真昼のシンデレラ
これは有名な「シンデレラ」とは違います。全く別物です。
昔のはなしです。
シンデレラは継母と義姉にいじめられていました。何故かという理由を述べときます。シンデレラは貴族の端くれです。母親が早くに亡くなり、父親が再婚しました。再婚相手がバツイチで娘が一人いました。この娘がシンデレラよりブサイクだったので継母が嫉妬したのです。だからシンデレラはいじめられていました。いじめは父親が亡くなってからさらにエスカレートしていきました。現代ならニュースで大騒ぎ物です。残念ながら、この時代にテレビがありません。非常に残念です。
毎日朝3時に起きて、朝食の支度をします。それから掃除、継母と姉を起こしてパジャマの洗濯。それが終わったら、今度は床拭き、畑仕事などなどたくさんの仕事が彼女を待ち構えています。汚れ役は常にシンデレラです。お手伝いさんなんかこの家にいません。全てシンデレラがやります。ある意味お金の節約ですが、人間的にどうでしょう?やはり警察か、ホットラインに通報すべきです。でも、誰が?そんなこんなで誰も彼女を救ってくれませんでした。
しかし、マジメな女の子にはいつか王子様が訪れるものです。多分。
来週、この国のでは舞踏会が行われる予定がありました。なんでも王子様の結婚相手を選ぶパーティーだとか。貴族の女性たちは自分が選ばれるようにドレスを新調したり、エステに行ったり、ダイエットしたり大変です。
もちろん、シンデレラの継母も姉も準備を進めていました。ちなみに王子様のプロフィールですが、イケメンの10歳です。10歳です。間違えるといけないので二回程言っておきます。
シンデレラはドレスを取りに店まで来ていました。継母と姉が数日前にオーダーしたドレスが出来上がったのでシンデレラに取りに行かせたのです。しかも、馬車代も出してくれないので徒歩です。店の人に出来上がりを見せてもらって、これでいいか写メで継母のケータイに送りました。この時代にケータイがあることに驚きです。ワンセグはついてませんよ。だってテレビの存在はないですから。
すぐに返信がありました。
『それでいいわ。さっさと帰ってこい。ドレスが待ちきれないから』
待ちきれないんだったら自分が行けばいい話です。普通は怒るところです。でも、シンデレラは大人でしたから
『分かりました』
と返しました。店員さんに馬車を呼ぼうかと言われましたが、シンデレラは丁重に断わりました。二人分のドレスを抱えて表に出ました。ヨタヨタしながら歩きます。無駄にフリルが付いたドレスは予想以上に重たいです。こんなに一生懸命ドレスを持ち帰っても「ありがとう」の一言も言われないでしょう。それでもシンデレラはちゃんと言われたことをこなします。偉い子です。
と、前方から男の人が走ってきます。しかも、慌てていて、ちゃんと前を見ていません。何やら大きなカバンを持っています。シンデレラはドレスで前が見えていませんでした。当然彼らは正面衝突してしまいました。
「いってー!!」
「いたたっ!」
尻もちをついた二人です。通行人がその様子を好奇の眼差しで見ていました。シンデレラはぶつかった相手に謝ろうとしたのですが、男の人に突然羽交い締めにされました。そして、首筋にナイフを当てられました。周囲がどよめきます。
「ひゃっ⁉」
「近寄るな!近寄ったらこの女を殺す!」
なんとシンデレラは一瞬のうちに人質になってしまいました。彼女はパニックを起こさずに落ち着いています。でも、正直怖いです。足が震え始めました。誰も助けようとしてくれません。ヤバイ!私、これからどうなるのかしら...そう思った時、
「彼女を離せ」
凛とした声が響きました。救世主の登場です。もっと早くきて欲しかったですね。
「誰だ?」
男の人はより一層シンデレラを締めます。そのせいで呼吸がしにくくなりました。
「うっ」
苦しそうに表情を歪めたシンデレラを見た救世主は名乗らずに剣を抜きました。
「近寄ったらこの女を殺すって言ってんだろ!!」
男の人は大分動揺しています。
「黙れ」
それが、男の人が聞いた最後の言葉です。次の瞬間、男の人は伸びていました。それとほぼ同時に空中に男の人が持っていたカバンが放り出されました。反射的にシンデレラはそれをキャッチしてしまいました。そしてその場にへたり込みました。救世主は男の人を縛り上げてから、シンデレラのところに来ました。しゃがんでシンデレラの顔を覗き込みます。シンデレラはここで初めて救世主の顔を見ました。整った顔立ち、焦げ茶色の髪。黒い瞳に吸い込まれそうです。惚けた顔で救世主を見ていると、彼がそっとシンデレラの頬に手で触れました。
「大丈夫か?怪我は?」
「...あなたのお名前は?」
疑問系で聞かれたら疑問系で返してはいけません。鉄則です。しかし、シンデレラにそんなことを考える余裕はありませんでした。
