1-1 日常(改稿完了)
死―
それは人がかつて犯した罪に対する罰
ならばその罪を浄化する術があったとして
その罪を浄化することができるのならば
人は元の完全なる人へと戻ることができるのだろう
その術さえあれば・・・
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二千三十年四月八日月曜日鏡楼市--
四月と言えば進学の季節である。
ただそれは誰にも平等に訪れるわけではなくて、例えば成績が残念ながら進学に満たない場合は進学ではなく留年の季節になってしまうわけで。
では生上翔也こと俺は無事に進学できたかというと、首の皮一枚で何とかという感じだった。その吉報が届いた時には本当に胸を撫で下ろしたものだ。
流石に留年は面倒くさすぎる。
というわけでその後の春休みは特に何もせずに毎日毎日を過ごした。
高校二年生の春休みと言えばおっくうな宿題も無く、惰眠をむさぼるにはもってこいの期間。結果的に俺は“春休みボケ”という言葉がピッタリな状態へと完成していた。
「あ゛ー今日からまた始まるのか。昼寝する時間もなくなるとか本当に嫌だ」
足取りも緩い状態で高校へと延びる坂道を登っていく。この高校の周辺は緑が豊富であり耳を傾ければ小鳥のさえずりも聞くことができる。健康的な人ならば、その鳴き声を聞いて「これから頑張るぞ!」ってなるのだろうけど、残念ながら俺には関係ない。
そこへ後ろから誰かが走ってくる音がした。
「高校二年生の門出と言う日に何てだらけきった格好をしてるの!」
パシーン
気づいた時には俺の頭に竹刀が深々とめり込んでいた…
「ぐふっ―。おい!舌でもかんだらどうするんだこの絶壁!!」
「絶壁言うなーー!」
パシーン
さらに一発が脳天に直撃する。
この竹刀をふるっている少女は幼馴染でもある武神朱鳥。
彼女は剣道の全国大会で優勝する程、剣の扱いに優れている。頭も賢く容姿も優れているが、胸だけは絶壁まな板という言葉が相応しい有り様。
「進学することができるか危うい翔也のために、私は練習も休んで一緒にテスト勉強をしてやったというのに絶壁呼ばわりとは何事!」
パシーン
本日三度目の竹刀が入った。いやこれ痛いとかそんなもんじゃない。
防具をつけていても痛いというのに、それを素の頭にたたきつけるとは何事だろう。しかも三回もだ。限度と言うものを知らないのだろうか。
因みに朱鳥の言った通り俺が進学できたのは紛れもなく彼女のおかげ。
但し…
「いや別に俺は頼んだ覚えなんて無いぞ。お前がいきなり家にやってきて俺に勉強を強いたんだろう。あの時も寝たかったのに、無理矢理叩き起こしたじゃんか。その竹刀で」
「いつも寝過ぎなのよ!そのうち体にカビが生えるんじゃないの?カビ臭い人が幼馴染とか冗談にならないわよ」
しかしこのような下らない会話をしていると、学校が始まったんだなと無理にでも思わされる。これがいつも通りの俺らの日常だからだ。
楽しいが痛みだけは何とかならないだろうか。
「しっかしお前って何でそんな朝早くから元気なんだよ。やっぱり早く起きて剣道の練習をしているせいか?」
朱鳥の竹刀で三回も叩かれて眠気が吹き飛んだ俺は、ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「剣道というより剣術なんだけど…まぁそうね、頭がボーっとしていたらお父さんに殺されちゃうし、真剣で練習しているのに眠気がある状態で戦うなんていうのはあり得ないでしょ?」
そっけなく答える朱鳥。
真剣で練習をしているらしい。
普通ならばそんなことは有り得ないだろう。普通ならば…
「神眼の一族だけあってやっていることのスケールが違うよな」
そう、朱鳥の実家である武神家は神眼という特殊な能力を備えた家系なのだ。特徴として剣をふるう時に瞳が紅くなり身体能力は極度に向上、炎に関する能力を使う事が可能となる。
こいつは只の人間ではない。
「確かに朝っぱらから親子眼を真っ赤にして、真剣で切り合う家なんてうちくらいかも」
笑いながら冗談でも言うかのように、危ないことを言っている。
「中学までは竹刀しか持たせてくれなかったのよね。高校に入ってやっとおじいちゃんの形見の刀をくれたのよ。何でも神眼の一族が使いやすいように調整してある業物みたい」
