賢、和泉、十六歳 青春悪霊退治④
賢がフェンスに駆け寄りながら、
「黒凱! 白露!」と呼んだ。
暗闇にばさっと羽ばたく音がして鋭い黄色い嘴が現れた。
「グエエエエエ」とひと鳴きしてから落下していく和泉の身体に巻き付いた悪霊の塊に紅蓮の炎を吐いた。いたずらに和泉の身体に巻き付き、仲間を増やそうとしていた悪霊が「おおおおおおおおおおおん」と悲鳴のような咆吼を上げて、和泉の身体からするりと離れた。単独で落ちていく和泉をひょいと白露の背中が受け取り、ばさっと舞い上がった。
屋上にいる賢の元へ上って行き、和泉を下ろすとやれやれという表情で消えた。
「和泉! 和泉!」
気を失っている和泉の頬をぺしぺしと叩く。
「グエエエエ」と黒凱の声がして、ぶよぶよとした悪霊の塊が上がってきた。
黒凱に威嚇され、逃げ出すことも出来ない悪霊が賢の頭上で怯えたように震えている。
集合体とはいえ学校で高校生相手に脅かすくらいしか能のない霊が本物の霊能者に出会い、その眷属に「舐めたことしくさりやがって、このガキが!」というような意味あいで咆吼されたのだ。
「おおおおおおん」
と霊が悲しげに泣いているのはこれからの運命を悟ったのかもしれない。
「いつか上がれる時まで猶予をやろうと思ったが、和泉を巻き添えにしようとしたのは許さねえ」
気を失っている和泉をそのままコンクリートの上にそっと寝かせて、賢が身体を起こした。すでにその身体からゆらっと怒気を含んだ霊気が渦巻いている。
「おおおおん」
と霊がまた泣いた。
「人を恨み、自分を嘆くだけで何の向上心もなく、ただ同級生を妬んでいるだけのお前らにかける情けはねえ」
賢の右手に光りが宿り、それは少しづつ大きくなった。
気合いを貯めて、賢がその光を霊体に向けて発射した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおん」
悲しみか怒りかの叫びを残して、霊体はぱっと一瞬燃え上がってから消えた。
学校の屋上には静寂と暗闇が戻った。
「和泉! 和泉!」
膝をついて和泉に呼びかけている賢の背後に足音がした。
「今の……何なの?」
振り返ると一美が立っていた。
「視えたのか……まあ、俺と和泉が揃ってたら視えるかもな」
「うん……今のが幽霊?」
「あんまり人には言わない方がいい。どうせ誰も信じないだろうからな」
「土御門君て本当に霊感がある人なんだ。さっきみかどちゃんに聞いたけど」
「霊感……まあなぁ」
ふっと賢は苦笑いした。
「何か格好いいね、土御門君って」
と一美が笑顔で言ったが賢は特に興味も示さずに、すぐに和泉の方へ振り返った。
「おい、和泉!」
身体を揺さぶってみるが、和泉はぴくりとも動かない。
「困ったな」
賢は和泉の横へ座って、彼女の頭を持ち上げて膝枕をしてやった。
「次の奴、遅くないか? 何やってんだ?」
と賢がつぶやくと、一美がふふっと笑って、
「上まで来ちゃったら、終わっちゃうじゃない。だからみんなぐるぐる回ってるのよ」
と言ってから賢の隣に座った。
「まじか」
と賢がため息をついた。
「くだらねえ事が好きだな、みんな」
「一組の人って本当は肝試し参加しない予定だったんでしょ? 神田君が誘ったら断られたって言ってたけど、どうして急に参加になったの?」
「……四組が全員強制参加だって聞いたからな。和泉がどうせ自分では断れないだろうと思ってな」
「え?」
一美が驚いたように賢を見た。
「じゃあ、みかどちゃんの為に?」
「……まあな」
「みかどちゃんが幽霊に襲われるから?」
「……うちは土御門神道つって、お祓いとか卜いとかが家業なんだ。俺も和泉も同じ家系で、霊能力を保持してる。俺は霊を祓う事が出来る。ずっとそういう修行をしてるからな。でも和泉は見鬼つって霊を視る事は出来るが自衛は出来ない。土御門の霊気は悪霊には狙われやすく、和泉みたいなのは格好の餌食になる。だから」
と言って賢は言葉を切った。
「守ってあげてるの?」
「……」
「ね、さっきの鳥みたいなのは?」
「あれは……式神つって俺の眷属っていうか、まあ、仲間だ」
「すごいね。土御門君の言うことをきくの?」
「そうだけど」
「へえ、格好いい」
「どうも……そういえば教室の前で待ってろって言ったのに、どうして和泉は捕まったんだ?」
「……私は待ってようって言ったのに、みかどちゃんがもう大丈夫だって言うから」
と一美が言い、賢はため息をついた。
「全く、こいつは少しも言うことをきかない」
と言った。
「土御門君ってみかどちゃんとつきあってるの?」
「つ……きあってるとかじゃない。親戚だから仕方ない」
「ふうん、そうなんだ。じゃ、望みあるかな?」
「え?」
と賢が一美の方を向いたところで、「う……」と声がして、和泉が動いた。
目を開くと、真上に賢の顔とその横に一美がいた。
「賢ちゃん……あたし……」
そろりそろりと身体を起こす。
「どうなったの?」
「階段の奴も給水塔の奴もまとめて散らした」
「本当? よかった。賢ちゃん、ありがとう」
「おう」
和泉が起き上がって、賢も一美も立ち上がった。
そこへ、
「あれ、土御門君両手に花じゃん」
と声がした。
屋上の入り口から神田とさやかが並んで入ってきた。
後から何人かがまとめて入ってきて、バケツの中をのぞき込んだりしている。
「なんだかんだ言ってさ、教室へしけこんだ奴らとか、途中でばっくれたのとかいて真面目に上まで来たのこれで終わりかも」
と神田が言った。
「え、そうなの、じゃあ、参加しなくてもよかったんじゃない」
霊に襲われたあたしだけ損じゃん、と和泉が唇を尖らせた。
「でも、私はいい事あったわ」
と一美が言った。
「え、何があったの?」
和泉が一美を見た。
「内緒」
と、少しばかり挑戦的な目で和泉を見返した。