賢、和泉 十五歳 青春悪霊退治 前編
「和泉」
と呼びかけられて、和泉は顔を上げた。
「賢ちゃ……土御門君、何?」
「ちょっと顔貸せ」
と言ってすたすたと廊下へ出て行く賢に和泉は渋々後を追った。
「何? 昼休み終わるわよ」
「お前、進路どうした?」
「進路? 北高か西高か悩んでる」
「北高にしとけ」
「え? そりゃ、行けたら行きたいけど、ちょっと無理っぽいんだけど。西高なら確実」
「ちょっと勉強すりゃ、いけるだろ」
「え~、そりゃ、賢ちゃんは超頭いいからいいけど~」
「勉強教えてやるから、北高にしとけ」
「え、本当? やった。でも、どうして賢ちゃんが北高を勧めるの?」
賢は少し間を置いてから、
「お前んちから西高に行く道筋にでかい廃屋がある。そこはやばい霊がたまってるから、毎日そこの前を通ると憑かれるかもしれない。特にお前は霊に憑かれやすいからな」
と言った。
「本当?」
「ああ。お前が憑かれると、どうせ俺に何とかしろって回ってくる。面倒くさい。お前の場合、金にもならない。ただ働きだ。勉強を教えるほうがまし」
「そんな言い方ないじゃん」
「本当の事だ。じゃあな、暇があったら、うちに来いよ。勉強見てやる」
と賢はそっけなく言ってから、背を向けた。
丁度、昼休みが終わりのチャイムが鳴った。
席に戻った和泉に前の席の吉田奈美が振り返って、
「あれ、三組の土御門君だよねぇ、どうしたのぉ? 告白でもされたのぉ?」
と言った。和泉は奈美を見た。中三にしては派手で色っぽい感じの女の子だった。
「私、おじいちゃんの方が外国人でぇ、だから色素薄いんでぇす」
と教師には申告するが、パーマをかけて染めているのは間違いない。
その色素の薄い髪の毛をかき上げながら、
「土御門って変わった名前だよねぇ」
と言った。
「土御門君は親戚で、幼なじみよ。告白とかあり得ないし」
と和泉が答えると、
「土御門君って、ちょっとオタクっぽいよね? 美少女フィギアとか集めてそう」
と言った。
それには和泉は首をかしげた。
「プラモはよく作ってるけど、フィギアは集めてないんじゃない。別にアニメとかも見ないし」
「土御門君の部屋に入った事あるのぉ?」
「あるよ。昔はよく一緒に遊んだもん。御曹司だからすごい広い一人部屋よ」
「へえ、そういえば古い家柄とかって聞いた事はあるかなぁ。お金持ちなの?」
「え? どっちかっていうとお金持ちなんじゃない? お手伝いさんが何人もいるし。土御門君のお母さんが、賢さんってさんづけで呼ぶような家だもん」
「へえ、本物じゃん。お金持ちなんだぁ」
和泉が笑ったところで教師が教室へ入って来たので、奈美は前を向いた。
和泉は数学の教科書を開いて、今日にでも賢の家へ行ってみよう、と思った。
「あら、いらっしゃい、和泉ちゃん」
土御門朝子、三十九歳、まだまだ美貌の御当主奥様。今日も優雅に夕食前のティータイム中である。リビングに通された和泉は朝子に、
「こんにちは、賢ちゃんに勉強を教えてもらいたいんですけど、いいですか?」
と言った。
「受験勉強? 三年生になったばかりなのに、熱心ね、和泉ちゃん。まあ、お座りなさいよ。沢さん、和泉ちゃんにもお茶を、それと、賢さんを呼んでちょうだい」
「はい」
和泉はちゃっかりソファに座って、出された紅茶を飲み始めた。ついでに出されたケーキも、もしゃもしゃと食べ始める。
「でも、賢ちゃんみたいに頭が良くないから、今からがんばらないと、駄目なんです。北高に行きたいんですけど、ぎりぎりで」
「あら、和泉ちゃんも北高なの。賢さんと一緒ね」
「賢ちゃんは余裕で合格だろうけど、私は自信ないんです。ランク下げて西高でもいいかなって、悩んでるんですー」
と和泉が言った所で賢が顔を出した。
「おい、茶を飲みに来たのか」
