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湖面に揺れる月 02

「姉さんならいないわよ」


 期待をこめてあけたドアの先にいたのは義妹いもうとだった。ああ、癒しが足りない。









「で、なんで君が当然のように我が家でくつろいでいるのかな?」


 彩月が選んだソファーの上にだらしなく座る美月いもうとに問いかけてみれば、姉さんに呼ばれたからに決まってるでしょ、と小ばかにした返事がきた。薄々気がついてはいたけれど、美月はシスコンだ。少なくとも、姉に近づく男はみんな地獄へ落ちろ、と本気の笑顔で言ってのける程度には。


「心配しなくても今日は実家に荷物取りに帰ってるだけだからもう少ししたら帰ってくるわー。あたしは姉さんに留守番を頼まれたからここにこうして座っているわけ。オッケイ?それよりさぁ」


 じろり、と大きな目がこちらを見る。


「なに、勝手に結婚式の予定とか立ててんの?姉さんはさぁ別に結婚相手が誰であっても興味ないみたいだからいいけど、あたしは嘉納を許したわけじゃないの。もちろん葉月おとうともよ。で、これを踏まえて言うことはなぁい?」


 紫はばれないように心の中で深いため息を吐いた。ようやく愛しいあの人を見つけて、兄から取り上げたというのに、ハッピーエンドにはまだ程遠いらしい。彩月いとしいひとの妹と弟はこれほどまでシスコンだったとは予想外だった。

 しかも、ふたりともどこかのぼんくらとは異なり、優秀すぎて引く手数多という強敵なのだ。



「気が急いたことは謝るよ、申し訳ない。だけど必ず彩月を幸せにするし、大事にする。だから許してくれないかな?」

「それを決めるのはあたしじゃなくて姉さんだけどね。ま、いいわ。言っとくけど、姉さんはきっとあんたのプロポーズに快くオッケイしてくれると思うわよ。だけど、そこに特別な想いは何一つ欠片としてすらないって覚えておいてね」


 またもや紫は心の中で深いため息を吐いた。

 わかっていたことではあったけれど、直視したくない現実をこんなにもはっきり言葉にされてしまうともう認めるしかないではないか。きっとこの美月いもうとはそれをわかっていてのこの言葉に違いなく、余計に心が削れる。切ない。




 そう、大事なのは彩月は決して紫のことを想ってはいないということだった。

 斎に対しどう思っていたのか、と聞いたことがあるが、「政略結婚でも礼儀は必要よね」というよくわからない答えが返ってきて困惑したものだ。どうやら、宮園と嘉納の縁談は宮園家当主が決定したもので別段それに不満もなかったから結婚したらしい。その相手が誰かというのは問題ではなかったとか。

 それを聞いて喜んだ反面、紫も彩月のなかでは斎と同列扱いであることを知って泣きたくなった。一応、仕事をする上での実務能力等についてまでは斎と同列扱いされていたわけではなく、そこには安心したのだけれど、男として特別視されていないことは明らかだったからだ。


 あちこちに根回しをして、斎から実権を奪い、兄夫婦を法的に離婚させた上で婚姻を申し込むとあっさりとそれは受け入れられた。ただし、男性とは異なり女性は再婚禁止期間なるものがあり、離婚したからといってすぐに結婚できるものではないから、婚姻の予約といったところだが。










 荷物を取りに戻っていた彩月が帰ってきてから夕食をともにし、食後のコーヒーまでたっぷり楽しんだ後まで美月は紫と彩月のマンションにとどまり続け、二人きりになれたのはもう夜分も遅くなってからだった。



「ところで、わざわざ実家に取りに戻った荷物は何だったんだい?」

「ああ、嘉納の業績とか仕事に使う書類関係よ。斎さんには秘密にしてたからマンションに置いておけなくて実家に戻ってやってたんだけど、あなたは気にしないし、わたしの役割も知ってるでしょ?いちいち実家に行くのも面倒だし持ってきたんだけど」


 駄目だったかしら?と聞かれて駄目だ、と答えられる男がいたならば見てみたい。


「そういえば、正式に兄さんとの離婚が成立して、兄さんは柏木さんと再婚したよ」

「そう。それは良かったのか悪かったのか微妙な話ね」

「それは彩月にとって?」

「まさか。わたしには関係のない話だもの。そうじゃなくてあの二人にとってよ」

「あの二人が望んだことだよ?」

「表向きはね」


 と、そこで彩月は苦笑いをもらした。


「自分でも性格悪いとわかっているけど、どっちみちあなたがしなかったらわたしがそうしてたわよ。あの条件を聞いてあの男が現状を理解すれば穏やかな結婚生活を送るつもりだったけれど、そうでなければ邪魔になるだけだし。わたしは嘉納に嫁いだけれど、斎という個人に嫁いだわけではないから」


 そうだね、と紫は返す。

 彼女の言うとおりだ。彼女は「嘉納斎」という一個人に嫁いだわけではない。「彼女」を「嘉納」が欲したために「嘉納斎」に嫁ぐ形になっただけのこと。

 だからこそ、彼女は「嘉納」のために行動する。嘉納の利にならないとすれば切り捨てる。その点において、「嘉納斎」は彼女の猶予という慈悲に気づかず、不利益とみなされた。そしてそれはあの愛人とて同じ。

 とはいえ、彼女は彼女自身が思っているほど非情ではない。だから「嘉納斎」と「柏木更紗」の結婚ですべて終わらせたつもりなのだろう。けれど、紫はそれだけで終わらせるつもりなどない。


 それを彼女が知る必要などない。

お待たせしました。そんでたぶん、本編にはあまり出てこない予定ですけど、美月ちゃんの弟が葉月くんです。こいつもシスコンに違いない!

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