「俺はラニストファー=レトリックス。で、お前は大丈夫なのか?」
シンデレラは頷きました。
「はい。大丈夫です...」
答えを聞いてラニストファーは立ち上がりました。そして、シンデレラに手を差し出しました。
「さっきのはひったくり犯だ。老人のカバンをひったくって逃走中のところを俺が追ってたんだ」
そう言った後、ラニストファーはシンデレラの持っているカバンに視線を向けました。
「カバン、ナイスキャッチ。被害者もカバンが無事できっと喜ぶよ」
ニッコリと微笑むラニストファーです。シンデレラは胸の奥がきゅゅうんと鳴りました。
こんな感情初めてです。
「私は何もやってませんから」
シンデレラは言いながら顔を真っ赤にして、彼の手を取り、立ち上がりました。
「そんなことないさ。一応、お前の名も聞いておこうか」
ラニストファーは真っ直ぐシンデレラを見つめました。繋いだ手はまだ離されていません。
「わ、私はシンデレラと申します!」
人質になった時より緊張しました。声が上ずっています。ラニストファーは苦笑いしながら手を離しました。
「シンデレラだね。おぼえておくよ」
ラニストファーは男の人を肩にひょいと担ぎ、立ち去っていきました。
再びドレスを抱えるシンデレラです。
コロン
何か道路に落ちました。見てみると、イヤリングでした。黒くて小さなイヤリングです。しかも見憶えがあります。というよりさっき見ました。ラニストファーが付けていたやつです。間近で見たのでよく憶えています。辺りを見渡しましたが、すでにラニストファーの姿はありませんでした。
「これを持っていたらまた会えるかしら?」
淡い期待がシンデレラの心を満たしていきました。ーーー時刻は正午数分前でした。
2日程経ちました。
シンデレラは王宮の中庭にいました。中庭にはダンスの練習する貴族の女性たちでいっぱいです。今日は、舞踏会のための練習会でした。これに出席すれば王子様に顔を覚えてもらえる可能性が十分にあるので大抵の女性は参加していました。
シンデレラは継母たちの付き添いとして来ていました。タオルを差し出したり、水分を運んだり、まあ、つまり雑用係です。
「シンデレラ!ノドが渇いたわ」
パートナーと1曲踊り終えた継母が叫びます。シンデレラはジャグからお茶を出そうとしたのですが、一滴も出てきません。仕方ないので、
「少々お待ちください。王宮のキッチンから少しお茶をもらってきます」
と言って、小走りで王宮の中に入っていきました。静かな廊下を走るワケにはいかないので、早歩きで進みます。遠くから楽しげな音楽が聞こえてきました。
「いいなあ...私も踊りたい...」
つぶやいて、シンデレラは立ち止まりました。そして、音楽に合わせて軽やかなステップを踏みます。姉のダンスの比ではありません。とても上手です。舞踏会に参加する男子は全員シンデレラに夢中になるレベルです。気持ち良く踊っていると、ふいに声をかけられました。
「なかなか上手いな」
振り返ると、壁に寄りかかっているラニストファーと目が合いました。
「ラニストファー様どうしてここに?」
また、会えた。幸せを噛みしめるシンデレラです。ラニストファーはフッと笑いました。
「ラニとかラニスでいい。俺はここの騎士団に所属してんだ。お前は今日の練習会に参加してんのか?」
「い、いいえ」
シンデレラは素直に答えます。なんとなく気まずいので顔を伏せました。ラニストファーは不思議そうな顔をします。
「この前、ドレスを買ってなかったか?」
「あれはお母様とお姉様のものなんです」
「じゃあ、お前は?」
「私はただの付き添いで」
「ふーん...」
ラニストファーは何か考えるように顎に手を置きました。遠くからまた、音楽が聞こえてきました。それを聞いたラニストファーはツカツカとシンデレラに近寄って優雅にお辞儀しました。
「お嬢さん、1曲お相手を」
差し出された手に目を丸くするシンデレラです。
「わ、私...」
用事があるので、と言う前にラニストファーに強く手を引かれました。そのまま強引に腰を引かれてダンスを始めます。
「ラニストファー様⁉」
ラニストファーはシンデレラの耳に唇を寄せてそっと囁きました。
「せっかく踊れるんだから。もったいないだろ?誰も見てないから大丈夫さ」
シンデレラはなんだかこれでいいか、という気分になってきました。身をラニストファーに任せます。しばらくダンスをした後、二人は体を離しました。あの日のように見つめ合います。
「お相手、ありがとう」
「こちらこそありがとうございました」
早くお茶を持っていかないと大変マズイことになりそうですが、シンデレラはそんなこと頭の中にはありませんでした。ただ、ラニストファーとこうしていたいなんて思っていました。
リーンゴーン...
