1-6 殺人現場(改稿完了)
最初に向かったのは一回目の殺害現場。
場所は路地裏のようだ。そこの入り口には遺族が置いたのだろうか、献花さている花束があった。花束の横を通り過ぎ黄色いテープをくぐり入っていく。しばらく細い道が続いている。昼間にもかかわらずそこは暗かった。
暫く歩き続けると少し広い場所に出た。周囲にはビルの室外機が幾つか置いてあり大きな音を鳴らしている。そしてここにもチョークで人型の絵が描かれていた。その色は薄くなっており殆ど読み取ることができない。しかし、周囲にある血のしみでどこで亡くなったのかが直ぐにわかった。
コンクリートについた血はどうやら取れていなかったようだ。場所が場所なだけに洗い流す雨も届かないのかもしれない。
その小さな空間に佇み感覚を研ぎ澄ましている朱鳥。犯人の残した痕跡を探しているようだ。しかし、この現場は事件が起きて数週間は時間が経ってしまっている。残る物も残ってはいないだろう。
「あのさ、数週間も経っているのに何で探しているんだ?」
「黙っていて」
姿勢を変えずに答える。
「今僅かに残っている痕跡だけでも探そうとしてるから声かけないで」
真剣な声色に俺は無言で答える。どうやら暫くそっとしておいた方が良さそうだ。しかし、こんな狭い所まで追いつめられて殺されたのか。
どんなに苦痛だったんだろうか。
どんなに悲痛だったんだろうか。
どんなに悲劇だったのだろうか。
害者がどんな人だったのだろう。男だったんだろうか、女だったのだろうか。子どもだったのだろうか、大人だったのだろうか。今の自分にそれを知る術はない。兄さんに聞けばわかるかもしれないがあまり意味はないだろうし、現場にのばす足も重くなるだろうな。
朱鳥動き出す。どうやらここでやることは終ったらしい。
「ここにも、残っていたわ」
「何が?」
「能力以外の力を使った痕跡よ」
「能力以外?」
「具体的に何かはわからない。でも能力以外の何かを使った痕跡はある。解体ビルにも残っていてわ。ただ能力を使った後にできるものとは全然違う」
「なんだそりゃ。益々わからないな」
神眼以外に能力があるのだろうか。聞いたこともないが。いや、そもそも俺自身神眼のような規格外の力については詳しくないからもしかしたらあるのかもしれない。
「神眼以外の能力の種類って存在するのか?」
「神眼の能力と言うのは、特殊な身体を持っている人が発揮できる力全てを指すの。私たち神眼を持つ能力者は、人間がもともと持っているある力を他のものに変えられる身体なのよ。身体の構造自体が普通の人とは違うの。でもそれを代用する物ならなくはない」
「ふーん。んじゃもしその変えられる力があれば誰でも能力者になれるのか」
「その通り」
そのまま、再び細い道に入っていく。
犯人の正体は何なのだろうか。性別不詳。眼を必ずくり抜く。
一体何に使うのだろうか。身体の一部をわざわざ抉り持って帰るというのは何か目的があるはずだ。ただの人の目の使い道…。
あれこれ考えているうちに大通りに出た。まだ太陽は真上まで登っていない。
「次の現場はどこなんだ?」
「ちょっと待って」
そう言いポケットから携帯を取り出す。
「次の現場はこっから歩いて十分くらいね。アパートみたい」
「アパート?」
アパートと言うと部屋の中なのだろうか?そうなると鍵が必要になってくる。あ、でも朱鳥の刀でなら切れるのかもしれないな。器物損壊罪は免れないだろうが。
ただこんな心配はまったくいらなかったことが現場に到着してわかった。ドアがあったであろう場所には黄色いテープしかなかったからだ。そこにあるべきドアは存在していない。ワイヤーでバラされてしまったのだろうか。
アパートの外見は水色。築20年位だろうか。所々錆びている。
それにしても人気がなく物静かだ。誰も住んでいないのだろうか?
郵便ポストを見るとほとんどがガムテープで塞がれていた。本当に誰も住んでいないようだ。
「全然人が住んでみたいだな」
「そりゃ、町を騒がせている犯人が現れた場所にそう長くは住みたいとは思わないわよ。しかも無差別だからね」
確かに自分の隣の部屋で、町を騒がせる殺人事件が起きたら引っ越したくもなるだろう。下手すれば被害者の最後の悲鳴を聞いているのかもしれない。そうなれば夜も寝ていられない。引っ越して当然だ。
問題の現場はアパート一階の一番左の部屋だった。ポストを見た限り一階につき四部屋。そして事件の起きた部屋は104号室だった。
「四か…不吉な数字として忌み嫌われていたから大分昔はなかったみたいだけど、やっぱりこういのってあるのね」
ドアのない部屋へと向かっていく。黄色いテープを潜り中に入る。
「うわ…これは酷い」
思わず口から言葉が漏れた。
部屋の中は悲惨な状況だった。あらゆるものが破壊されテレビも真っ二つになっていた。家具もバラバラにされており、その切り口は綺麗に一直線。床は赤黒かった。
「随分と派手に荒れてるわね。一体全体どうしたらこんなことになるのかしら」
そして部屋の中央へと足を進める朱鳥。再び直立の状態で感覚を研ぎ澄まし探索を始める。
俺は、何か残っていないか他の部屋に行ってみる。といっても他の部屋は風呂場とトイレくらいしかないが。覗いてみると、綺麗だった。何も壊れていない。そのままの状態だった。
色々探してみるが犯人に繋がりそうなものはない。最も、あったとしても警察があらかた回収してしまっているかもしれない。
