1-10 蒼き眼―系統:永劫―
「翔也くん久しぶり。こうして話すのは初めてだね。」
部屋に一歩入ると、朱鳥の父親である赭攣さんは腕を組んで座っていた。
「はい、お久しぶりです。」
只ならぬ気配にも関わらず、その口から出る言葉はとても落ち着いており優しかった。その差に面喰ってしまった。
「そう固くならなくて良いよ。今日は君に話さなくてはいけないことがあるからね。落ちついて聞いてほしい。では、そこに座ってくれ。」
目の前にある座布団の上に座る。赭攣さんと一対一、顔を突き合わせる形になった。弌人さんは襖の外で控えているのだろう。
「まずは朱鳥を助けてくれてありがとう。」
そう言って深々と頭を下げる。
「いえ、そんな大したことしていないです。寧ろ俺のせいで朱鳥を危ない目に合わせてしまいましたし・・・。」
そうだ、俺がいるから式神が現れて朱鳥をあんな目に合わせたんだ。俺にこそ原因がある。
「そう自分を責めないでくれ。原因の一端は私にも有るのだから。それに朱鳥も想像したほど重傷では無かったし。回復には時間が掛かるみたいだが負い目を感じる必要はないよ。」
その重傷を負わせた式神―一体何の能力で朱鳥を倒したのだろうか。朱鳥を倒した一撃はただ視線を合わせただけなのだ。あれが蒼い眼の力なのだろうか。
「あの、式神は・・・式神厭人は一体何の能力を持っているのですか?」
赭攣さんは少し考え込んだ後に口を開いた。
「大体はわかっているが・・・その前に、式神について君はどれだけ知っているのかな。」
式神について―戦闘に入る前に確か飛鳥は“消えた家系”と言っていた。
「式神家はね十年以上前に一族諸共消滅したはずなんだ。嫌、自ら一族全ての力をもって自爆したはずなんだ。」
「自爆って・・・どういうことですか?」
「人類にとって大きな災厄をもたらしたあの事件。二千十三年に起きた世界中を巻き込む爆発が太平洋の中心で起きた。その原因が式神家だ。」
「そうだったんですか・・・。」
世界の科学技術の進歩を停滞させた謎の爆発。その因果関係は全てはっきりしていない。成る程、神眼という未知の力が関わっているようでは無理もないだろう。
「詳しいことは、私も良くわからない。何せ現場は分家の者にまかせていたからな。私たち本家は指揮をとっていた。」
「でも何故式神家がそのようなことを?」
「式神家はね、神眼を研究していたんだ。その成果は我々よりもはるかに質が高いものだった。但しその過程において罪のない一般の人々を用いていたんだ。実験体としてね。よって我々武神家がその粛清に向かったわけなのだが、上手くいかなかったんだ。後一歩という所で失敗した。」
無念な表情を浮かべる。
「しかし、まさか生きていたとはな。しかも、朱鳥と同じくらいの年となるとあの時にやはり生き残りがいたんだろうな。今まで弍昃を使って一様の対策を行っていたが、徹底的な対策を行う必要があるな。これ以上一般人の犠牲を出すわけにはいかないからな。弍昃、いるか?」
「はい、こちららに。」
いきなり、真横から声がした。急いで振り向くとそこにはニコニコ笑っている弍昃さんがいた。
「おや、そんな口をあんぐり開けてどうしたんだい?それは笑顔の練習をして欲しいのかい、フフッ。」
と言いながら指を突っ込もうとしたため慌てて口を塞いだ。本当にこの人は神出鬼没だ。いつからここにいたんだよ・・・。
「弍昃、それはまたの今度にしてくれないかな。」
「はい、わかりました赭攣さま。」
姿勢を正して正面に向き直る。流石に主の命令には逆らえないようだ。
「では、私の推測だが式神厭人の能力が何かを話そう。」
二人とも真剣な顔になり、赭攣の話に耳を傾ける。
「弎塑稀の話によれば、朱鳥は精神的ダメージを受けていたようだ。そして式神厭人が蒼の能力であることを踏まえると、操心術である可能性が高い。操心術というのは、心を読むことができ更に操ることもできる能力だ。発動条件は眼を合わせる事らしい。」
「つまり朱鳥は式神に心を操られて・・・」
「その通りだ。そして心の傷であるが故に適切な治療方法はわからないそうだ。ただ外傷ではないので命に別条はないそうだ。不幸中の幸いと言うやつだ。式神のやつが未熟である事も幸いしたのだろう。そこで弍昃。」
「はい。」
短い言葉で返す弍昃さん。その様子は普段のニコニコ笑う余裕が見えない。
「蒼の能力、系統操心術である式神厭人を捕らえよ。今までは捕縛対象が曖昧だったが今回の件ではっきりしたので、早急に動いてくれ。もし、捕縛が難しければ殺しても良い。情報に関しては引き続き弌人から受け取ってくれ。」
「わかりました、仰せのままに。」
一礼した後にその場から霧のように消えた。
「さて、今度は君のことについてだ。」
赭攣さんが此方に顔を向ける。
ついに自分に関する話になり必然と姿勢が固くなる。
「薄々気付いているかもしれないが、君も神眼の能力者だ。」