正午を告げる鐘が鳴りました。ラニストファーはハッとして
「これで失礼」
踵を返しました。去ってゆくラニストファーの背中を見ながらシンデレラはため息をもらしました。
「...ここに来ればラニストファー様に会える。あっ!イヤリング返すの忘れてた!」
気がつくのが遅かったのでまたもや返しそびれました。しかし、このイヤリングがあるからこそラニストファーに会える気がしてなりません。
「まだ、もう少しこのままでいいよね...」
「次!ラニストファー=レトリックス!」
剣を練習するための道場に騎士団長の叫び声が響きます。名前を呼ばれたラニストファーは
「は、はい」
と言って立ち上がりました。
「かかってこい!」
団長は剣を構えました。ラニストファーも構えます。そして、
「やぁっ!」
情けない掛け声を上げて団長に剣を振り下ろしました。団長は素早く避けてラニストファーの足を引っ掛け、派手にこけさせました。ラニストファーの首筋に剣先を向けてため息をつきます。
「相変わらず弱いな、お前」
ラニストファーはただ唇を噛みしめていました。言っておきますが、このラニストファーは今日のお昼にシンデレラと踊った人と同一人物です。あの不敵さは今はまるでありません。弱々しいです。実際、弱いです。シンデレラの前だけで変貌するワケではないので安心して下さい。
「もっと鍛えておけ」
剣をしまい、団長はラニストファーから離れました。
「はい...」
練習が終わった後、ラニストファーは道場で自主練します。こんなに練習して弱いなんて不思議です。と、
「どんだけ練習したってムダよ」
頭上から声がしました。ラニストファーはその正体が分かっているので驚きません。
「また来たのか」
ラニストファーの頭上には羽の生えた小さな生物が飛んでいました。パッと見は幼い女の子です。俗に言う“妖精”です。この妖精はラニストファーにAM11時50分〜12時まで不敵なイケメンになるよう魔法をかけた張本人なのです。魔法の副作用でその10分以外はとても弱い草食系男子になるのです。
「いつどこであたしが現れようが勝手でしょ?」
そうかな?思いましたが言いません。
「僕の魔法を早く解いてよ」
ラニストファーの言葉に妖精は意地悪く笑いました。
「あたしは魔法をかけることしかできないの。解くにはどうすればいいのかしらねぇ」
無責任な!またもや思いますが言いません。
「用がないなら帰ってよ」
素振りをしながらラニストファーは言いました。妖精は動こうとしません。
「最近、ある女の子に会ってるそうね」
独り言のようにポツリと妖精がもらしました。一瞬、動揺したラニストファーは心を落ち着けてから静かに言いました。
「まだ2回しか会ってないし、名前以外は何も知らない」
妖精はつまらなさそうにふーん、と言いました。
「彼女は10分間のあなたしか知らないのよね。今のあなたの姿を見たら嫌いになるかもね」
かなりズバッと言います。しかも何だかシンデレラとの事に詳しいです。ラニストファーは黙り込んでしまいました。言い返すことができません。素振りする手も止まっています。
「...この姿で会っても恥ずかしくないようにするさ」
しばらくして、決意が滲んだ声でラニストファーは言いました。妖精は少しだけ眉を寄せました。
シンデレラですが、彼女は継母と姉に前よりひどくいじめられていました。原因は頼まれたお茶を持ってくるのが遅れたからです。分かってはいたのですが、予想以上でした。暴力をふるわれ、外出も許されなくなり、仕事量も増やされました。
舞踏会当日。頬を腫らしたシンデレラは床掃除をしていました。泣きたくなる気持ちを抑えてチリ一つなくなるまで掃き続けます。継母と姉はシンデレラが一生懸命持ち帰ったドレスに袖を通していました。後ろのファスナーが閉まらなくなれ、と呪いをかけたくなりますね。そんな皆さんの思いとは裏腹に継母たちはドレスを着ました。
「王子様の目は私に釘付けね」
ミニスカ風のドレスを着た姉が鏡に自分を映して言いました。もっとよく鏡を見た方がいいと思います。
「可愛いわよー❤王子様、鼻血出すんじゃないかしら?」
反吐が出ると思いますが。幸せそうな継母たちを横目に見ながらシンデレラは小さく気がつかれないようにため息をつきました。
(私も行きたい)
頭に浮かぶのはあの方です。ダンスしてからますます意識してしまっていました。これが恋だということにシンデレラは気がついていません。分からないけど無性にラニストファーに会いたいのです。自分の気持ちを抑えてシンデレラは掃除を続けました。
舞踏会に行く時間になりました。外は残念ながら雨が降っています。しかし、舞踏会は王宮の大広間で行われるので雨天決行です。継母たちはシンデレラが呼んだ馬車に乗り込みました。
「私たちが帰って来るまでにここに書いてあるものを全部買ってきておいて」
継母は馬車の窓から巻き物のような紙をシンデレラに渡しました。シンデレラは渋々それを受け取ります。
「私たちが帰って来るまでにあなたが帰ってなかったらどうなるかわかるでしょうね?」
意味あり気に微笑む継母です。シンデレラは頷きました。
「はい」
満足顏とドヤ顔のまじった変な表情で継母は馬車のカーテンを閉めました。姉の声が聞こえます。
