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その二

 中央広場のど真中、だった。


「じょおぉぉぉぉぉおぉぉぉっだんじゃないわようっ!」


 現在まさに戦の最中ではあるのだが、人が集まり市がたつここは、それなりの賑わいをみせている。

 昼どきの糧を求める人でごったがえす雑踏の中、ひときわ高く響いたのは少女の鋭い叫び声なのであった。


「なんでそれっぽっちなのよう?! もっとよく見なさいよ、この腕輪! まじりっ気なしの純銀なのよ? 細工だって……!」

「そういわれても、こんなご時世だからねえ。飾り物なんざ大して売れないんだよ、お嬢ちゃん」


 握った腕輪を振り回さんばかりの剣幕で道端の露店の行商人と言い争っているのは、年の頃15か6のやせた少女だった。漆黒の髪と瞳、あさ黒い肌の色から、彼女が<風の民>――すなわち、歌や踊りを見世物に各地を放浪する、旅芸人の一座の娘であると知れる。


「くっ……っ、あんたの目ってば飾りもの? そんな役たたずの目なんてくり抜いて、替わりにビー玉でもいれておいたらどうよ?」

「なんと言われようと、安物は安物だ。そんなオモチャ、10セカンドがせいぜいだね」


 下卑た笑いで、行商人は少女をあしらった。


「宝石がついているわけでなし……ああ、そっちの楽器をつけるなら、ま、2スクードは出さないもないが」

「にっ、2スクードぉ? いちんちの食費にもなりゃしないじゃないの!」


 言い争いは続く。商人がぼったくっているのは明らかなのだが、相手が旅芸人、つまりよそ者だと判ると、通行人も見て見ぬふりを決めこんでしまう。少女に味方する者が現れないのだ。


「金がいるんだろ?」


 痛いところをつかれ、少女が口ごもる。その隙に、行商人の手が彼女の抱えた楽器にかかった。


「風の一族風情が、やけに立派なお宝を持っているじゃないか。どうせ盗品なんだろう。引き取ってやるだけありがたいと」

「いや、これは……やめてよっ!」


 少女は楽器を奪われまいとして身を縮め――。


「いいかげんにしないか!」


 突然、割って入った大音声に、不思議そうに顔をあげる。

 立っていたのは、大柄な兵士だった。

 身につけている簡素な武具は、傭兵に王室軍が無料で支給している簡素な武具と剣だものだ。そこまで見てとって、また少女が顔を伏せてしまったのは、自分たちがこういうとき、どんな扱いを受けるものだか(文字通り)身にしみてわかっていたからである。


「公共の場での争いは、禁じられているのは知っているな?」


 だが、どういうことだろう。傭兵の厳しい言葉も視線も、商人に向けられている。


「しかし、ダンナ……このあまっちょ、盗品を」

「俺はずっと見ていたぞ。弁解は無用だ。さあ、この子に腕輪の代金を、公正な値段で払ってやれ」

 と、言う男が屈強な肩をしていたからか、いかにも切れ味鋭げな、使い込まれた大剣に思わせぶりに手をかけていたからか……。とにかく商人は(不服そうな顔はしていたものの)少女にスクード金貨を数枚渡し、こそこそとその場を逃げ去った。

 少女の方は、それ見たことかと商人の背中に向かって舌を突き出し、そして、救い主には笑顔を向ける。


「ありがとう、兵隊さん」

「巡回中だったからな。次からは、相手を見て声をかけろ」


 儀礼的に男は返答したが、少女は尚も言葉を重ねた。


「ほんとに助かったのよ。このジタール、代々ウチに伝わってる品なの。とっても大事なものなんだ」

「……『じたーる』?」


 慣れない響きの言葉をおうむ返しに聞き返した男に、少女は花のような笑顔を浮かべ、後生大事に抱えていた、その異国の楽器を掲げてみせた。

 それは確かに、名器と呼ばれる楽器だったのだろう。楽器の知識のないその男さえ「美しい」と思ったのだから。

 よく磨かれ、はちみつのような輝きを秘めた胴の共鳴部の板。金銀の細かな象眼が施されたネック

 有り体に言ってしまうなら、行商人の言葉通り、風の民には過ぎた品だったのだ。

 ギターのような形をしているけれど、弦を弓で弾いて演奏するのだと少女は言った。


「見事なものだな。で、どんな音がするんだ?」

「……聞きたい?」


 少女はくすっと笑い声をたてると、その場にすとんと腰を降ろした。まろやかな膝をたて、腕に赤子を抱えるように、そおっと優しくジタールを抱く。心持ち、顎をひき。弓をさっと一振り、毛の流れを整えて――。

 

 ――さて、そうして奏で出された、不協和音の凄まじいことといったら!

 

 いや、不協和音だの、騒音と言うのさえ生ぬるい。節だらけのモミの生木を、目のつぶれたノコギリでひいているというか、屠殺しそこなったブタがあげる悲鳴と言うか、とにかく、一瞬にして広場から人の姿が消えうせたほどの、聞くに耐えない『雑音』だったのだ。


「やめんかああああっ!!!」

「あはははははは! やっぱりぃ? ごめんごめん!」


 あまりの事に男は叫び、少女は笑って笑って、とうとう後ろにひっくりかえってしまった。


「実はあたし、弾き方知らないんだー。だってほら、一座の男連中はみーんな戦にとられちゃったし、父ちゃんは流れ矢に当たっておっ死んじゃったし」

「お前、今度、俺達の隊に来い」と、真剣な顔で男は言う。「最前線で一曲かませば、無血で勝ちをあげられる」

「しっつれーだなーっ」


 むう、と彼女は頬をふくらませた。


「そりゃあ、今はへたっぴぃだけど、これからもずーっと下手だとは限んないじゃない? 『ナヴィガトーレ』ってあたしの名前は、伊達や酔狂でついているわけじゃないんだからねっ」

 

 風の女神の名を持つ少女と傭兵の、それが、最初の出会いであった。


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