第6話 道場
何となく日々の生活にも慣れ、主婦まがいなことをしている
歳三兄さんはこの時代でも忙しく、朝から夜遅くまで働いている
眉間に寄る皺を見るとなぜか微笑ましく思ってしまうのは私だけだろうか
「今、俺の顔見て笑っただろ」
「笑っていません」
「いや笑ったぞ、気になるだろ」
「笑ったのではなくて、微笑ましいなって思っただけです」
「俺の顔の何が微笑ましいんだ」
「・・・」
「おいっ」
「ぷっ、い、言えませんっ」
いいタイミングで洗濯機の終了音が鳴ったので急いでその場を後にした
何か言ってるけど聞こえないふりをした
書類の整理が終わったのかリビングに出た来た歳三兄さん
「なあ、気分転換に俺に付き合わねえか」
「いいですけど、何処に?」
「道場に顔を出せって言われてな」
社長が個人的に道場を持っているらしく、忙しくて行けないから
副社長の兄が代わりに様子を見に行く事になったらしい
会社とは関係ないけれど門下生の何人かは社員らしい
「道場・・・って何の道場ですか」
「おまっ、そうだよな一言に道場って言っても分からねえよな。剣道だ」
「剣道ですか、へぇ」
「因みにお前も剣道やっていたんだけどな」
「えっ!?」
「剣道だけじゃねえぞ、空手もやっていた」
「嘘っ!!」
「とんだお転婆娘だったんだぞ」
「あの、他になにかやっていなかったですか?茶道とかピアノとかそういう系の」
「・・・ないな」
全く想像がつかない、本当に?
私が分からないのをいい事に勝手に言ってないよね
少し疑いつつもその道場に着いて行った
道場では威勢のいい声が飛び交っていた
ああ青春だなって思う
こういう場所で礼儀作法や縦社会を学ぶんだよね
「お、瑠璃も来たのか」
「あれ左之兄、総司も来てたんですか!」
時間があればこうして学生対象に指導をしているそうだ
そうだろう、うちの兄たちは組長だったんだからと
誇らしい気持ちになる
「ほら着替えてきなよ、持ってきたんだ瑠璃の分も」
「ええ!聞いてないです」
「今言ったでしょ、ほら」
なんで私の胴着があるのっ、私は無理やり更衣室に押し込まれた
本当にやっていたのか疑問のまま着替えに取り掛かった
「リハビリがてら、高校生と手合せしてみろよ」
「左之兄っ、高校生とか無理でしょ!自信ないです」
「大丈夫だって、行って来い」
深呼吸して目を閉じ、精神統一をした
一礼をする「お願いします」
リズムよく竹刀の音が響く 嘘じゃなかった 体は勝手に動く
「左之さん、瑠璃って構え変わった?」
「あ?・・・本当だな。ってか利き手が変ってねえか?」
「うん、そう見えるよね」
パンッ、ドン、ダーンッ! 面が決まった
「そこまで!」
身体がとても軽かった、やっぱり経験者だったんだ
「瑠璃、今度は僕の相手してくれる?」
「え!無理っ。総司の相手なんて出来るわけがない。殺されちゃう」
「酷いなぁ。いいからちょっとだけ、ね?」
私の意思はそこには無いようで、すっと総司が構える
反射的に私も静かに構えた
「っ!!」
総司は瑠璃と対面してみて驚いた、まるで鏡を見ているようだった
それは相手と自分の利き手が逆だということだ
嘘でしょ、いつから瑠璃は左利きになったの
しかも、どこかで見たような構え・・・
ドン、ターン!
総司が踏込み面を狙おうとしたその時
目の前から瑠璃はすっと消え、総司の銅を狙う
総司も素早く胴に切替えた
パシーンッ、ターンッ !!
お互いの竹刀が交わった
ほぼ同時だった
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両者の動きが早すぎて、審判が反応できない
「おお!!」
学生たちの驚く声が響いた
「引き分け、だな」
「兄貴、見ただろ。どういうことだ」
「さあな・・・」
箸も包丁も確かに右手を使っていた、なのに竹刀だけは左
踏込の足も全く違和感がなかった 総司に引けをとらない速さだ
「まるで居合だな」
「左之助、今、何て言った」
そう、瑠璃の銅を叩く仕草はまるで居合のようだった
真っ二つに斬られそうな そんな気迫が漂っていたのだ
「本当に人を斬りそうな勢いだな」