「あの子、買い物するっていいながら舞踏会にくるんじゃないかしら?」
「大丈夫よ。絶対一人じゃ持ちきれない量だし、あんな格好と顏じゃ無理よ」
高らかに笑い合う継母と姉です。馬車が去った後、シンデレラは涙をこらえて出掛ける支度を始めました。なんとなく片耳にラニストファーのイヤリングをつけました。このイヤリングだけが今の彼女の支えです。
舞踏会が始まりました。
貴族の女性たちはバッファローの大移動の時のごとくすごい勢いで王子様を囲みます。10歳の王子様はすぐに埋れて大変なことになっていました。ラニストファーは後方でその様子をうかがっていました。もしかしたらシンデレラがいるかもしれないと思ったからです。しかし、彼女の姿は見当たりません。意識していないのにため息が漏れます。
「なんだ?ため息なんかついて」
隣にいた同僚がラニストファーの方を見て首を傾げました。ラニストファーは手を振って誤魔化します。
「な、何にもないよ」
「そうか?最近、お前元気ないからな。悩みがあるなら言えよ」
優しい同僚の言葉にラニストファーは曖昧に笑いました。
「ちょっと、そこのどっちか買い出しに行ってくれないか?」
慌てた感じで王宮のコックがやって来ました。
「予想していたよりも料理が減るのが早くてね。このメモに書いてあるのを買ってきてほしいんだ」
差し出されたメモをラニストファーは受け取りました。
「じゃあ、僕が行ってくるよ」
「頼んだよ」
コックはそう言ってまた厨房に戻って行きました。
「外は土砂降りらしいぜ。気をつけろよ」
「分かった。ありがとう」
同僚の気遣いに礼を言ってラニストファーは大広間の外に出ました。
シンデレラは傘をさしながら買い物をしていました。雨足が強くなってきたので道には人がまばらにいるだけです。お店も閉めているところが多くなってきました。両手に荷物をぶら下げ、リストを見ながら歩きます。と、道路の端っこに段ボールの箱がおいてありました。普通なら素通りするところですが、箱からニャーと、鳴き声が聞こえてきたのでシンデレラは立ち止まりました。段ボールには白色の子猫がずぶ濡れで入っていました。
「捨てられたの?」
しゃがんで猫の頭を撫でながらシンデレラはいいました。猫はただ、ニャーと、鳴くだけです。
「今日は舞踏会だっていうのに、何だかとっても惨めな気分なの」
辺りに誰もいないのでシンデレラは一人、つぶやきました。猫はシンデレラの言葉を聞いているのか、可愛い目で見上げています。
「汚い服を着て、頬を腫らして、荷物いっぱいぶらさげて...辛い...」
気がついたらシンデレラは両目に涙を溜めていました。猫は依然としてシンデレラを見ているだけです。
「君に言っても仕方ないね。この傘あげる。話聞いてくれたお礼」
シンデレラは自分の傘を猫にさしてあげました。そして、立ち上がり再び歩き出します。
ラニストファーは買い出しを終えて道を歩いていました。前方に人がしゃがんでいるのが見えます。最初は怪我した人かと思ったのですが、どうやら違うようです。段ボール箱に向ってその人は話かけていました。少し離れた場所から見ていたので声は途切れ途切れにしか聞こえません。ちゃんと聞き取れたのが「辛い」でした。最後にその人は傘を段ボール箱にさしました。あっという間にその人はびしょ濡れになります。ラニストファーは声をかけようとしたのですが、できませんでした。その人がシンデレラだと気がついたからです。妖精の言葉が脳裏を過ぎります。
「今のあなたの姿を見たら嫌いになるかもね」
今は不敵でイケメンな自分ではありません。ラニストファーはマフラーを顏の半分まで上げました。言い忘れてましたが、今は冬です。雪じゃなくて雨なのは物語的にです。やっぱり濡れた方が雰囲気ありますよ。そんなことはどうでもいいですね。ラニストファーはシンデレラの背後に寄って無言で傘を差し出しました。
不意に雨が止んだのかと思ったシンデレラは空を見上げて驚きました。傘の骨が見えます。慌てて振り返ると見知らぬ少年が傘をさしてくれていました。マフラーを顏半分まであげているので誰だか分かりません。
「あの?」
謎の人物は無言でグッと傘をシンデレラの方に押しやりました。それで彼が傘を貸してくれようとしているんだと気がつきました。
「お気持ちはうれしいんですが、知らない人に傘は借りれません」
丁寧に断わったつもりなのですが、彼は引こうとしませんでした。
「大人しく借りとけ」
マフラーでくぐもっていますが、聞いたことのある声です。
「ら、ラニストファー様ですか⁈」
シンデレラは咄嗟に俯きました。自分の頬が腫れているからです。こんな姿をラニストファーに見せるわけにはいきません。俯いたシンデレラを見たラニストファーはなんで彼女がそうしたのか気がつきました。シンデレラの両頬が腫れています。手袋をとって、シンデレラの頬に触れました。シンデレラは小さく悲鳴をあげます。
「あのっ!」
「こんなに腫れて...誰にやられたの?」
シンデレラの抵抗を無視してラニストファーが問いました。シンデレラは答えません。ラニストファーはそっと彼女の顔を上げさせました。
「っ!」
シンデレラは半分涙目でラニストファーを見上げます。
(こんな顔でラニストファー様に見られるなんて...)