やはり、俺もそうだったのか。今更な気がしなくもない。
此処最近の状況を鑑みれば、神眼所持者でなければ生き残れているはずがない。
「しかも蒼の能力者で、その中でも珍しい種類なんだ。それが式神に狙われている理由かもしれない。」
「珍しい能力とは・・・?」
確か蒼の能力には幾つも種類があると弍昃さんは言っていた。その中でも珍しいものなのだろうか。
「ところで、君は他の人と比べて異常に回復速度が速くないか?」
「あー、はい。」
確かに俺は怪我の治癒能力が確かに速い。あの夜の件で負った大けがも今では綺麗サッパリ治っている。
「俺の身体の治癒能力は確かに速いですが、それでも直ぐに治るわけではないですし・・・。それが関係あるんですか。では俺の能力の名前は?」
「君の系統は永劫だ。」
「永劫・・・ですか。」
永劫、つまり永遠。終わりがないもの。
「君はその能力を覚醒させたが後、死ぬことが出来ないんだよ。」
「え、つまりそれは・・・。」
「どのような攻撃を受けても身体は治癒し、死ぬことはない。」
死ぬことはない、俺は永遠に死ぬことはない―とんでもない事実に反応できない。
いや、でもそれは本当なのだろうか。赭攣さんを疑うわけではないが信じる事が難しい。どうして俺になんかにそのような能力が・・・。
「因みに、その覚醒は起きないように抑制させてもらっている。」
「え、どういう事ですか?」
「君が生まれた時に心臓に直接抑制の呪をかけさせてもらった。その呪がある限りは覚醒することはない。」
「何故、そのようなことを・・・?」
「死ぬことが出来ないというのはとても孤独な事なんだよ。とても辛い。生きるという事自体が辛いというのにそれを永遠に続けなければならないんだよ。精神が狂っていしまっても生き続けなければならないんだ。そんな不幸なことはあってはならないと私は考えている。」
死ぬことができない。
周りの人々、好きな人、大切な人。皆が死んでいく中生き続けなければならない。それはきっと哀しいかもしれない。生きるのが辛くなっても死ねない。正に生き地獄だ。
「そこで私と君の両親とで考えたんだ。結論として取り敢えずその能力の覚醒を抑える運びとなったため呪をかけさせてもらったよ。その能力の覚醒を君の意思で決めてもらうためにだ。」
「俺の親もですか?」
「そうだ、君のお母さんと私は昔からの知り合いでね。ま、この話は後日にしよう。」
全く知らなかった。まさか知り合いだったとは。
「因みに呪の解き方は心臓を直接突き刺せば良い。」
「え、心臓を突き刺すんですか・・・?」
首を縦に振る赭攣さん。
他に痛くないやり方はないのだろうか。かなりえげつない場所にかけられてしまったものだ。死ぬことのない命を手に入れる代わりに、とんでもない痛みを味合わなければならないようだ。
「自分で良く考えて判断してくれ。その思考力がもう君にあると私は信じている。」
「わかりました。自分で考えて判断します。」
満足そうに頷く赭攣さん。
「さて、これで式神に狙われてしまった大体の理由は把握したと思う。そこでうちの分家の者に君の護衛を任せようかと考えている。本来ならば弍昃を与えられれば良いのだが、あいにく式神捕獲に全力投球してもらいたいのでね。」
「いえ、全然問題ないです。寧ろ嬉しいくらいです、はい。」
俺の反応に首を傾げる赭攣さん。
こちらとしてはあの騒がしい人に護衛されるのはこまる。精神的なダメージが大きすぎるからだ・・・。正直内心ではかなり安心している。本当に良かった。
「そして分家のものだが、名前は神成梓という者だ。紫の眼で重力使いだ。まだまだ未熟な所もあるが、戦闘の強さは私が保障しよう。後、一連の出来事が収まるまでうちに留まってもらう事になるのだが大丈夫かな?」
「大丈夫です。どちらにせよ暫く学校には行けませんし。それに此処にいれば安心です。よろしくお願いします。」
きっと此処は日本で一番安全かもしれない。何しろ敵が敵だからだ。プロフェッショナルに任せるのが一番だろう。
「ゆっくりしていってくれ。君のお母さんには私から連絡しておこう。久しぶりに話してみたいものでね。では、弌人に部屋を案内させるのでついていってくれ。梓につては後ほどそっちに挨拶に向かわせるからよろしく頼むよ。」
「わかりました。では失礼します。」
一礼して部屋を出る。
そこには弌人さんが無表情で立っていた。
「終りましたか。」
「はい・・・。」
「では此方へ。」
踵を返した弌人さんの後をついて行く。
何か威圧的なものを凄く感じる。俺はかなり嫌われてしまっているみたいだ。暫く一諸に過ごすというのにこれでは行く先が心配だ。
「あの、これからよろしくお願いします。」
「まったく、君のような部外者をこの家に置くことになるとは考えられない事だ。私は反対したが赭攣さまのご指示とあっては従わざるを得ないからな。くれぐれも迷惑をかけないでくれ。」