「何やっているの、そろそろ次に行くわよ」
「ん、あぁもう終わったのか」
「ええ、やっぱりここにもあった。何かしらの力を使った痕跡がね。どうやら言霊使いではなさそうよ。言霊使いならば跡をすべて消せるはずだしね」
そう言ってドアのない玄関へ向かう。
「他に住人が住んでいたら話を聞けたのにな」
「そうね。でも、その人たちの引っ越し先を調べるのも大変よ。わかったとしても事件について聞くのは気がひけるわ。わざわざ引っ越しまでしているんだから」
引っ越したという事は事件のことを忘れたいのだから、今になって掘り返させるのは酷なのかもしれない。
「そして次の現場はどこなんだ?」
「駅のトイレよ。因みに女子トイレ」
ふむ、次の現場ではどうやら出番がなさそうだ。流石に女子トイレに入るわけにはいかない。
再び大通りを歩きながら今度は駅へと向かう。アパートからはそう遠くないはずだ。
しかし、このような休日に俺が刑事のような行動をするのは我ながら可笑しい。寝るのが仕事である俺が朝から歩き回っているのだ。
雨でも降りそうだな。空は青空だけど。
何もしたくないと朱鳥に言ったけれど歩き回っていると、犯人の目的について知りたくなってきた。目的を知りたい。
「珍しく考えているような顔をしているわね。」
「いや、まーな。所でお前疲れていないのか?」
「これくらい大丈夫。能力使うよりは全然楽よ」
「なら良いけど」
そんなこんなで駅が見えてきた。休日とあって人で賑わっている。駅周辺には様々なビルが立ち並んでいるので、遊びに来る人が多いのだろう。俺は出不精なのであまり来たことはないけど。
そしてトイレに到着。
流石に黄色いテープはなかった。公共の場所なだけに綺麗にされているようだ。日頃から使っているわけだし。
「んじゃそこで待ってて。ちょっと行ってくる」
そう言って中に入っていった。俺は入り口で暫く休憩のようだ。
時計を見ると十一時。このまま行けば昼過ぎには全て回れそうだ。事件の現場は後二件。
「ん?」
ふと人の視線を感じたような気がした。顔を上げて探してみるが人の数が多すぎて見つけることができない。
まさか犯人だろうか?でもこんな人の多いところでは流石に殺しにかかれないだろう。
ヒュッ--
視界に不自然なもの、正確には左側に銀色に光る物が…。
ナイフが顔の横の壁に突き刺さっていた。体中から冷や汗が出る。
まだ犯人に狙われているのだろうか。
殺されるのだろうか。
恐怖が頭を食いつぶして行く。
冷静になれ。冷静になれ。冷静になれ--
頭に意識が戻っていく
ここでは殺されない、殺せない--
深呼吸しながら理屈で頭を落ちつかせていく。
落ちついたところで飛んできたナイフの柄を掴みナイフを抜いた。刃の長さはそこまで大きくない。意外と小ぶりだった。
「どうしたの翔也?」
思わず驚いてナイフをポケットにしまう。小ぶりなので自然とポケットの中に入った。
「いや、なんでもない」
「何か顔色が悪いけど」
心配そうに覗きこんでくる。
「心配しなくて良いから」
「休憩しようか?」
「現場も後二か所だろ、さっさと済ませよう。次はどこだ?」
「そう、なら良いけど。次は電車で三十分くらい先の郊外よ。お金はある?」
「大丈夫、財布はあるから」
人込みの中に入っていき改札へと向かう。
さっきのナイフ。犯人は俺の命を狙っているのは確実だ。ただ朱鳥のいない場所で攻撃を仕掛けてきたという事は、朱鳥がいれば早々手を出しては来ないという事なのかもしれない。
電車に揺られながら三十分、郊外へと到着する。周りにビルは無く人も少ない。ちょっと離れただけなのに町の景色はこんなにも変わるのか。
「四件目は神社の境内の中よ。ほら、あそこにあるでしょ」
駅から出て道路を挟んだ所に神社があった。森に囲まれた中にあるようだ。周りは木々で溢れかえっている。
鳥居を潜って境内へ入り石畳を歩き進んでいく。奥に着く前に朱鳥が立ち止まる。
「ここの草むらの奥よ」
そういって、石畳からそれて草むらの中に入っていく。十五mほど進んでに少し開けたところに出ると、周りは黄色いテープで囲まれていた。
朱鳥は再びその中心へ行き感覚を研ぎ澄ます。
俺は草むらの中に入り何かないか探す。無論、今までと同じく何も見つかるような気がしないが。
「翔也、次行くわよ」
「え、もうか?今回は早いな」
「確定したのよ。犯人は道具を使っている。言霊使いではないから能力者ではない可能性がある。但し、残っている痕跡からして普通の人間よりも使っている力の量が多い」
「人間だれもがもっているやつか?」
「そう。一般の人間よりも神眼所持者の方が生まれつき所有している力が多いの。今回の痕跡はそれに当てはまる」
「成る程」
「でも能力を使った形跡がないから、もしかしたら能力者じゃないかもしれない。ごくまれに力の量が神眼所持者並みに多い人も存在しなくはないからね」
「おい、何かややこしいぞ」
「要点は能力者だった場合、何の能力かさっぱりということ。これは戦闘となった時に不便になる」
「手の内がわからないのか。それは確かに厄介だ」
「取り敢えず戦いになったら先に道具を潰しにかかった方が正解ね」
朱い眼のまま真剣な表情の朱鳥。
「次の現場に行くのか?」
「こっから近いしついでに」
そういって草むらの中に入り石畳に向かっていく。
時刻は既に十二時になろうとしていた。