「そのイヤリング...」
ラニストファーがポツリと言ってシンデレラはハッとしました。
「すいません!勝手につけて!この前、ラニストファー様が落としていかれて、後で渡そうと思っていたんです!」
急いでイヤリングを外そうとしたシンデレラをラニストファーは制しました。
「また今度でいいよ。ところで君はケータイ持ってる?」
「は、はい、持ってますけど...?」
「じゃあ、アドレス教えて」
シンデレラから顔を離してラニストファーはケータイを取り出しました。
「だ、だ、大丈夫‼ば、バレてない!」
シンデレラと別れた後、王宮に戻ったラニストファーは人気のない廊下で一人興奮気味でした。全身ビショビショですが、気にしません。傘をちゃんとシンデレラに貸したから濡れているのです。
「め、め、メアド交換した‼夢じゃないよね?」
沢山の荷物を持ち帰ったシンデレラは家で一人興奮気味でした。ラニストファーに借りた傘を抱きしめ幸せを噛みしめます。その日の夜は眠れそうにありませんでした。
段ボール箱に入っていた猫は盛大にため息をつきました。
「目の前でイチャつくなってんの」
光が猫を包みました。光が消えた後、そこに猫はいませんでした。あの妖精が、かわりにいました。シンデレラがくれた傘に目を落とします。
「ふん」
妖精は鼻を鳴らしました。
数日経ったある日のことです。王宮から使者がシンデレラの家にやって来ました。王子様に姉が見初められたのではありません。別の件です。
「この前行われた舞踏会でこんな落とし物があったんです」
使者は麻の袋からハイヒールを片方出しました。ハイヒールは透明でガラスで出来ているようでした。
「王子様がこの靴が入る方と結婚するとおしゃっているんです。あ、ちなみにこれはレプリカです。本物の公開が明後日の朝11時に中庭であるのでご参加をお願いしに参ったのです」
「この靴、何センチなの?」
継母がレプリカを手にとって聞きました。
「我々が測ったところ、24.5センチでした」
使者の答えに継母と姉はニヤリと笑いました。隣で聞いていたシンデレラは手を挙げて質問します。
「24.5センチの方なら誰でも入るんじゃないですか?」
使者はにこりと微笑みました。
「靴はガラス製なのでその人にしか合わない型なんです。レプリカは見本で作っただけなので実際の靴を履いていただく必要があるんです」
シンデレラも一応、このハイヒールと同じ足のサイズです。しかし、ガラスの靴なんてもっていないので関係ないと判断しました。
「では、これで」
従者はお辞儀をして去っていきました。姉は勝ち誇ったように言います。
「王子様のハートは私がいただくわ!」
彼女もまた、足のサイズがあのハイヒールと同じでした。可能性があるわけです。くそぅ!と、悪態をつきたくなります。
運命のガラスの靴の公開日になりました。外は雪が積もっていて今もハラハラと降っています。
ガラスの靴の公開に継母と姉についてシンデレラも参加していました。
「私の勝利をその目におさめなさい!」
と姉に言われたので一緒に来たのです。シンデレラは姉の勝利とかどうでもいいと思っていました。ラニストファーに会いたいです。一応来る前にメールを入れましたが、返信はありませんでした。
ガラスの靴が公開されました。太陽の光を反射してキラキラと輝いています。本物はやっぱり違います。あちこちで歓声が上がりました。足が24.5センチの女性たちが一列に並びます。一人ずつ靴に足を入れてピッタリ合う人が勝者です。もれなく莫大な財産と権力とおまけの王子様がついてきます。姉が列に加わったのを見届けてからシンデレラはその場からバレないように立ち去りました。王宮の中に入ります。
「ちょっとそこのあなた!」
声をかけられシンデレラは振り返りましたが、誰もいません。
「どこ見てんの。ここよ」
見上げると例の妖精が腰に手を当てて浮かんでいました。シンデレラは妖精のことを知らないので驚きます。
「あ、あなたは⁉」
「私はラニストファーの妖精」
“ラニストファー”をひどく強調して妖精が言いました。
「ラニストファー様の妖精?」
ワケが分からないシンデレラです。妖精は超上から目線でシンデレラに言い放ちました。
「あなたってはっきり言って邪魔。消えなさい!」
妖精はシンデレラに魔法をかけました。
咄嗟に目をつぶったシンデレラは恐る恐るあけました。そこは馬車の中でした。
「え?」
驚きです。二頭の白馬が馬車を引っ張っています。馬車は元々かぼちゃで白馬はねずみでした。妖精の魔法によってこうなったのは有名な話ですね。当然、シンデレラも変わっています。透き通るような青色のドレスにダイヤモンドが飾られたティアラをつけています。片方の足には見憶えのあるガラスのハイヒールを履いていました。
「まさか、私...」
妖精の意図に気がついたシンデレラです。馬車から逃げようとしたと同時に馬車の扉が自動でひらきました。
