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まずは事件から

「起きるか?」

 天井にぼやいた自分への問はそのままストレートに堕落的解答へと導かれる。

「自主休講やっ」

 と堕落的解答を高らかに宣言してみるが、脳内では冷静に「今日の二限は出席を取らない講義か否か」を検分していた。その辺り、人間的に意気地がない。

 本日二限は原価管理論、教授は確か崎山。取らんな。うん、取らん。たまに取るが…今日は大丈夫。な気がする。二限の開始が十時四十分である。そんで現時刻もほぼ同時。今から猛ダッシュで支度を始めて、家出て、走って、電車乗って、着いて走って、教室入ったら十一時半。出席あってももう間に合わんな。間に合わないことにして。はい、自主休講確定しました。検分終了。意気地なし上等。

「レジュメと出席あったら宜しくっと」

 さくっと意気地なしメールを送信。持つべきは友人である。気軽にこんな不遜な要求を頼めるのはやはり有難い。友人は多い、と思っている。だが白状すれば、特にめちゃくちゃ信頼している友人はいない。つまり親友はいない。とここで自己解決的に確定してしまってよいのだろうか。少し心痛む。信頼関係なんて相互に明確な基準なんてないはずだし。とやはり自己解決。天井に向けた顔面をスルリと横にスライドさせる。素足が布団の中で移動し、ひんやりと冷たい領域に進出する。

 もう一眠りと―――

「夢、変な夢、見たよなぁ」

 目を閉じかけて、先程脳味噌で繰り広げられていた夢がフラッシュバックした。

 訂正すると変ではない。夢は元々変である。

 多分渋谷のスクランブル交差点、誰もいない夜、俺が一人、そして俺そっくりな男が一人、向かい合ってお互いを睨みつける。俯瞰して見る俺はどちらが『俺』なのか判然としない。しかし、どちらかは『俺』なのだと確信している。やはり夢とは変なもので判然としない部分も多分それなのだと信じてしまうのだ。にしても嫌にリアルな夢。

ミスを犯した。考えてしまった。あれはナンダッタノダロウかと。長年、この脳味噌と生活してきて分かったことがある。それは、一度考えたらやめられないとまらないカッパエビセン、なのである。しまったと思ったが、もう手遅れだ。昔からそうなのだ。そう、あれは幼稚園の遠足の時、近くの公園で楽しくお弁当を広げる態となりふと気が付いた。しまったおやつのカッパエビセン忘れた、である。もう弁当が手に付かない。足は勝手に歩き出す。先生は必死に探す。警察ざたになる。帰宅して美味しくカッパエビセンを食う俺。これをかわきりにこの脳味噌は思い立ったが吉日、凶日関係なく回転してしまう。然り、今回も例に漏れない。

「完全に目覚めやがった」

 しかし、この脳味噌、長年の付き合いで分かったことがある。取り分け夢に関しては持続しない。起爆した様に眠気が吹き飛ぶだけだ。あれはナンダッタノか、と考えてみるも、あれは夢だったのだ、と雀の涙ほどの冷静機能がなんとか起爆だけに止まらせるのである。もし夢と現実がなんの隔たりもなく行き来できるのならば、恐らくいつまでも夢の中でほっつき歩いているに違いない。カッパエビセンを探す旅に出ているに違いない。

 ここで着信音。ではなくバイブレーション。

「今日出席あり代理金奢りな、って」

 おい、なんだこの無駄に損した気分。こらこら。どっち付かずですかい。せめて、片方だけでも達成してやるかい?いや無理です。もう目がパチクリです。っていうかもう既にトーストと珈琲の支度を脳味噌が勝手に始めてます。欧米か。と突っ込みを入れたい。ところを抑えてトースターに食パンを入れる。次いでお湯を沸かす。朝はご飯よりパン派、煎治茶より珈琲派である。部屋の間取りとしては特に欧米ではなく、日本的六畳間。つまり極普通の家賃六万、築十年の賃貸アパート。しかし、朝は欧米チックに珈琲の安らぐ薫りを鼻先で楽しみながら、サクリと香ばしく焼かれたトーストを頬張りたい。高級マンションの最上階で白いバスローブを羽織り片手で赤ワインを揺らしながら悠々自的に夜景を眺めたい。願望を抱きつつ、白いリモコンでテレビを付ける。

「いいとも見よ」

 なんやかんやで今日一日の半分が過ぎ去ろうとしている。これでいいのか日本の大学生。目覚めてから自主休講を叫び。携帯に意気地なしを刻み。夢に野望を打ち砕かれ。適当な願望でお湯が沸く時間をもて遊ぶ。これでいいのか一流私大の学生。くくってすみません。僕だけです。ていたらくな大学生は僕だけです。ていたらくな僕は大学生です。大学生の僕はていたらくです。テレビの画面だけ眺めてろ、という事です。

