1-21 二千三十年四月二十四日水曜日
ある畳が敷かれた一つの部屋に男と女が座っていた。
男は畳に相応しい着物を着ていたが、女の方は赤と黒のスーツを着ており見た目は派手だ。
「成る程ね…。これは一回ヨーロッパから、何人か戻した方が良いかもしれないな」
「はん、その必要はないよ。私から直接出向いてそいつらを殺してやるよ。この前も一人殺りそこねたからな」
「駄目だ。君は今回本家にいてくれ」
「私に戦うなと?」
「できるだけな。君達一族は動いただけで、ちょっとした自然災害に匹敵する被害がでるからね。そして君はさらに酷いからな」
「その私たちを意図もたやすく従えているあんたはどうなんだ?」
「私かい?君たちと契約を交わしたのは、私の先祖だよ。私はそれを父親から受け継いだだけだ」
「違うな。私の身体に刻まれている刻印が有効になるのは、私を従えている人物が私よりも最強であることが条件だ」
「私にそこまでの力はないよ」
「そりゃそうだろうよ。今あんたは此処本家に巨大な結界を張っていて、且つ町中にまで神眼探索の範囲を広げて探している。後者に至っては、弌人のやつに任せればいいのによ。そうした力を使っているにも関わらずまだまだ余裕そうな表情。あんたの身体は一体どうなってんだか」
「大したことないさ。それに力に関しては朱鳥の方が私よりも高いぞ」
「あんたを超える力をあのお嬢さんは宿しているのか」
楽しく愉快そうに笑う。
「だから式神厭人の操心術に耐えられたのか。普通の神眼所持者ならば、耐える事は出来ても直ぐに精神崩壊を起こして狂人になるからな」
「あれに関しては寧ろ精神崩壊して狂人化した方が楽かもしれにないんだがな…」
「自分の娘さんの事だろう?娘に狂人になって欲しかったのかあんたは」
「あんな苦しんでいるのならば、狂人化した方がましということだよ。苦しんでいる子どもを見て悲しまない親はいないさ」
「それじゃ式神に何かしらの対処を考えているのか?今度こそ一族壊滅とか」
「そこまではまだ考えてない」
チッと舌打ちをする女。
「それじゃ暴れられないじゃんかよ」
「作戦を行うにしても、君を作戦として組み込むのは最後の最後だよ。君は核兵器のような最終手段だからな」
「それまで私に動くなと」
「勿論だ。式神は確かに倒されるべき家系だが、町一つを代償にしてまで滅ぼす価値はまだない」
「じゃその価値に値するようになれば、私が暴れる事が許されるというわけだな」
「そんなことにならないために、ヨーロッパかから何名かを呼び寄せようと思っているのだよ」
眼の前に置かれたお茶を飲む。今日は静岡産の緑茶のようだ。香りも大分良い。
「取り敢えずは攻撃でなく防御に徹する予定だ。そのためにも、神崎、神琥のどちらかには戻ってきてもらおうと考えてる」
「神崎はやめてくれ。あいつらは嫌いだ。あの見透かしたような眼と態度が全然気に入らないんだよ。本当に眼障りだ」
「それじゃ神崎にするか」
「この鬼畜野郎。私よりも強いのを良いことに好き勝手やってくれるじゃん」
顔面に血管を浮かべ、とても不愉快な表情をしている。普通の人なら思わず命乞いをしてしまいそうな恐怖を感じるが、話をしている男はそんなのを全く気にしていない。
「彼らの能力は非常に役に立つからね」
「でも、二年前には全く使えなかっただろ」
「それはあの少年のせいだよ。彼らに罪はない。それは一番君が良く知っている筈だ」
「そうだよ、あんたの言うとおりだ。本当にあの時は参った」
ハァとため息をつく。
「彼は元気にしているかな」
「知るか。私はあいつと縁を強引に切ったつもりだ」
「そうか」
頷きながらまた緑茶を飲む。
「あーそういやヨーロッパのやつの正体はわかったのか?」
「姿を捕らえる事は出来ていないが、名前だけは弌人が全力を尽くして見つけてくれたよ」
「名前?そんな幾つも変えられる分身を見つけてどうすんだ」
「分身の一つでも、そいつの一部には変わりないよ。最も弌人は真名として報告したけどね」
「へ~、それじゃその名前教えてもらおうじゃないか」
「まだ君には教えないよ。作戦に参加することになったら教えてあげるよ」
「あんた私のこと嫌いなのか」
睨みつけるような目つきになる女。
「いや、寧ろかわいいと思っているけど」
「ケッ、気持ち悪い」
うんざりだとでもいうような表情で男を睨む。一方の男はそんな様子を見て少しだけ笑う。
「それじゃそろそろ朱鳥の様子を見に行くかな」
「随分と熱心な親をしているな」
「弎塑稀の話では来週の月曜日には目覚めるそうだ」
「それはおめでとさん」
「では、また明日来てくれ」
「了解」
二人は立ち上がり、それぞれが目指す部屋へと歩いて行った。