まずは混乱から
今現在、どの程度の人達があのテロを知っているのか、という疑問及び不審が自然と脳内に湧く。加えて、伊達黒縁メガネとおしゃれハットだけで、どの程度の変装になっているのか、という不安及び恐怖がいじましく心臓に変な鼓動を伝える。
おいおい、これからずっとこんな精神攻撃を受け続けながら生活していかないとならんのか?生活、というより当分は移動だが―――
景色が写ろう。今は秋。紅葉にはまだ早いが、夏でもなく冬でもない中間の季節はただ外を眺めてるだけで気分が高揚してくる。やはり矛盾してる。こうようの洒落ではなく、精神状態が。追われているはずで、気持ちも追い込まれているはずなのに、心の芯はそれほど焦ってはいない。堂々と新幹線で元凶の地へ向かっている。何故か。
とにかく、現状が知りたいから。アホか。と思う。
こういう罪押し付けられ型逃亡映画をみる度に「何故むざむざ危険を侵して移動するのだ」と不満をぶちまけていたこの篠崎司君が、何故かむざむざ危険を侵して移動している。理由。北海道へ行けば何か分かるかもしれない、と格好よく宣言するのは映画の主人公だが、この篠崎司君の場合は少し違う。確かに現状は知りたい。今札幌市がどうなっているのか、とか、本当に両親は死んだのか、とか、あの犯人は誰なのか、とか。うん、冷たい人間だよな、そこら辺、結構、篠崎司君にとっては重要ではない。現状は知りたい、けどそれは決して犯人探しのためだとか、両親の生存確認だとか、の理由は付随してない。主人公としてどうなんだ、これ。もし、主人公が不純な動機で行動する映画があったら、どうなんだ、それ、誰も興味湧かない?でも、実際にこんな状況に置かれたら。とにかく、現状は知りたいとしても、そんな格好の良い理由なんてない。ただ、知りたいから。自分がこのあとどうなるか、知りたいから。北海道に向かっている。
「アホか」
小さくぼやいた言葉はそのまま無機質な窓ガラスに吸い込まれる。外の景色は怖いくらい順調に変わっている。順調過ぎて現実がともなっていない。言い方を変えます。順調過ぎて、本当にテロが起こり、両親と不通になり、札幌市が消え、賞金首になった、という事実を飲み込めてない。まるで、自分とは別の誰かのお話し。現実逃避なのか?こんなの有り得ない、全部嘘だ、と現実から逃避しているのか?自分がこのあとどうなるか知りたい。アホか。目を背けるな。何故北海道に向かっているのか。理由はそんなんじゃない。摩り替えるな。では理由はなんだ。本当の理由は一体なんだ。
心のかけらが、たくさん。恐怖、不安、期待、高揚、不信、興味、自信―――
どれもが真実でどれもが虚実。人間だから、ずっと同じ気持ちなんてない。ないのか?
「あぁもうぐちゃぐちゃ」
「―――なにがぐちゃぐちゃなんですか?」
うわっ。
何、誰、この人、隣の席に、金は無事、バレ……
「顔色が悪いようですが」
よく顔は見えない(見ない)が、多分老人、そして女性。
ただ物腰の良さとか、品の良さはその声だけで分かる。一人で旅を満喫してる感じの、裕福そうなご老人。凝視ができないからその程度の分析になる。
だから余計、前述した疑問、不審、不安、恐怖がその印象に闇のベールを掛けた。
親切が―――怖い。
「いえ、少し、乗り物が苦手で」
はは、と帽子のツバで顔を隠しながら愛想よく笑う。
とにかく、最小の接点で切り抜けるしかない。
なにがぐちゃぐちゃか、の答えにはなってないが、ここであれこれ突っ込んでこないのが古き良き時代のコミュニケーションだと信じたい。
「あらそれは大変ね、酔い止めは飲んだの?」
「はい、飲みました。大丈夫です。それに、もう寝ますので」
座席を倒し、間髪入れずに寝る姿勢をとる。
ここで追加攻撃を食らったらどう対応しよう、とか考えつつ。
「もしもし、一つだけお尋ねしたいのですが―――」
自分だったら絶対沖縄に逃げます。