1-12 戦場跡地
窓から見える空は曇り一つない快晴。差し込む日の光もとても心地よい朝だった。
梓に朝八時に無理矢理起こされて朝食をとる。まだまだ寝ていたいのにそれに関しては聞く耳を一切持ってくれない。
「序ですので翔也さんの悪習である、だらけきった生活習慣を治しちゃいましょう!そうすればお嬢様にも誉めて頂けると思うので。是非一緒に頑張りましょう!」
という梓のやる気満々な希薄に押されて結局起きる事となった。
折角の休みだから寝ていたいのに・・・。何て時間の勿体ない。―
意識のはっきりしない状態で朝食を食べ終える。昨日の夕飯と同じように梓は食器を片づけて出て行ってしまった。
よし、この隙にまた寝るか。―
そして布団に再び潜り込み眠り込む。二度寝こそ最高の幸せだ!
しかし、そんな心地よい眠りも今度は別のものによって妨害されてしまう。携帯が鳴ったのだ。
画面に出ている名前を見ると「下光葉平」という名前が。髪の毛が緑色ので双子の弟の方だ。性格はとてもお気楽で人思い。兄の方は性格は逆であり頭が良いが理屈を優先させるタイプだ。ここまで対極的な双子も珍しいのではないだろうか。
そんな双子の弟からの連絡だったのでどうせ下らない話の内容なのだろう。ということで俺は無視し続けた。
いつもならば二回位で着信は止まるはずなのだが・・・。今日は違った。
何度も何度も鳴りつづけるのだ。無視を決め込んでいるのにこんなにかけてくるとは予想外である。結局この着信は梓が部屋に戻ってくるまで鳴りつづけた。
「翔也さん、携帯なってますけど?」
部屋に戻るなり鳴り続けている携帯を手に持って差し出してきた。
「いや、無視しちゃって良いよ。どうせ下らない事だから。」
「あのー、下らない内容のために三六回も電話をかける人なんですかこの人?」
いつの間にやらそんなにかけていたのか。これはちょっと珍しすぎるな。そんな大切な事でも起きたのだろうか。仕方ない一度出てみるか。
「もしもし、日曜日の朝っぱらから何の用だ?」
「あ、やっと出たか!おいお前どんだけ無視する気だよ!でも、今はそんなことは良いや。それよりもヤバいぞ高校が!」
大きい声で喚くように喋る。背後からはパトカーの音や人のざわめき声が聞えて来る。
「一体何が起きたんだ?高校で何かあったのか。」
「何があったも何も、屋上が崩れ落ちてんだよ!」
屋上が崩れている?今一言っていることの意味がわからない。大きな地震が起きたわけでもあるまいし。火事とかが起きたのだろうか。
「しかもただ崩れているんじゃないんだよ!校庭にまで破片が飛んできていて、もう半壊の状態なんだよ!お前も見に来いよ。」
「えー、見に行ってどうするんだよ下らない。じゃあな。」
「あ、おい翔也!」
携帯の通話終了ボタンを押す。
学校が半壊しているのか。ま、これはこれで休みの期間が更に延びるからある意味吉報なのかもしれない。
「あの、翔也さん何かあったんですか?」
「何か俺の通っている高校が屋上から半壊したらしいんだ。」
「ええええええええ!」
大袈裟なという反応をする梓。
「見に行きましょうよ!」
興味深々のようだ。内容を教えてしまったのは失敗かもしれない。この子なら興味を持たないわけがなかったか。寝起な頭が上手く働かなかったせいで失敗してしまった・・・。
「良いよ面倒くさいから。んじゃ寝るね。」
「だーめです!」
そう言って掛け布団を無理矢理はがされる。
「ご飯食べた後に寝ると太っちゃいますよ。身体動かさないと!ほら運動がてら翔也さんの高校に行きましょう!」
結局押しに弱い俺は梓に無理矢理行くように説得されてしまった。。仕方なく出かける準備をする。
「では行きましょう!」
梓に手を引っ張られながら部屋を出る。すると目の前に弌人さんが立っていた。思わず身体が固まる。梓も驚いて動きが止まってしまったようだ。
そんな俺らの不自然な状態に気を止めることなく口を開く。
「あなた方はこんな朝早くから何処へ行こうというのですか。外出するのは出来るだけ控えて下さい。翔也君は今狙われているのですよ。」
こちらを見据えて話す。一方梓は頑張って口を開き話そうとする。昨日の今日である。弌人さんの前ではあまり下手なことは出来ないのだろう。
「いえ、あの翔也さんの高校で事件が起きたらしくてその様子を見に・・・。」
目を横に下に反らしながら話す梓。そんな不自然な動きに注目もせずいきなり考え込む弌人さん。
「ふむ、そうでしたか。あなたにしては中々良い勘をしていますね。」
え?という表情になる梓。俺も頭の中に疑問符が浮かぶ。良い勘とは一体どういう事なのだろうか。単純に気の向くままの行動を梓はしただけのはずなのだが。
