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土御門ラヴァーズ 外伝  作者: 猫又
第二章
9/13

Club Akamofu

 一歩足を踏み入れると、そこは未知の世界だった。

 薄暗い照明、煙草の煙、酒と香水の混じり合った匂い。

 人間の体温、汗、思念が交差する空間。

 その場は息苦しく、狭く、窮屈だった。

 だが賑わっている。 

 男か、女か、人間か、化け物かも定かでない生命体がぎっしりといた。

 夜が更けるにつれてそこは賑わい、酒が振りまかれ、札束がテーブルに置かれ、それに群がる人間どもが狂喜乱舞する。


「泉、こっちよ」

 と言われて、泉は恐る恐るその店に入って行った。

 視界が悪く、足下も暗い階段を下りて行くと何色もの照明が店内を照らしていた。

「いらっしゃいませ、美和さん」

 と連れの美和に声がかかり、黒服が寄ってきた。

「ね、今日、赤狼君いる?」

 と美和が聞いた。

 黒服は笑顔で、

「いますよ。最近、赤狼さん、真面目なんです」

 と答えた。

 席に案内されて、美和と泉は黒いソファに座った。

 美和は目をきらきらとさせながら、店内を見回している。

「さすがに平日はお客さん、少ないわね。これが週末だったら、もう取り合いになるの」

 泉は美和を見た。

「取り合いって、男の子の?」

「そうよ。ここ、結構いい子いるけど、やっぱり一番人気は赤狼君なの」

「赤狼君?」

「そう! あ、でも、駄目よ、赤狼君はあたしのなんだから。泉はイチロー君なんかどう?」

 泉は出されたおしぼりで手を拭きながら美和の言葉を聞いていたが、何を言っているのかさっぱり分からない。

 

 同僚の佐々木美和に誘われて仕事帰りにやって来たのはいわゆるホストクラブという場所らしい。客は女性ばかり、年配のおばさまから水商売っぽい女性、キャバ嬢のような派手で若い娘もいた。もちろん、美和や泉のような普通のOLもいた。

 皆、一応に相手をしてくれる男の子達と笑顔で話がはずんでいる。 

 初めてのホストクラブに泉は落ちつかず、きょろきょろと周囲を見渡すばかりだ。

 同僚の美和は派手でお洒落で、ブランド物の話か彼氏の話が多い。

 実家がお金持ちで働いていてもまだ小遣いをもらっているらしく、贅沢だ。

 逆に泉は引っ込み思案で、大人しい性格だ。こういう場所で遊んだ経験もなく、ナンパや出会い系など絶対にありえない。

 面白い場所があるから、と美和に引っ張られて来たのだが照明に目がちかちかして、落ち着かない。

「ねえ、こういう場所って高いんじゃないの?」

「そうでもないわ。初回は安いの。まあ、週に何回も来たらちょっとね」

「美和さん、週に何回も来るの?」

「まあ、今はね、赤狼君がいるから」

「お目当ての彼?」

「うん、とっても格好いいの! まじ、結婚したい」

「へ、へえ」


「いらっしゃいませ」

 と黒いスーツの男の子がやってきて、笑顔で泉の隣に座った。

「失礼します」

「あん、イチロー君! 赤狼君は?」

 と美和が言った。

「すぐ来ますよ。初めまして、イチローです」

 とイチローが泉に笑顔で挨拶した。

(うわぁ、格好いい~)

 と泉は思った。まるでアイドル歌手のようだ。

 黒髪に黒い瞳。センスのいいスーツに可愛らしい笑顔。

 ボーイが運んで来たグラスに氷と酒を注ぎ、マドラーでくるくると混ぜる。

 その様子も悪くない。笑顔でグラスを差し出され、受け取る自分がその一瞬で映画ワンシーンのようだと泉は思った。

「イチロー君って可愛いでしょ。アイドルみたいで」

 と美和が言い、泉はうなずいた。

「あと、ジロー君とサブロー君とシロー君もいるのよね」

「ええ? イチロー君からシロー君までいるの?」

 と泉がイチローを見ると、イチローはやんちゃな笑顔で笑って見せた。

「ええ、兄弟みたいなもんで」

「みんな、すっごい格好いいのよ。でも一番素敵なのは赤狼君だけどね」

 と美和が興奮した様子で言った。

 美和はブランドのバッグの中から綺麗に包装してリボンのかかった箱を取り出した。

「今日は赤狼君にプレゼント持ってきたんだぁ。気に入ってもらえるといいけど」

「プレゼント? 何?」

「フランクミューラーの時計」

「た、高いんじゃない?」

 泉はびっくりして口をつけた酒を吹き出した。

「だって、赤狼君に似合いそうだったもーん」 

 泉はイチローを見た。イチローはにやにやしている。

 こういう事はよくある事で、彼らにしたらいつもの事なのだろう。

 男の人もホステスのいる高い店で高い酒を飲んで、女の人に相手にしてもらい食事やプレゼントで気を引くものだ。それの男女逆でもそれはこの世の道理だ。

 人の気配がして、泉は顔を上げた。

 男が立っていた。美和が一オクターブ高い声で、

「赤狼君!」

 と言った。

「こんばんは」

 と赤狼が言って美和の隣に座った。 

 泉はしばらく赤狼を見つめていた。美和が夢中になるのも分かる。

 とびきりの美形だった。そして赤かった。真っ赤な髪の毛に、光の加減かもしれないが、瞳も赤いように見えた。

「赤狼君! 最近、よくお店に出てるから嬉しいな!」

 と美和が言った。

「あー、デブが最近は家に戻るからな」

 と赤狼が言い、イチローがぷっと笑った。

「デブって誰?」

 赤狼はそれには答えずに泉をちらっと見た。

「この子、会社の同僚の泉って言うの。こういう場所初めてなんだって」

「いずみ? いい名前だ」

 と赤狼が言って笑った。

 その笑顔に泉はきゅっと胸が苦しくなって、顔がかあっと熱くなった。

「赤狼君はね、みんなにそう言うんだから!」

 牽制の為か美和が泉にそう言った。そしてリボンのついた箱を差し出して、

「これ、よかったら使って、きっと似合うと思うんだぁ」

 と言った。

「ありがとう」

 と赤狼はその箱を受け取ったがリボンを取ってみるでもなく、中身に興味があるでもなくテーブルの上にぽんと置いた。

 それから美和が赤狼の気を引くために一生懸命話かけていたが、赤狼は聞いているのかいないのか分からないような態度だった。

 口元にうっすら笑みを浮かべているが、何か他の事を考えているようだった。

 ホストという職種をよく知らないが客をもてなすのが基本だろうに、赤狼には全くその意識がないように見受けられた。

 泉は赤狼を眺めながらそんな事を考えていた。

「あ」

 と突然、イチローが言った。

「兄貴ぃ、美登里さんに呼ばれちゃった」

「行け、遅れると折檻されるぞ」

「はい。じゃあ、ちょっとごめんね。美和さん、泉さん」

 と言ってイチローが慌てて走って行ってしまった。

「ちょっと、美登里さんて誰? イチロー君の贔屓?」

 と美和が言った。

「あんなに急いで行かなきゃならないほど、大事なお客なの? 遅れると折檻って何よ」

 赤狼はふっと笑って、

「美登里はイチローの大事なご主人様だ」

 と言った。


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