「うおっ」

 トーストが発射された。こんがりとほどよく焦げがついている。朝、というよりもう昼だが、やはり起きたての食事はのんびりと珈琲とトーストをたしなむのが紳士として潔い。髪の尖端が天と地方向へ見境なく突き出ていようとも、チンという合図音に企業が想定していた期待以上の反応をしてしまっても、こうして紳士的にテレビの前で今日一日の行動をじっくり思案するのが潔い。じっくり思案しすぎて完璧なスケジュールを脳味噌に留まらせておくのも潔い。

「こりゃこりゃこりゃ」

 駄目だな。世界中がバイオハザードみたくゾンビまみれになって欲しい。温暖化が進み過ぎて氷山が溶けだし異常気象が多発して愛と勇気と主人公が救われる世界に行きたい。

 あ、パンデミック的映画が見たい。

 ああ、学生運動がしたい。

 あああ、宇宙に行きたい。

 自分ではどう行動するか、とか。自分ではどのポジションになる、とか。想像する。想像打ちっぱなしだ。決してホールインしない想像の塊がベッド周辺にゴロゴロと転がっている。パシーン、パシーン、パシーン。自主休講の度に、潔しをする度に。パシーン。

「病んでんな、俺」

 言いつつ、沸いたお湯を珈琲カップへ注ぎ入れる。さっと微かな音がたち、水蒸気に混じって珈琲の薫りもたつ。『パン・パパパン』箱の中ではグラサンのゴットハンドとともに軽快なリズム音が刻まれ、置き時計の秒針はゼロからその先へと時を刻み始めている。

 口から放出された自虐は意外な程に現実味がなかった。病んではない。何かがもの足りないだけだ。ひとまず砂糖を入れてみる。う、甘ったるい。これ以上甘くは出来ない。一流私大への合格。ある程度約束された未来。裕福な家柄。生きる意味を考えられるだけの時間の所有。命が狙われている訳でもなければ、明日食べる食糧にも不自由しない。これは夢だ。夢落ちだ。現実はこんなに甘くはない。

 荘子による説話、胡蝶の夢。

 荘周は夢の中で胡蝶となった。嬉々として胡蝶になりきっていた。これが夢だとは微塵にも思っていない。さあ、これは夢か現実か。

 現実は、こんなに甘くはない。

『そうですね』

 軽々しく言うな。珈琲をすする。

『そうですね』

 何回も言うな。トーストをかじる。

『―――ガッ、―――』

「なんだ?」

 観客が笑った瞬間に画面が切り替わる。

 そして、箱の中に映しだされたのは―――臨時ニュースの画面。

 なんだ、これ、速報ではなく、9・11の時みたいな、慌ただしい、局スタッフの声、仮設スタジオ、到着待ちの台本、焦りを抑える人気キャスター。

 悪態を付きすぎたせいか。珈琲とトーストどちらを胃袋に下すか。とちぐはぐな思考が巡り、次いで巡ったのは―――

「俺がなぜテレビに出ている」

 正確には顔写真だ。大学の学生証に載せたやつ。変わってねぇ、高校の時から顔変わってねぇ。じゃなく、なぜ俺がテレビに出ているか、だ。あれ、ドッキリ?突然テレビに自分に関するニュースが流れたらどうなるか、的な?ついに俺もはめられる側の人間になったのか?はめたこともないけど。カメラ?何処に?朝起きてから特に恥ずかしい所業は、しとらんな。うん、してない。やっぱり保身のためくくるけど、全国の大学生水準の所業だから、してても許される。多分。思いながら、カメラが在りそうな箇所を一応探ってみる。あるわけがない。ここの時間を大量に誰かに踏み入れられる程アパートを空けてない。百歩譲ってドッキリだったとしてもメリットがない。暇な大学生を覗くフェチ、というジャンルは脳味噌ハードディスクをダウンロードしてみても検出されない。では、なんだ?

 ―――カチリ、カチリ、カチリ。ゼロから遠ざかる秒針の音が鼓膜の機能を支配する。 荘周が目覚めた時、何故この世を『現実』だと認めてしまったのだろう。

 何故『現実』を『夢』だと言い張れなかったのだろう。

『―――番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお送り致します』

 全ての神経を「感情を抑える」ことに集中しているのが分かる。

 その『理由』も切り替わった映像を見れば、分かる。

「な、ん―――だ、これ」

『―――ご覧下さい!』

 ヘリのプロペラが空気を切り裂き轟音を造り出している。叫ぶ意味は集音を気に

しているせいか、目の前の光景に興奮しているせいか。

『今、映し出されているのは……北海道札幌市です!まるで信じられない!信じられません!札幌市が……』

 ―――何もなくなっている。

「これは―――夢か」



なっがい!隙間がございません。この大学生のモデルは…

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