姉はまさにガラスの靴に足を入れようとしていました。今まで誰も靴に合う人はいませんでした。これで姉がガラスの靴を履くことができれば彼女の勝利です。と、その時、見かけない馬車が一台、中庭に入ってきました。そこにいる人たちは一斉に馬車の方を向きます。馬車の扉が開きました。どんな人が降りて来るのか皆、期待の眼差しで見守ります。中からでてきたのは美しい女性でした。自分の姿と彼女を比べたら悲しくなるぐらい綺麗でした。姉は唖然とします。その美しい人がシンデレラだったからです。
「ど、どういうこと⁉」
姉に差し出されていたハイヒールは王子様が自然とシンデレラの方へ持って行きました。王子様はシンデレラに恭しくハイヒールを履かせました。ハイヒールはピッタリシンデレラの足に合いました。
「わたしと結婚していただけますか?」
王子様はにこりと微笑んで言いました。まわりの貴族女性たちは歯ぎしりします。シンデレラは息を吸って、言葉と共に吐き出しました。
「...ラニストファー様」
シンデレラの目線の先には王子様ではなく、ラニストファーが写っていました。王子様も振り返りました。そこには不敵なイケメンが立っていました。彼は目を見開いています。
「その靴、お前のだったのか...」
ラニストファーは踵を返しました。
「待って‼」
シンデレラは慌てて追いかけようとしたのですが、王子様に引きとめられました。
「返事を聞いてない」
シンデレラはグッと唇を噛んでから、大声で言い放ちました。
「私、年下に興味ないんです!」
結構ひどいです。王子様はショックで呆然としました。そんな王子様をほったらかしてシンデレラはラニストファーを追いました。
王宮の裏庭までラニストファーの姿を追ったのですが、見失ってしまいました。雪に残る足跡も消えてしまっていました。裏庭にはモミの木が何本も植わっています。その一つに手をついてシンデレラは呼吸を整えました。
プルルルルル...
ケータイの着信音が鳴ります。急いでケータイをとりだし、通話ボタンを押しました。
「も、もしもし?」
かかってきた相手は誰か分かっています。ラニストファーです。しばらくの沈黙の後、ラニストファーの声が聞こえてきました。
『あのさ、お前は何者なの?』
シンデレラは正直に言います。
「私は下級の貴族です。お父様が再婚してお義母様の下で暮らしているんです。本当の両親は亡くなりました」
『そうか...あの靴はお前のだろ?』
「いいえ」
シンデレラはハッキリ言いました。
『あの靴は世界で一人しか入らないって聞いたぞ』
「っ!それはっ」
妖精が魔法でそうしたから、とは言えませんでした。妖精の言う“消す”は多分、自分が王子様と結婚してラニストファーの前から姿を消すという意味でしょう。彼女はきっとラニストファーのことが...
『幸せになれよ、シンデレラ 』
優しい口調でラニストファーが言いました。勝手に涙が溢れてきたシンデレラです。ケータイに耳を当てたままその場に座り込みました。
『王子様もあれでいい方だからな』
「...私、断りました」
嗚咽を抑えながらシンデレラは言いました。
『え?』
驚くラニストファーです。
「私、ラニストファー様と一緒にーーー」
『それは出来ない』
シンデレラの言葉をラニストファーは遮りました。
『俺のこと、お前は何も知らない』
それは事実です。シンデレラは絶句しました。
『王子様に謝れ。今なら許してもらえるさ。じゃあ...』
「ラニストファー様っ!」
切らないで!と言う前に切られてしまいました。シンデレラはケータイを握りしめて泣きました。
ラニストファーは耳からケータイをゆっくり離しました。ふぅ、と白い息を吐きます。もう、元の草食系男子です。モミの木に体を預けました。ここだけの話ですが、ラニストファーとシンデレラのいるモミの木は同じ木です。二人は気がついていないので黙っておいて下さいね。ややこしいことになるので。
「これでいい...」
ラニストファーは小さく小さくつぶやきました。
静かに泣きじゃくるシンデレラと悲しげな顔のラニストファーを上空から妖精は眺めていました。自分がやったことに何だか罪悪を感じます。妖精はただ、ラニストファーに笑顔でいて欲しかったのと自分の気持ちに気がついて欲しかったのです。後者の方が気持ちは強目でしたが。
「なによ。ちっともあたしのことに気を遣わなかった罰だわ」
腕を組んで自己弁護する妖精です。
「シンデレラ、シンデレラって、あたしだって乙女なんだからっ!...ん?」
王宮の方から王子様と従者がやって来るのが見えました。そのまま、モミの木で泣いているシンデレラの口をふさいで引っ張っています。必死に抵抗するシンデレラですが、ズルズルと引きずられていました。どうやら強制的にでも王子様と結婚させるつもりらしいです。こんなに近くにラニストファーがいるのに彼は気がついていません。自分の世界に浸っています。いわゆるセンチメンタルってやつです。妖精は一瞬迷いました。このままいけば妖精の思う壺です。彼女が望んだ未来です。でも、ラニストファーは笑顔でいてくれない可能性もあります。妖精は雨の日にシンデレラが自分に本心を打ち明けて、傘をさしてくれたことを思い出しました。シンデレラが別に何か悪いことをしたわけではありません。妖精は結局、盛大にため息をついて下に降りました。
