したものじゃ。並の人間ではここまで出来ん」
「……お、おう」
気恥ずかしかったが、悪い気はしない。実際、頑張ったし。俺って実は凄い?むふふ。
「まぁ、後は泣かんようにな」
「上げて落とすんじゃねぇよ!」
そんなこんな、取り敢えずは一段落。
あー腹へった、牛丼でも食いに行こうかな。