射抜くような目で睨まれる。身が縮む思いだ。目だけで人を殺せるんじゃなかろうか・・・。
「もし朱鳥さまの身に再び何かが起きようなものなら、私は君が悪くなくても許しはしない。覚悟しておけ。」
とんでもない警告を受ける事になってしまった。というより理不尽な・・・。
この人だけは敵に回したくない。いくら情報管理担当と言えど、あの弍昃さんの兄だ。只者ではないはず。
暫く薄暗い廊下を歩き続けある部屋の扉の前で止まる。
「さて、此処が君の部屋だ。後ほど梓を此処に来るように言いつけておきます。挨拶をしておいて下さい。外出する際にも彼女は常につくことになります。では何かあれば梓に申し受け下さい。」
無表情な顔で一礼した後に薄暗い廊下の向こう側に消えていった。
部屋の中に入ってみると一人で過ごすには丁度良い部屋の広さだった。畳がはられており、窓からは周囲の森が見渡せる。中々の良物件だ。
神成梓か・・・どんな人なんだろう―
名前しか聞いていなかったので全く想像することができない。取り敢えず俺が望むのは普通の人である事だ。ただ、神眼所持者だそうだからそれは期待出来ないのかもしれない。ま、何だかんだ心配してもしょうがないだろう。外れる時は大きく外れるものだから覚悟しておくしかない。
そして特にすることもないので、畳に転がり仮眠をとろうとする。
んー。畳の上だとやっぱり寝にくいな―
俺は畳の上で寝るという事を経験したことがあまりない。昔から畳のある部屋がない家に住んでいたからだ。日本に住んでいるのにこれ如何に・・・。
まだ日が傾き始めようとしている時間なので外は明るいがひとまず布団を敷くことにした。弌人さんに見つかったら小言を言われてしまうかもしれないが、部屋の中までは入ってこないだろう。それくらいのプライバシーは守ってくれることを祈る。
しかし武神家の情報を全て握っているとなると、どうなんだろうか。―
一瞬襖を開けようとする手が止まる。ま、でもそんな心配をしてもしょうがないわけで。
結局襖をあけて布団をしいて仮眠の準備を始める。
さて、寝るか。夕飯を食べるにはまだ時間があるだろうし三時間は寝れるだろう。―
そうして布団に潜り込んで眠りに落ちて行った・・・はずだった。
布団の入っていたであろう襖の中から何かが落ちる音がしたのだ。
「いたーーーーーーーい!」
襖の中から甲高い声が響く。どうやら仮眠することはできなさそうだ。
襖がゆっくりと開いて行く。
中から髪の毛を後ろに束ねた黒装束に紫色の帯を締めた女の人が出て来た。
「痛ててててて・・・。えーとあなたが翔也さん?」
腰を押さえながら床に立ちあがる。
「こんにちは。私は神成梓。以後よろしく!弍昃さんの代わりになるかわからないけれどあなたの護衛をさせて頂きます。」
軽く頭を下げる。雰囲気からしておかしいところはなさそうだ。まともでちょっと安心した。
「というか、何でこんな時間から布団何か敷いて寝ようとしているんですか?」
首を傾げて疑問の表情で質問してくる。
「いや、単純に寝たいだけだよ。」
「え、ええええええ!」
顔を赤らめてあたふたし始める。ん、何か誤解をしているような・・・。
「ちょっと待って下さい!私は護衛を任されたのであって、そこまでするよには命を受けていないです。いや、で、でも今は翔也さんがご主人様だから従わなきゃいけないのかな。で、でも初めては好きな人って。」
目を回して更に慌て始める。
「ちょっと、落ちついてって。」
マズイ。かなり変な誤解をされてしまっているようだ。
「は、はい!」
さっきよりも心なしか顔が赤くなっている。早く正さなければ。
「俺はこれから軽く仮眠を取ろうろとしただけだって。君と寝るだなんて一言も言ってないよ。」
「な、なんだぁ。良かった。」
胸を撫で下ろして座りこむ。そんなに安心されると逆に傷つくな・・・。そんなに嫌だったのだろうか。
「では、私はお傍で控えさせていただきますね。」
そう言いながら枕元に正座してちょこんと座る。
む、これはこれで何故かとても寝にくいぞ・・・。というよりこの子、意外と胸が大きい。黒装束だからわからなかったが下から見るとわかりやすい。朱鳥とは違うな。
「ちょ、ちょっとどこ見ているんですか!」
腕を交差させて俺の視界を遮る。
「い、いや何でもない。所でさそこに居られるととても寝にくいんだ。だから入口の近くの方で待機しておいてくれないかな?」
「は、はい!すいません。」
慌てて立ち上がり入口の方へ小走りで向かう。こちらに背を向けて正座する。かなり真面目ではあるようだ。
俺には考えなければならないことが沢山ある。
式神のこと。朱鳥のこと。俺の永劫の覚醒をどうするか。
でも、今考えても仕方のないことだ。―
俺の怠けスキルの発動だ。そういうわけで俺は眠りに落ちて行った。