「実は昨日の夜を境に弍昃との連絡が途絶えているんです。」
「ええええええええ!師匠がですか!?」
さっきの声よりも数倍の声で驚く。
「私もその高校の情報については手中にありましたが、別件の情報について確認しなければならないのです。なのであなた方に任せましょう。鏡楼高校の様子とその近辺を探って弍昃に関する情報を見つけて下さい。もし本人を見つけた場合は至急私に連絡を下さい。では。」
言うだけ言うと踵を返して廊下の向こう側に消えていった。その姿が見えなくなってから梓が口を開く。
「まさか、師匠がやられたんじゃ・・・。」
「そんなわけないだろう。だってあいつ強いんじゃないのか?」
「確かに師匠は強いです。しかし神眼所持者ではありません。だからもし神眼所持者、それこそ式神と戦いになったらどうなるかわかりません。」
「え、そうだったのか。」
霧隠れ何ていう技を使えるのだからすっかり何かの神眼所持者と思っていたがどうやら違うようだ。
「取り敢えず連絡が取れないとなると心配です。最悪の場合拉致されている可能性があるので、急いで探しに行きましょう。」
梓が慎重な面持ちになる。予想以上に自体は深刻なようだ。万が一弍昃がとらえられているようなことがあったら予想されるのは・・・俺の眼との取引なのだろうか。でも、覚醒していないから材料にはならないはずなのだが。
「式神の考えていることです。きっと強引に覚醒させられるかと思います。なので急いで事実確認をしましょう。」
取り敢えずは弍昃さんの所在をはっきりさせることにした。武神家を出る。
早足で鏡楼高校へと向かう。近づいて行くにつれ日曜日にも関わらず人の数がとても多かった。そして校門の前にはパトカーが数台停まり警察官が進入規制をしていった。そして肝心の高校は・・・。
屋根が吹き飛んでいた。いや屋上が吹き飛んでいた。上一階部分の壁も窓も無くなっていた。校庭にはその破片が散らばっている。その校庭にも所々穴が開いており、まるで爆撃機が通過したような状態になっていた。このような事が起きる戦いと言えば、あの二人しかいないだろう。
どうやら本当に激突したようだ。
「梓、君神眼や神器を使用したかどうかの検索ってできるのか?」
「は、はい?」
目の前の凄惨な状況にビックリしていたようで、意識がどこかに行っていたようだ。これが初任務なのだからこのような光景を見るのは初めてなのかもしれない。俺も昨日の式神と朱鳥の対戦が初めてだったからこれで二度目ではる。
「一様私もそれは出来ますが・・・。校門からだと距離があるのでちょっと難しいです。ただ幾つかの破片の壊れ方を見ると少なくとも師匠がここにいたことは確かです。」
「え、破片でそんなのがわかるのか?というか此処から破片の距離まで相当な距離があると思うけど・・・。」
破片があるのは校門側からだと小さなものしかない。拳程度の大きさのものばかりだ。校舎側に行くと人一人分くらいの大きさの破片もあるが、此処からだとそれこそ拳程度の大きさにしか見えない。
「私、これでも視力は良いんですよ。というより神眼所持者の人たちは基本的に視力が良いですよ。能力を使っている時は見ようと思えば、十キロメートル先の本の文字でも読むことができますよ。」
ちょっと得意げな表情で解説をする。
しかし、神眼所持者は一体どいう視力をしているのだろうか。といよりそんな遠くのものが見えていてもしょうがないと思うのだが。
そうか成る程、俺の視力が他の人よりも良かったのはそれが理由か。でも覚醒前だからまだそこまで視力はない。
「そして、大きな破片の綺麗な切り口を見るにあれは師匠の剣撃の跡だと思います。」
「剣撃って何だ?」
「何と言えば良いのかなー。剣撃っていうのは、剣の斬る衝撃波を飛ばす技のことです。なので一つの場所にいるだけで周囲を攻撃することができるんです。近距離武器であると共に遠距離武器として使えるんです。」
あの人そんな技も使えたのか。逆にそこまでできないと神眼を持つ武神家の護衛は務まらないという事かも知れない。
「しかし、中の状況を見なければいけないですね。もしかしたらあの校舎のどこかに師匠がいるかもしれません。」
「それはあるかもしれないが、警察がいるせいで中に入れるわけがないだろう。」
「そこは武神の名前を使っちゃいましょう。ちょっと待ってて下さい。」
そう言って人を掻きわけながら警察官の方へと向かっていった。
「お、翔也じゃんかいたいた。」
梓と入れ替わるように後ろから声をかけられる。どうやら葉平のようだ。何故か制服を着ていた。