ボカッ
唐突に頭に衝撃が走りました。ラニストファーは頭を抱えます。
「いってぇ‼」
「シャキッとなさい!あんたの愛しの人が連れていかれるわよ!」
妖精がバシッとまた頭を叩きました。涙目になったラニストファーは
「君か。僕にはもう関係ないよ」
弱い声で言いました。妖精はムッとして叫びます。
「本当の自分が知られるのが怖いから彼女のこと諦めたんなら、あんたの間違いよ!」
妖精は空中で仁王立ちしました。
「自分の本当の姿をちゃんと知ってるの⁉」
「い、今の僕だろ?」
迫力に押されながらもラニストファーは答えました。
「そういう考え方、やめなさい。もっと素直に考えなさい!」
「えっと...」
「本当の気持ちも本当の姿も誰も決めたりしないの。あたしの魔法依然の問題だわ。あなたは自分を分かっていない!」
ラニストファーは大きく目を見開きました。自分が分かっていない?そんなまさか、という感じです。ラニストファーはよく考えてみました。魔法をかけられる前の自分、その後の自分…どれが本当の自分か分からなくなってきました。
「...僕は...」
つぶやいてラニストファーは立ち上がりました。お尻についた雪を軽く払います。
「とにかく、彼女とはもう関係ないんだ」
妖精は慌てました。
「助けてあげないの?」
それに答えず、ラニストファーはシンデレラが引っ張られているのとは逆方向に歩きださはました。妖精はラニストファーの後ろ姿を見送ることしかできませんでした。
シンデレラは前よりもずっといい条件の下にいました。広い清潔感あふれる部屋、可愛いドレス、豪華な食事。継母にいじめられていたなんて遠い過去のようです。そういえば、継母と姉はどうなったんでしょうね?もう、登場は望めないかもしれません。
「...」
シンデレラは真っ二つに壊れたケータイを見ていました。王子様がやったのです。ここに入っていたデータは全て消されました。連絡帳のデータももちろん消えています。これでラニストファーと連絡はできなくなってしまいました。シンデレラは天蓋付きのベッドに腰を下ろしました。涙は乾きました。
「もう、泣いたり、恋なんてしないわ」
一人つぶやきます。どこかに似たようなタイトルの歌があった気がするようなしないような…。シンデレラは失ってから自分の恋心を知ったようです。
「失恋は忘れることが大切なのよね。頭打って記憶喪失になればいいのかしら?」
近くにあった花瓶を手に取るシンデレラです。相当病んでます。自殺しかねません。誰か彼女を止めなければ‼
カチャッ
扉を開けて王子様が入ってきました。急いでシンデレラは花瓶を元の位置に置きました。ナイス!王子様!
「明日、結婚披露宴を行う。いいね?」
有無を言わせない感じです。シンデレラは頷きました。
「分かりました」
王子様はふっと微笑み、シンデレラに近づきました。身構えるシンデレラです。
「いい子だ」
背伸びしてキスしてこようとした王子様から一歩離れたシンデレラは言いました。
「私は少なくともいい子ではないです」
残念そうに王子様は背伸びを止めて
「明日は絶対君の唇も心も奪ってやるさ」
と言って部屋から出て行きました。恥ずかしい台詞を吐かれてもシンデレラは顔が全く赤くなりませんでした。
その日の夜です。シンデレラはベランダから外の景色をぼんやりと眺めていました。空には無数の星と少し欠けた月が浮かんでいました。明日着るドレスの調整が一通り終わって今は休憩です。花瓶で記憶喪失は諦めてくれたみたいです。
「結婚...かぁ...」
外の気温は過去最低をマークしていてとっても寒いです。ろくに上着も着ずにシンデレラは独り言をつぶやきました。寒さなんかより好きではない人との結婚に違和感を覚えているだけです。
「浮かない顔ね」
突然、目の前に妖精が現れました。当然、シンデレラは飛び上がります。
「あ、あなたは...」
「気が少し変わったから報告に来たのよ。あなたの知らないラニストファーについてよ」
腕組みして妖精が言います。シンデレラは目を伏せました。
「ラニストファー様の話はもう、いいわ」
「あなたが出会ってきたラニストファーはラニストファーであり、そうでないの。本当はとっても弱い人間なのよ」
妖精はシンデレラの意思に背いて話し出しました。
「本当は剣の技術なんか最低レベルで人を守るタイプじゃないの」
シンデレラはゆっくり目を開けました。そこには真剣な表情の妖精がいます。
「あたしが魔法で彼を変えたのよ。10分間だけね。あなたは運良く10分間のラニストファーしか知りえなかった。だから、彼はあなたに何も知らないって言ったの」
シンデレラは黙っていましたが、やがて口を開きました。
「それを私に報告してどうするつもりなんですか?」
「今のを聞いてもラニストファーに対する気持ちが変わらないなら...」
