Sweet Sick Honey
「なぁ、・・おれ、お前のこと愛してるかも」
そう言った後に、なんてベタで陳腐な台詞だったのだろうと、そう思って。
月を背負ったままのアイツの顔を、何の感慨も浮かないまま眺めていた。
Sweet Sick Honey
「だからさぁ――、おれのどこが悪かったのかってことなのよ」
「・・・」
今日はかなりのペースで飲んでいるらしい。
布団に入った直後、何度も何度もしつこくかけてきた阿呆は、俺が来たころにはすでに呂律すら危ない状態になっていた。
「・・酔っぱらい」
「よっぱらいですよー。あー、やってらんねーしぃ。りょーこちゃんにはふられるしー」
りょうこ。良子。涼子。亮子。何通りか感じを思い浮かべてみるが、そう言って思い出すのは、残念ながらない。
どこかで聞いた気がするが、ありふれた名前だから本人を知っているかすら、正直危うい。
そんな俺に気づいたのだろう。
すわった眼で俺をにらみつけた後、俺らのゼミにいるよ、と。そうぼやいた。
「初耳。あー、・・まぁわかんないけど、そいつと付き合ってたわけね」
「期間にして約2しゅーかん」
「あっそ」
二週間。そんな長い期間、付き合っててわからなかった。
それが俺の心の中をざわめかすには十分だったけど、それを出すのは癪なのであくまで平然として、言葉を返す。
それに気付かなかったのは、こいつのせいでもある。
「いつもとっかえひっかえ女がいるから気付かなかった」
「もてるからぁー」
そう、ケラケラと愉快そうに笑う酔っぱらい。
片桐は人づきあいがうまい。底抜けに明るい性格と人懐っこさらか、人が周りに集まってくる。
まぁ、それが災いとして仲の良いお友達で終わるというのは因果というか哀れというか。
どれが、りょうこなのかなんてわからない。そんな事を気にしていたら、俺は多分、だめな人間になっている。
ざわり、ざわり。心が揺れる。片桐の言葉が刃となって、時折、酷く痛みを覚える。
その行動が、その言葉が、彼に別の感情を抱かせる。
だから、できるだけ見ないようにした。負の感情に蓋をして、ゆっくりと吐き出す。
「なぁ」
それでいて、なぜ、こいつは俺にそんな話をするのだろう。
「ん?」
グラスを口から離して、視線だけをこちらに向ける。
「・・・お前さ、わかってんだよな」
「・・・あぁ」
そうして、アイツは人の悪い笑みを浮かべた。
悪戯と呼ぶには少々可愛げがなさすぎるような気もするが、何か面白い事を思いついたとき、――そう、面白いものを見つけた時も、彼は必ずこんな顔をしている。
眼鏡の奥で、獲物を逃がさないと狙うかのように、細まる瞳。
楽しげに吊り上げる口元。かすかに上がる眉毛。
時々、冷汗が流れるその笑みが、今日は何故だか妙な色気を感じた。
「みっちゃんはー、何がしたいの?」
そう、笑う。
その笑い方は、あの夜を。あの、月夜を嫌にでも思い出させた。
「実らないなら、力づくでも。
他のやつのとこ行くならぁ、殴ってでも止めたいし、くさりで縛りつけちゃってかんきんしたいしぃー。
倫理なんてしらねぇ、物事のぜんあくなんてかんけいねぇー」
そう、物騒なことをまるで当たり前のように軽く、所々呂律の回っていない口でそう言った後、ゆっくりと俺を見て、
「・・そんなのがさぁ・・愛ってもんじゃねえの?」
そう、訪ねた。
呂律は回っていないし、顔は真っ赤。吐き出される息は、正直酒臭い。
俺がここに来る前に、こいつはどれぐらいの量を飲んだのだろう、と呆れるしかない。
――そう、こいつは酔っぱらい。
だから、これも唯のこいつの戯言にすぎない。聞くのもくだらない、酔っ払いの戯言。
だけど、酒で熱に浮かされたはずの、俺を映す瞳。
その奥は、それと対照的に妙に冷えて、――まるで氷のようだと思った。
その瞳で見つめられると、喉が妙に乾いた。ざわりと、何かがざわいだ。
片桐は俺の言葉を待つかのように、じっと、何も言わずに俺を見つめてくる。
悪だくみをする時と同じ、獲物を逃さない、・・・あの獣の目だ。
どくり、どくり。いつもよりも早い心臓の音が、まるで何かの警報のように頭の中で聞こえた。
・・・結局、何も答えられないまま、俺は逃げるように視線をそらすしか方法などなかった。
少しの間続いたそんな気まずい沈黙を、破ったのは、カラカラという音。
「ま、そんな事みっちゃんにはできないだろうけどね」
残り少ない酒を惜しむかのようにゆっくりとグラスを回し、その度に、先ほどの氷の音がなった。
その言葉は、侮蔑の響きはなかった。ただ真実だけを言うかのように、そして、どこかつまらなそうに。
それが、妙に癪に障った。
「あぁ・・・、俺は俺なりにお前のこと愛すし」
「・・・気障だねぇ〜・・・。あー、俺もそーいうキャラのほうがもてんのかなぁー」
あー、納得がいかないと、片桐はそう叫んで。残った酒を、ぐいっと飲み干した。
「なぁ、・・おれ、お前のこと愛してるかも」
半年前の月の綺麗な夜。俺は、そんな陳腐な台詞を、片桐恭介に言った。
今となっては、なぜあんな台詞を言ったのかわからない。月を背負った彼の姿に、不意にこぼれた言葉。
そんな言葉に、片桐は。不快感を表した罵倒で返すのではなく、ふぅん、と、一言つまらなそうに答えた。
そうして、何がしたいのだと訪ねてきた。
正直、何も思いつかなかった。何故言ったのかもわからないのだ、そんなもの答えられるはずもない。
ただ、一つだけ、なぜ言ったのかの理由に当てはまるとしたら。
「・・・お前が、俺を好きになればいいと思った」
そんな、またしても呆れるぐらい馬鹿げた事だった。
すると、アイツは笑った。そこで、初めて愉快そうに。
そうして、YESでもNOでもなく。
彼は、じゃあ、そうさせろよと、そう面白いものを見つけたかのように、どこか楽しそうに笑って、言った。
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