賢、和泉 十六歳 青春悪霊退治①
「おい、北の校舎の三階の階段と屋上の給水塔の側には行くな」
と賢に言われて、和泉はうなずいた。
「うん、何かあるの?」
「絶対に行くな。お前なら百パーセント憑かれる」
「まじで? 北の校舎って三年生の教室でしょ? いつかはそっちへ行かなきゃならないじゃん」
「それまでに離れないようなら、何とかする」
「分かった」
「お前、携帯買ってもらったんだろ?」
そう言って賢は紙片を取り出して、和泉に渡した。
「いちいちこの教室まで言いにくるの面倒だ。俺の携帯にアドレス送っとけ」
「うん。分かった」
渡された紙片を広げると、賢の携帯番号とメールアドレスが書かれていた。
賢と和泉、二人とも無事に北高へ入学後、さわやかな五月である。
「今の一組の土御門君よね? 知り合いなの?」
と言われて、和泉は顔を上げた。クラスメイトの中司さやかが側に立っていた。
「え、うん、親戚で幼なじみだから」
「そうか、そう言えば名字が同じね。いいなぁ」
とさやかが言った。
さやかは綿菓子のような女の子だった。
ふわふわして、甘そう、それが第一印象だった。
ふわっとした巻き毛に小さい顔、ピンク色の頬にてかてかした唇。
つまり、彼女のどこをとっても可愛いのだ。
「何がいいの?」
「だって、理系クラスでトップの成績なんて格好いいじゃない。入試の時だって一番だったみたいだし。あたし、頭がいい人が好きなの」
「へえ」
和泉はさやかをまじまじと見た。
「賢ちゃ……土御門君を格好いいなんていう人、初めて見た」
「男は成績よ? この先、どこの大学へ行くか、どこへ就職するか、それが問題じゃない」
「そんなもん?」
「土御門さんは違うの? あたし、将来は絶対働きたくないんだ。だから優雅に専業主婦させてくれる人じゃないと無理なの。それなりな企業に勤めて、それなりな収入がないと」
「へえ、すごい明確なポリシーなのね」
「そうよ! だから今から成績いい人チェックするんだぁ。ね、土御門君てどんな人? 家は? 長男?」
「ちょ、長男だけど」
「長男かぁ、出来たら次男がいいんだけどなぁ。嫁姑問題って嫌じゃない? 結婚しても絶対に別居だし」
「そ、そうなの? 土御門君のお母さん、優しいわよ」
「嫁になったら別よ」
「そうかなぁ。でも、どうだろ、土御門君は跡継ぎだから、別居は無理なんじゃない?」
「跡継ぎって? 会社でも経営してるの?」
「会社っていうか、まあ、企業かな。本家の跡取りだから、お嫁さんも厳しい基準で……」
「本家? 何それ、何か凄いお金持ちっぽくない?」
「まあ、お金持ちかな」
「別荘とかあるの?」
「う、うん。いつも運転手つきの車だし」
「素敵~~、ねえ、紹介して!」
「え? 長男だけどいいの?」
「いい!」
「紹介って言っても……」
「あ、待って、やっぱりいい、自分で何とかする!」
「へ」
さやかはそう言ってあっという間にどこかへ走り去ってしまった。
和泉はそれを見送りながら、首をかしげた。
二、三日して、賢からメールが来た。
『家まで来い』
『Re:やっほ~(*^_^*) 本文 家までっていつ? 今日? 賢ちゃん、塾じゃなかった? そういえば、昨日、スーパーで陸君に会ったら、犬の餌買ってたけど、まだ犬を拾ってきたの? もう何匹飼ってるの? 金魚とかも飼ってなかった? 陸君、動物好きよね~で、いつ行こうか?(*^_^*)』と返信する。
やはり和泉も年頃の女の子であるので、それなりに絵文字を駆使して返信はする。
しかもやたらに長いのは、携帯を手に入れたばかりで高校でまだメールをする友人がいないのだが、メールをするというのが嬉しくてついつい書いてしまう。
最近の主流はラインらしいが、それにはまだ着手していない。
『いつでもいい』
「何よ、この素っ気ない返事」
ぶーっと口を尖らせて、今度は『了解』とだけ返信した。
「こんにちは~~」
玄関で声をかけると、珍しく賢が出てきた。そしていきなり、
「おい、俺のメールのアドレスを他の人間に教えるな!」
と怒り出した。
「え? 教えてないけど」
「お前にしか教えてないのに、お前のクラスの女からがんがんメールがくるのはどういうわけだ」
「え~~誰?」
「中司とかいう女だ」
「え、中司さんが? あたしの携帯を見たのかしら?」
「個人情報を盗まれてんじゃねえよ。間抜けめ」
「え~~で、何て言ってきてるの? そういえば彼女、頭がいい人が好きなんだって言ってた」
「お前はもう学校に携帯を持って行くな、いいな」
「え、そんなぁ」
「どうせロックもしてないんだろう?」
「う、うん」
「全く!」
「ごめん」
「というわけで、携帯は買い替えた。これが新しい番号だ。メールアドレスは後で送る」
と賢が手に持っていた携帯を操作すると、カバンの中の和泉の携帯が鳴った。
賢はワンコールで切ると、
「今度他人に個人情報を抜かれたら、お前とは縁を切る」
と強気でそう言った。
「え、ちょ、ごめん。縁切るとかごめん。許して……賢ちゃん!」
珍しく和泉がしゅんとして謝ったので、ふふんと賢が笑った。
「何だよ、そんなに俺と縁が切れたら困る……」
「北校舎のやつどうにかしてもらわないと、三年生になれないじゃん。それだけでも何とかしてよ~~」
「俺の価値はそれだけですか、そーですか」
と賢がつぶやいた。