一旦妖精は言葉を切りました。そして、
「魔法を解いてあげて。あたしは魔法をかけることしかできないから」
きっぱりと言いました。
「ど、どうして私が?」
「あなたじゃないと彼が本当の彼に戻らないからよ」
真っ直ぐな瞳がシンデレラを捉えます。
「で、でも、私、魔法なんて解けません!」
妖精はニヤリと笑いました。
「簡単に解く方法があるの」
シンデレラは息を飲みました。
「教える前にしっかり答えをきいておくわ」
妖精はぐっとシンデレラに詰め寄りました。
「ラニストファーのことが好き?」
ラニストファーは王宮裏のモミの林に来ていました。新雪を踏みながらゆっくりゆったり歩きます。少し欠けた月が辺りを照らしています。歩くだけなら十分明るいです。一つのモミの木の前で立ち止まりました。人影が見えたからです。
「誰だ?」
人影は近寄ってきました。ラニストファーは剣に手をかけます。が、すぐに緊張を解きました。
「君か...」
そこには月明かりに照らされたシンデレラが立っていました。
「こんばんわ」
優雅に挨拶するシンデレラを少しだけ見惚れました。雪上三倍説(普段よりも雪上では三倍美人に見える効果のこと)の影響もあります。
「どうしてここに?」
取り繕うようにラニストファーは言いました。
「私は、ラニストファー様に会いにきたんです」
「言っとくけどーーー」
もう僕らは完全な他人さ的なことを述べようとしたのですが、シンデレラの唇に阻まれました。
「私はラニストファー様のどんな姿でも構いません。あの方は魔法がかかっていようがいまいが優しい方なのは変わりありませんから」
シンデレラは思ったことをそのまま口にしました。妖精は満足気に頷きました。
「そうね。じゃあ、魔法の解き方を教えてあげる」
顔を寄せてそっと囁きます。
「ラニストファーにキスしなさい」
「へっ?」
驚きです。シンデレラは目をこれ以上開かないほど開けました。
「昔から言うでしょ?愛する者のキスが一番魔法に効くのよ」
妖精は小さく微笑みました。
触れるだけの優しいキスを唐突にしたシンデレラはゆっくりラニストファーから顔を離しました。ラニストファーは顔が真っ赤です。
「......な、なんで...」
「元に戻りましたか?」
シンデレラはラニストファーに笑いかけました。ラニストファーは何がなんだか分かりませんが、さっきまでブレていた自分が一つになったような気がしました。しかし、
「よくわからない」
です。と、
「シンデレラ様ーっ!」
遠くの方で従者の声が聞こえてきました。シンデレラは悲しげにラニストファーを見上げました。
「タイムリミットです。また、どこかで」
一礼して立ち去ろうとするシンデレラの腕を咄嗟にラニストファーはつかみました。
「こっち」
そのままシンデレラを引っ張ります。シンデレラはラニストファーに連れられるがままです。モミの木の裏に回るとラニストファーはシンデレラを抱きしめました。
「なっ⁈」
動揺して声を上げかけたシンデレラの口にラニストファーは人差し指を当てました。
「静かに」
シンデレラは口を慌てて手で塞ぎました。ラニストファーは苦笑いして
「そこまでしなくても。こうすれば声が出ないだろ?」
シンデレラの手首をつかんで顔から離し、ラニストファーは自分の唇を重ねました。
「...んっ...っ」
「シンデレラ様ぁー!」
従者の声がどんどん近づいてきます。シンデレラの胸の鼓動もそれに合わせて速くなっていきます。
「王子様がお呼びなんですけどぉー!連れて帰らなかったら私が怒られるんですけどぉ!」
(ごめんなさい)
シンデレラは心の中で謝りました。今、出て行くわけにはいかないのです。ていうか出ていけません。
「ここじゃないのかな」
捜索を諦めた従者が王宮にもどっていく足音がしました。ようやくラニストファーはキスをやめました。
「しばらくは大丈夫だろ。ん?どうした?」
顔を真っ赤にしたシンデレラがラニストファーを睨んでいました。
「ラニストファー様、いろいろ突然過ぎです!私の心臓が持ちません」
「キスしたら声が出なくなるのは君がさっき証明してくれたからやってみたんだけど...ダメだった?」
シンデレラは首を横に振りました。
「いいえ。でも、ラニストファー様が弱い方なんて私、今ので信じるの止めました」
「え?なんて?」
「何にもないです。あ、そうだ!これ、お返ししておきますね」
いつかラニストファーが落としたイヤリングの片方をシンデレラは差し出しました。
「...」
受け取ろうとしないラニストファーにシンデレラは首をかしげます。
「それは君がもっておいて」
「え?でもっ」
「いいからいいから」
ラニストファーはシンデレラの手を握って言いました。シンデレラはわけが分からないままイヤリングを受け取りました。それでも、なんだか嬉しい気持ちになりました。
その後、二人はどうなったのか?妖精は?王子様は?継母と姉は?
皆さんのご想像にお任せします。
変な終わり方になってしまってすいません...