「あ、ううん、勉強を教えてもらおうと」
「寄り道しないで、さっさと来い」
「はーい、おばさま、ごちそうさまでした!」
和泉は立ち上がり、賢の後を追った。
「和泉ちゃんて、可愛いわね。賢さんのお嫁さんになってくれないかしら」
と朝子がつぶやいた。
賢の机に向かって、数学の参考書とノートを広げる。
「どこが分からないんだ」
「どこがって……」
「中三の勉強くらい、教科書を読めばだいたい分かるだろ?」
「え、そう?」
「はあっ」
と賢が大きなため息をついた。
「この問題やってみろ」
と賢が渡した参考書の問題を和泉四苦八苦しながら解いていると、
「和泉のクラスに吉田って女がいるだろう?」と賢が言った。
「吉田奈美?」
「ああ」
「いるけど? え? 何? 好みとか? 紹介しようか? ああいう色っぽい子が好みなの?」
「ち、違う! そうじゃなくて、あんまり近づかない方がいいぞ」
「どうして?」
「ちょっと可哀相な霊を連れてるからな。今はまだ吉田にすがりつくのに精一杯だけど、お前が見えると気がついたら、助けを求めにくるかもしれない」
「可哀相な霊って……もしかして……」
「まあ、想像通りだ」
「嘘、全然見えないけど」
「今は凄く非力な存在だからな。だけど、もしかしてもっと大きくなるかしれない」
「あ~見えたらどうしよう。今、吉田さん、あたしの前の席なの」
「和泉に悪さをする霊ではなさそうだけど、まあ、あんまり近づかない方がいい」
「分かった……ってでもな~~明日から見る目が~~~変わる~~中三よ? あたし達」
同い年の吉田奈美が中絶した水子を連れている、というのは和泉にはショックだった。
彼氏がいる子はいるし、そういう経験がある子はそれなりにいるかもしれないが、和泉にはまだ自分には関係ないと思っていたからだ。
「彼氏がいる子の方が少ないと思ってたけどなぁ。好きな男子の話では盛り上がるけどさ」
「お前、好きな男子がいるのか」
と賢が聞いたので、和泉は顔を上げて賢を見た。
「え……それは……まあ」
「風間はやめといた方がいいぞ」
と言った。
「え、どうして?」
風間信二は同じクラスの男子で、バスケ部キャプテン、成績も優秀、学年一のイケメンだ。しかも気さくで面白く、和泉は密かに格好いいなぁと思っていた。
「結構、恨まれてる」
「え、本当?」
「去年、問題になったバスケ部のいじめで転校した奴いるだろ?」
「うん」
「どうも立ち直れなかったようで、風間に憑いてる気配がする」
「え、じゃあ、死んだの?」
「いや、生きてる。けど、生きる気力をすべ風間への恨みに費やしてるようだな。生き霊ってやつだ。気配もかすかだから、もう長くないかもな」
「じゃあ、風間君がいじめしてたって事? あれ、問題になったいじめてた男の子も転校したじゃない」
「黒幕は風間だったって事だろ。外面がいいから、誰も疑わないけど」
「うわ、幻滅~~」
他の人間の言うことならば眉唾だが、霊的な関係については賢のいう事は全面的に信じられるので、和泉の恋心は急激に消えた。
「そういえば、賢ちゃん、好きな子いるの?」
「え……別に……」
と少しだけ言葉に詰まった賢が答えた。
「賢ちゃんって跡継ぎだもんね。つきあう女の子も厳しいチェックが入るのかな。次の御当主なんでしょ? 奥さんになる人、大変だねぇ」
少しばかり無神経な和泉はため息とともに再び参考書に取り組み始めた。
和泉がノートに問題を解いていくのをのぞき込むと、つんとシャンプーの匂いが賢の鼻をくすぐった。
「うん? 賢ちゃん、どうして固まってるの?」
顔を上げた和泉が賢の頬をシャーペンでつんつんとつついた。
「べ、別に」
と言った賢の顔は真っ赤だったが、ぷいっと横を向いた。
「変なの。賢ちゃんて、時々、顔が真っ赤になるよね」
と和泉が言って笑った。