朱鳥の祖父は生まれた時に直ぐ亡くなっている。彼女の祖父は神眼の一族代々の中でも指折りに入る強い人物だったらしい。彼女が生まれる前にも、
「わしが孫を鍛えてやるんじゃー!」
と息巻いていたそうだ。残念ながらそれは敵わなかったが。
「やっぱり真剣と竹刀は全然違うんだろうな」
朱鳥の早歩きに追いつくため足を速めながら話を続ける。
「そりゃ重さも違うし刃もついてるし。でも一番違う点は火を込められることね。竹刀だとほら、燃え尽きちゃうでしょ?」
成る程、と頷く。
「昔から思っていたけど火をいつでも使えるって便利そうだな。困ったらこう、ライターみたいに付けられるじゃん」
「私の能力をライターと同列にするとは…」
ため息をつき項垂れる。
「私はまだ未熟だから日常生活で扱えるような火力は出せないの。寧ろ爆発的な火力しか出せなくて困っているのよ。今日も道場の床の一部を炭にしちゃったし…」
再びため息をつき項垂れる。
朱鳥は一族の中でも朱き瞳の色が一番濃く素質があると言われているらしい。しかしこの能力は素質があればある程扱いが難しくなるそうだ。
「おかげでお母さんにまた怒られるよ…」
しょんぼんりとしている。
床の張り替えが必要だったのはつい最近まで月一だったらしい。しかし、ここ数日は能力の威力が上がってしまったため三日に一度は張り替えが必要になった。張り替えるたびに財布はしぼんでいくので母親にとっては悩みの種なのだそうだ。
「んなもん道場じゃなくて庭でやれば良いじゃんかよ。お前の家の庭、滅茶苦茶広いじゃんか」
昔遊びに行った広い屋敷にある庭を思い浮かべながら言う。
「それは無理。昔やって庭師の人にこっぴどく叱られたから。大切にしていた松の木をね、全部炭にしちゃったのよ…」
それは庭師さん…さぞかし悲しかっただろう。というかよくその炎に巻き込まれなかったものだ。
「でもこんな事で気を落としてられない。今日から高校二年生になったんだから気持ちをリフレッシュしないと!」
顔を再び晴れやかにして士気を上げる。
「ほらもうすぐ学校に付くよ。クラス分けどうなったのか。」
気持ちを切り替えて愉快な足取りで校門へと向かう。
一方の俺は
朱鳥と一緒のクラスになりませんように!あいつがいると授業中も寝ることができないっ--
と願っていた。しかし小学生の頃から何故か二人とも同じクラスなので、半ばあきらめていたりもする。
これだけ長く一緒だと何かしらの策略があったとしか思えない。
校門の近くにある掲示板に貼られたクラス分けが書かれた紙の前では人だかりができていた。これから一年の運命を左右するだけあってすごい賑わいである。
その表情は様々だ。喜んでいる者もいれば、がっかりと頭を垂れながら別れの挨拶を言う者もいる。大勢に人だかりの向こう側から背伸びしながら小さい字で書かれた自分の名前を探す。
えーっと。二年五組か。--
そこへ横から緑色の髪の少年が話しかけてきた。
「おい、翔也俺のクラスも確認してくれないかな」
「あー葉平か。お前も俺と同じ五組だよ」
この緑髪の少年は下光葉平。双子の弟である。背はそこまで高くないためこの人だかりでは掲示板を見ることができないらしい。
「あれ、いつも一緒にいる葉也はどうしたんだ?」
「兄貴のやつはもう教室に入って行ったよ、六組みたい」
ふむ、と頷きながら
「流石に双子が一緒のクラスになるといことはないか」
「寧ろ一緒のクラスだったら困るって。入れ替わりできないじゃんか」
生真面目な顔でとんでもないことを話す葉平に驚く。
入れ替わり何てやっていたのか。そんなの真面目な葉也は許可しないと思っていたが、どうやら違うみたいだ。顔がそっくりな双子は恐ろしい。
「やっぱり…そういうことやってんのか」
「当たり前だろ。その方が便利じゃないか」
「だろうな~」
双子である利点を羨ましそうに思う。
そこへクラスの表を見終わった朱鳥が戻ってきた。
「翔也ー私五組だったけどどうだった?」
その声を聞いた途端に俺の心は陰鬱になった。
「夢も希望もねーーーー!」
「どういう意味よ!」
パシーン
本日四度目となる竹刀が俺の頭に叩きつけられた。