賢、和泉、十六歳 青春悪霊退治⑤
「和泉ちゃん」
と声をかけられて和泉は振り返った。
「陸君、こんなところで会うなんて、犬のご飯を買いに来たの?」
現在、小学五年生の陸はあははと笑って、
「そう、この間拾った犬が子供を四匹も生んでさ~」と言った。
陸はスーパーのカゴを持ち上げて見せた。中にはドライフードの大袋や、犬のガム、おもちゃが入っている。
「すごいわね。一体、何匹いるの?」
「生まれたてを入れると犬は十匹。小遣いが全部これに消えるんだ。でも子犬はすぐに貰い手がつくから」
「ふうん。でも、また拾ってきちゃうんでしょ?」
「だって、可哀相じゃん」
和泉がレジに並ぶと、その後ろに陸も並んだ。
「陸君、歩きなの? じゃあ、荷物、自転車のカゴに入れてもいいわよ」
「サンキュー」
和泉は自転車を押しながら、陸と並んで歩きだした。
「犬だけじゃないんでしょ?」
「まあね、猫と金魚もいる」
「本当に動物好きね。捨て犬を拾って来るたびに怒られてない?」
「うん、親はそうでもないけど、おばあさんが犬が嫌いだから」
「大伯母様が? ふうん、でも、それで諦めたりしないんでしょ?」
「まあね、まー兄が世話をちゃんとしたらいいって言ってくれて。家の裏に大きな犬小屋を作ってくれたのも、まー兄」
「賢ちゃんが? へえ」
「まー兄は優しいんだよ。和泉ちゃん!」
「え? ああ、そうね。この間、学校で宿泊訓練だってね。学校に棲みついてる霊にまた憑かれるとこ、賢ちゃんに助けてもらったわ。あ~もうやだ、どうして霊なんか視えるのかしら……」
「それは、やっぱ、見鬼だからしょうがないよ。土御門の血筋だもん」
「でも、うちのお母さん、全然視えないのよ? そんな人もいるのに」
和泉ははあっとため息をついた。
「だーいじょうぶだって! いつだってまー兄が守ってくれるじゃん!」
「賢ちゃんにずっと迷惑かけられないでしょ? いつまでも隣にいられるわけじゃないし」
「まー兄と結婚すればいいじゃん」
「賢ちゃんと?」
和泉はあはははと笑った。
「え~無理。賢ちゃんて跡継ぎじゃない。次の御当主なんでしょ? そんな人と結婚なんて絶対無理」
「そうかなぁ」
と言い合いながら二人が土御門家へ近づいて行くと、正門から出てくる人影があった。
「あ、一美ちゃん」
和泉の声に一美が振り返った。
「みかどちゃん……」
一美の後ろから賢も出てきて、和泉と陸を見てぎょっとしたような顔をした。
「どうしたの?」
と和泉が言ったが、一美は、
「別に……」とそっけなく答えた。
「まー兄のとこに女の子が来るなんて珍しいね、もしかして彼女?」
と陸が言った。
「やっだぁ、弟さん?」と一美が言うのと、
「ば、馬鹿な事言うな」と賢が言うのが同時だった。
「違うの?」
「勉強を教えてくれって言うから、見てやっただけだ」
誰にともなく、いや、和泉に向かって、賢はそう言った。
「だってさ、和泉ちゃん」と陸が言い。
「ふーん」と和泉が興味なさそうに答えた。
「和泉ちゃん、犬、見て行かない? 生まれたてはすぐにもらわれるから今しかいないよ」
「え、そう? じゃ、見る。自転車置いてくるね」
と言って、和泉は家の方へ自転車を押して走って行った。
「女の子はこういう風に誘わなくちゃ、まー兄」
と言って陸が賢の肩をぽんぽんと叩いた。
「う……うるさい!」
と賢がふんっと家の中に入って行ってしまった。
「犬? 私も見たいわ」
とまだ残っていた一美が陸に向かって言ったが、
「あ~、悪いけど、よその人には懐かないから駄目なんだよね。特にまー兄に近づく女の子にはね」
と陸が答えた。
「うわ、可愛い~~~」
子犬を入れてあるサークルの中をのぞき込ん和泉が感動している。
生まれたてでまだ目も空いていない。ごろごろと転がりながら、母親のぬくもりと乳を探しているようだ。黒、白、白、黒白の四匹はもつれ合いながら転がっている。
「母犬が駄目だったんだよね。こいつら生むのが精一杯でさ」
「そうなの? 可哀相に。じゃあ、陸君が育ててるの?」
「うん、ミルクを飲ませるくらいだけど。後はあっちの成犬が親代わりしてくるから」
「そっか」
振り返ると大きな金網を貼った犬小屋がある。仕切りがあり、大きな犬が五匹、尾を振りながらこちらを見ている。
「これだけいたら散歩だけでも大変よね」
「うん、でも、お弟子さん達が有志で散歩係をしてくれてるんだ。ジョギングのいい相手になるからって。まー兄も、仁兄も行ってくれるしね」
「ふうん」
さくさくっと足音がしたので和泉は振り返った。
「陸、師匠に呼ばれてるぞ」
と賢がやってきて陸に行った。
「あ、そうだ。やっべぇ。じゃーね、和泉ちゃん!」
慌てて走って行く陸を和泉は笑って見送った。
「いつも忙しそうだね、みんな」
「まあ、修行中の身だからな」
「修行中かぁ……大変だね」
「お前の友達には勉強を教えてくれって言われただけだぞ」
と賢が言った。
「へ? 一美ちゃん?」
「ああ、いきなり家まで来た」
「いきなり?」
「ああ、追い返すわけにもいかないかな、と思って、だな。だから」
「ふーん、あ、もう帰らなくちゃ。じゃあね、賢ちゃん」
「あ、ああ」
土御門家の裏庭から小走りに駆けていく和泉を賢はため息でもって見送った。