「お前、なんで制服着ているんだ?」
「あ、ああこれは今日部活だったからだよ。うん。」
「そうなのか、お前って何の部活入ってたっけ?」
「俺は剣道だよ。そいえば朱鳥のやつ倒れたんだって?全くこれから大会があるのに主将が休んでどうするんだよ。」
確かに葉平は肩に細長いケースを持っていた。どうやら大会前の練習をするつもりだったのだろう。
「というか、朱鳥って剣道部の主将だったんだな。知らなかった。」
「そりゃ今月からだからな。ま、そもそも去年から主将になっていなかったのに驚きだよ。あんだけ強いのにさ。だから大会に出てくれないと結構困るんだよなー。ま、そもそもこの様子じゃ俺も練習できなさそうな気がするけど。体育館も被害にあってるみたいだし。」
体育館を見てみると屋根に大穴があいていた。さっきは気付かなかったがどうやら屋上の大きな破片の一つが体育館の屋根に穴を開けて落ちてきたようだ。
「しかし、何でこういうはた迷惑なことするかな。」
葉平はため息をついて項垂れる。大会目前にこのような大惨事を起こされては確かに迷惑だろう。
でも何でこんな大規模な破壊活動が行われていたのに誰も気がつかなかったんだろうか。―
爆撃機が通過したかのような凄惨な状況だ。誰かしらが気付いても良いはずだが。
「なー、昨日の夜とかに誰か気付かなかったのか?」
「ん、それはわからないな。俺は早く寝ていたし。」
どうやら葉平も知らないようだ。
「んじゃ俺はそろそろ帰るね、お前も何か気を付けろよ。」
心配そうな声をかけられる。
「大丈夫だよ。」
「本当か?何か困ったことが俺に何でも言えよ。じゃあな。」
そう言って葉平は人を掻きわけて校門と反対側へと出て行った。
そこへ人込みをかき分けて校門側から梓が戻ってきた。
「翔也さん、校舎に入れることになりましたよ。」
「お、本当か?じゃさっさと入ろう。」
人込みをかき分けて校門の方へ向かう。すると警察官が道を開けてくれた。その警察から突き刺すような視線を感じたのは気のせいだろう。
校庭を歩いて校舎の方へと向かっていく。
「でも、こんな風に壊せるほど師匠と式神は強いのですか。こいうのを見ると私に護衛が務まるのか心配になります・・・。」
自信のなさそうな表情を浮かべる。これだけの状況を見せつけられたら、ある自信もなくすだろう。
「戦わなくて良いよ。梓が危ない目にあうことはないよ。昨日の夜の結界を使いながら逃げれば良いし。」
「戦わなければ護衛は務まりません。私の命に代えても守りますよ、絶対に。」
真剣な目で俺を見据えてくる。どうやら覚悟は相当あるようだ。と言っても俺は早々致命傷を負っても死ぬことはないので、多少の事は大丈夫なのだが。いざとなったら俺が身体を張れば良いだけだ。
校舎に近づいてくると大きな破片が目立つようになる。幸いなのはどれにも血痕が付いていないことだろうか。そして久しぶりの校舎の中へ入る。
中もかなり酷い状況だった。壁という壁に大きく綺麗な剣撃の跡が残っていた。
「翔也さん、この校舎って確か四階建てですよね。」
「うん、そうだよ。一階が職員室で二階が三年、三階が二年、四階が一年の教室だな。今はその四階が半分吹き飛んで切るけどね。」
「どうやら屋上から下の階へと順々に移動して戦っていたみたいですね。最後は校庭ですか。」
これだけ一つの大きな建物を壊して行っているから、きっと長期戦だったのだろう。
「では使えるかわかりませんが階段を上って行ける所まで行きましょう。」
そう言って校舎の端になる階段を目指して歩く。廊下も所々穴が開いており、歩きにくくなっていた。
そして階段の直ぐ横にある職員室を通りかかった時だ。中から物音がした。
その物音に反応して俺の前に梓が立ち塞がる。
「翔也さんはちょっと下がっていて下さい。私が中の様子を伺います。」
職員室の扉のない入口から中の様子をう窺う。中もかなり酷い状況だった。机という机が壁際まで吹き飛ばされており沢山の紙が地面に散らばっていた。
その中央窓側に壁に寄り掛かるようにして倒れている人が。
「師匠!」
急いで弍昃さんに駆け寄る梓。俺もその後に続き向かう。
「師匠!大丈夫ですか師匠!」
大きな声で弍昃さんに声をかける。周囲には血の海ができていた。
「フフッ、梓、じゃないか。」
いつものように笑顔だがその顔には生気があまりない。
「翔也さん、急いで武神家に連絡を入れて下さい!私は師匠の治療をするので。」
そういうと自分の見につけていた紫色の帯を引き裂いて治療を始める。
俺も急いで電話をかける。すると弌人さんが電話に出た。
