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湖面を揺れる月 06

「こんにちわ」


 歩いてこちらに近づいてきた相手に、紫はにっこりと笑ってみせた。








「お久しぶりですね。というより、こうしてきちんとお話しするのは初めてのような気もしますが」

「そやなぁ。俺は斎とおることのほうが多かったし、紫くんは日本にそんなにおらんかったからなぁ。顔だけは知っとったけど、こうしてじっくり話すのは初めてやな」


 やはり、というかなんというか、あにの親友である竜崎は紫の対応にも何食わぬ顔で返してくる。この人が斎だったら、また違った未来もあったのだろう。IFの話をしてもどうにもならないが。


「それで、なんでわざわざ僕を呼び出したんですか?」


 回りくどいのは好きではない。

 さっさと紫が切り出せば、竜崎はちょっと気まずげに笑った。


「ん?まぁいろいろと聞きたいこととかあってな。それに、おそらくやけど紫くんは誤解してるんやないかなぁと思って。あとは単純に気になることがあったんや。忙しいとこ来てくれてありがとう」


「まぁ回りくどくいったってしゃあないし、さっそくで悪いんやけど、柏木更紗に会って何話したん?」

「見てたんですか?」

「いややわぁ。見せたかったんやろ?でないとあんな不便なところにあるカフェなんて使わへんよ」

「でも雑誌に載ったことがあるくらいには有名なお店ですよ?」

「ああ、ケーキが美味しいんやってな。でもそんなん嘉納お抱えパティシエのほうがよっぽど美味しいもん作るんやないの?」


 やれやれ、と言わんばかりの表情で断定されてしまえば、それ以上、誤魔化すつもりもない。


「お察しの通りですよ」

「うん。で、何を話したん?いや、話の内容はどうでもええわ。予想つくし。それより何で会ったん?」

「義姉さんが会いたいと仰ったからですよ、もちろん」

「ほー。大企業の次期トップともあろう方がそんな簡単にねぇ」

「兄との入籍はすでに済ませていますから、身内ですよ。身内に会いたい、と言われたら会うでしょう?」

「身内ねぇ」


 竜崎はしばし考えるようにコーヒーを一口飲んだ。


「俺はね、正直言えば斎には彩月さんを選んでほしかったよ」


 どこの方言かわからない口調で話していた竜崎がいきなり標準語になったことに紫は気づき、彼をまじまじと見つめた。


「高校のとき、斎が柏木を選んだのは単なる暇つぶしみたいなものだった。あとはリハビリかな。学生の間は許されるかもしれないけれど、大人になって嘉納という看板を背負うのはおそらく無理だろうと思った。最初はよくてもいつか破綻する。そういう弱さがあいつにはあるから」


 それにな、俺はどうしても柏木更紗を好きになれなかったんだよ、と竜崎は苦い顔で笑った。


「彩月さんと会ったとき、きっと斎は彼女に反発するやろうと思った。だけど、きっと斎が礼儀を彼女に尽くしておけば彼女はそれとなく斎の嫌がらない範囲で斎を変えようとしてくれたんじゃないかな。今となってはわからんが。でも斎は自分の弱さに負けて礼儀すら彼女に尽くさなかった。その結果がいきなり浮気相手と同席での会食だよ」


 くくくっ、と竜崎は低くわらった。


「で、や。俺の後悔とかもあるんだけど、そんなことはどうでもいいんだ。嘉納は柏木更紗を嘉納の嫁として認めるんか?」


 真剣な眼差しが紫を射抜く。同級生だったら紫とも仲良くなれたかもしれない。


「いや、認めない」

「斎はどうなる?」

「そのうち、廃嫡手続に入ります」

「そか。柏木と別れさせても、か?」

「それは…」

「あの抜け殻みたいな斎と柏木を入籍させたんは、柏木に対する報復でもあったんやろうってことはわかっとる。だから離婚させんのは、っていうのもな。けどどっちにしろ、結婚させたままでも離婚させても柏木に対する報復にはなるで」

「一人で生活はできないからですか?」

「それもあるけどなぁ、あいついろいろ学生時代からやっとんねん。俺ら男やからわからんけど女のなかではまだ決着ついてない問題とかもあるらしいで。手を出したらいかんとこに出しとるからな。つーわけで、あの女はどっちにしろ、終いや」


 いやぁ、女ってやつはこわいわぁ、とわざとらしく竜崎が言う。


「お話はわかりました。で、竜崎さんの望みは?」

「嘉納のままで斎を居させてやってほしい。別に権力は残さんでええ。あいつがトップに立ったりしたら逆に社員の人に申し訳ないからな」

「廃嫡するな、と?」

「まぁそうなるかな。廃嫡されてしまえばあいつ、廃人まっしぐらや。さすがにそれは忍びないからなぁ」


 かといって、社長になれるほどの器もないんよ。やから権力は全部そぎ落としてもらってええ。




 竜崎の要望に紫はため息をついた。


「ご要望はわかりました。その件については検討しましょう。それより、なぜあなたはずっと兄のそばに?」


 言外に見捨てればよかったのに、と言ってやれば、俺は生まれつき苦労性やねんと笑われた。






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