「はい、武神です。」
「弍昃さんを発見しました。まだ校舎の中にいました。かなり大怪我をしたいます。」
「わかりました。では分家二の仁居神の者を回収に向かわせるのでそこにジッとしていて下さい。くれぐれも警察などに話さないようにお願いします。」
弟の一大事というのにとても冷静な反応だった。そこにちょっと違和感を俺は覚えた。でもこの状況でそんな事を言っても仕方がないので、それを飲み込む。
「梓、今弌人さんに連絡したら仁居神ってやつが来るみたい。」
「わかりました。此方も一様の応急処置は完了しました。」
弍昃さんの身体には幾つもの紫色の布で縛られていら。取り敢えずは大丈夫なようだ。
「フフッ、まさか、君達に、、助けられるとはね。」
「あまり喋らないでください師匠。肺にも折れた骨が食い込んでいるんですからジッとしていて下さい。」
梓は弍昃さんを横たえる。
そこへ俺と梓の間にいきなり人が現れた。年は二十歳くらいだろうか、女性のようだ。髪の毛は短髪で黄色いパーカーを着ていた。
「仁居神錺只今参りました。」
落ちついた表情で自分の名前を告げる。
「弍昃さまを回収しに来ました。」
そういって弍昃さんのもとに歩いて行き抱き上げる。
「神成梓、迅速な処置をよく行いました。その調子で護衛対象もしっかり守って下さい。」
俺の方を見据えて言う。
「私はこのまま弎塑稀さまの元へと届けますので。では。」
「はい、よろしくお願いします。」
「ちょっと待ってく。」
そう言って弍昃さんが引き止める。
「式神に関してはいくらか傷を負わせておいた。だから暫くは動くことは出来ないはずだ。逆に式神を発見して倒すのも今がチャンスだ。」
「わかりました。」
梓は弍昃さんの手を取りながら頷く。
「そして、笑顔を忘れずにフフッ。」
「はい。」
梓も綺麗な笑顔を作る。
「では、そろそろ行きますね。」
そう言うと錺さんは弍昃さんと一緒にどこかに行ってしまった。
「ところであの錺さんだけど、あれも霧隠れなのか?」
「いえ仁居神の人たちの神眼能力はテレポートです。移動距離は人それぞれですがその中でもあの錺さんはその中でも一番です。」
「そうなのか。つまり怪我人の搬送にはもってこいなのか。」
テレポート言う能力もあるのか。神眼と言っても多種多様な種類があるようだ。
「ところで、どうやら式神も手負いのようですね。でしたら今がチャンスです。急いで場所を突き止めましょう。」
抑揚のない声で話す。どうやら弍昃さんをあそこまで痛めつけたことが許せないようだった。
「そうだな、そのためにもこの校舎の探索を続けよう。」
職員室を出て階段を目指す。どうやら階段は使えるようだ。所々穴があいているが心配はないだろう。
階段を上って、各階の様子を見ていく。どの階も壁という壁に傷ができており所々には人一人分が入れるような大穴も開いていた。そして四階。本来ならば見えるはずのない青空が上から覗いていた。
「此処が一番酷いですね。」
全てのものが壁に寄せられるように吹き飛んでいた。教室を隔てていたであろう壁は全て無くなっていた。ここに教室が会ったのかも疑わしい。それがわかるのは壁側に寄せられた机や真っ二つになった黒板を見る事によって判断するしかない。
空は青空なのにこの荒廃した様子。その合わなさがより一層この凄惨な状態を際立たせているようだった。
その中心に二人の人がいた。
梓は俺の前に立ちふさがりその二人の様子を伺う。
二人とも水色の浴衣をきており、顔には狐のお面を被っていた。背の大きさからして梓と同じくらいの年のようだ。
「あなた達は誰ですか。」
梓が静かな声でたずねる。その声に反応したかのように此方の方を向く。
「お前が」
「生上翔也か。」
右から左へと一人が途中まで喋り、残りをもう一人が喋る。
「だったらどうするのですか。」
梓が答える。攻撃の構えをしており臨戦態勢だ。それに対して目の前の二人は暫く沈黙した跡に話しだす。
「生上翔也ならば」
「捕らえるだけだ。」
そう言うと二人はそれぞれナイフを取り出した。その形状は独特な形をしていた。デザイン性が重視されているような形状だ。それを一人は右手、一人は左手に構える。
梓も手を構えて紫色の球体を出す。
「邪魔をするなら」
「まずはお前を殺す。」
二人はお互いの距離を取りながら梓を挟みこむために走り出す。
「翔也さん、下がっていて下さい!」
「待て、お前はどうする気だ!」
「逃げながら戦うにしても二人が相手では難しいです。まずは一人を倒します!」
そう言うと狐のお面を被った二人に向かって駆けだした。