天より先に海がある
空に神はいるのかという疑問が突然湧いて出てきた。
貧民街を歩くと崩れかけの協会があり、そこでは僅かだが通うものがいて、いつも天窓の小さな像に向けて祈りをささげていた。
神を信じていないわけではない。というより、精霊や悪魔がいるこの世界で、今更目の前に神が表れても驚きはしない。いや、目の前に国王が現れたら驚くような、そういう種類の驚きが出てくるだろう。
空に向かって祈りを捧げているのは、古来より神は天空にいるものだと信じられているからだろう。だが、空に神がいるという確証はない。もしいるのであれば常に飛行船をよける日々が待ち受けているだろう。
とはいえ、ここは地球とは異なる世界。一部の考え方は同じでも、世界のルールは異なることが多い。魔術が存在する時点で質量の法則は壊れていると言ってよいだろう。
厄介なのは……『クー』が結論を出したいのは『神がいるかどうか』ではなく、『神は空にいるのかどうか』である。現にクーの目の前には神がプリンを食べて情けない顔をしているのだから。
☆
「あの労働の対価がたったプリン一つで許すのは、運命の女神フォルトナさんくらいですよー。クアンさんはもう少し神を敬ってください!」
キンキンと文句を言いながらプリンを少しずつ食べる自称運命の女神フォルトナ。本来であれば有限に近い魔力を無限に持っているため、魔術の研究の燃料として活躍してもらっている。
「神を燃料扱いってひどくないですか?」
「燃料という表現は正確ではない。君は永久機関に近い存在だ」
「これでも疲れるんですからね。ひたすら火を出し続けるなんて、人間さんの考えはわかりませんよ」
そう言ってフォルトナは先ほどまで両手から十時間ほど火を出し続けていた。文句をいいつつもフォルトナとは契約の関係上、クーからの指示に従わなければいけないのだ。
「契約が無ければ今頃逃げていますよ。もっと神を大事にしてくれる場所に行きますよ!」
「おや、クーはフォルトナ助手を大事にしているとも。それに、神を敬う場所へ行ったところで、結局何か願いを言われて、その対価としてささやかな食材や金品を渡されるだけだ」
「信仰の形はそれぞれなんですー。それに神を助手っていうのはクアンさんくらいですー」
ほほを膨らませながらプリンをほおばる女神は、今でこそ残念なオーラを醸し出しているが、外に出れば絶世の美女とも言える容姿であり、やはり神というのは美形であるというのは事実なのか。それともこいつだけなのか。
「それよりもフォルトナ助手よ。一つ聞きたいことができた」
「何ですか。また魔力による質量の計測ですか?」
「いや、今回はもっと単純だ。君たち神は、この空に家があるのか?」
その問いに、フォルトナ助手は一瞬黙った。
「あーいや、難しいですね。空と言われれば空ですし、神によっては地中の奥底の……あー、難しいですね」
空であり地中でもある。それはつまりどちらでもあり、どちらでもない。一見矛盾しているようだが、この神という存在については最強の盾と最強の矛を持っていてもおかしくはない。
「であれば、この空の上に行けば君の実家はあるということかい?」
「空の上は宇宙ですよー。地球と同じでいろいろな星々があるんです」
「ほう、いろいろな星々か」
世界が違えば、宇宙の定義も違っていて不思議ではない。そもそも太陽系の地球という奇跡の星以外の位置が定まっていない以上、ここがそもそも地球と同じ宇宙にあるのかどうかさえ怪しい。
別次元とは、地球が存在する宇宙とは異なる別の宇宙と考えても良いだろう。そうでなければ魔力の説明ができなくなる。
「さて、クーの好奇心が冷めないうちに、さっさと箱舟を作ろうではないか」
「はい? 一体今度は何を作るつもりなんですか?」
「未来の技術を、原始的な手段で再現する」
☆
一か月後。
ミルダ大陸の離島にて、鉄のパイプが何本も組み立てられ、中央には円柱の巨大なロケットがあった。
計測器も無い。ただ、頑丈な鉄の塊。唯一計算された部分といえば、まっすぐ上空へ飛ぶように形が整えられているという部分だろう。
「鉱石の精霊には今後足を向けて寝れないな。これほどの鉄を供給してくれるなんて、クーの想定をはるかに超えていたぞ」
「あはは……その鉱石の精霊は魔力を使いすぎて、ベッドに寝ていますけどね」
「クーは何も悪くないぞ。鉱石の精霊がどれくらいの鉄が必要か最初に聞かなかったことが悪い。これを機会に危機感を持ってほしいところだ」
と、フォルトナ助手と会話をしていると、後ろからクーを呼ぶ声が聞こえた。
「クアン様、工事は順調ですか?」
「おや、これはクーの上司にしてロケットに乗る偉大なる魔術師ではないか。ごきげんよう」
「今のうちにご機嫌取りですか? いくらワタチが無限に増えることができるとはいえ、記憶や痛覚は全部のワタチに共有されているんですよ。万が一墜落なんてしたら、死ぬ痛みを全部のワタチが感じ取るんですからね」
水色髪の少女ことクーの上司である『偉大なる魔術師』は、あきれた口調で文句を言いつつも、今回の作戦ではなんやかんやで引き受けてくれたお人よしである。
「記憶の共有と実質的不死性というのは地球では考えられないアドバンテージだ。これで通信機器を積む必要はなく、人命を考えなくても良い。初回の燃料はこのフォルトナ助手の魔力で発射して、その後の軌道修正は『偉大なる魔術師』が行える。クーは人に恵まれているよ」
「今ワタチが営む宿屋のベッドでうなされながら寝ている鉱石の精霊様だけがかわいそうですけどね」
「技術の発展には必ず対価が生じるが、失ってはいない。そのうえで、孤島の監獄で捕まっている罪人に労働も与えている。クーからの出資が予定の二割で済んでいるのは、うれしい誤算だ」
「二割で抑えているといっても、ロケットを飛ばして利益を得ることはないので、結局はマイナスでしょう?」
「短期的に見ればマイナスだが、例えば神の世界に行き来できるのであれば、その後の交易次第では数日で戻ってくる。宇宙が広がっているのであれば、それはクーの知的好奇心を刺激する。『偉大なる魔術師』様は知的探究に費用対効果を問うのは野暮というものだ」
そう尋ねると大きくため息をつき、「もういいです」とだけ言って、水色髪の『偉大なる魔術師』は自室へ戻った。
「クアンさんは自己中心的ですね。もしかしたら死んじゃうかもしれない実験に、あの人は巻き込まれたんですよ?」
「残念ながらあの『偉大なる魔術師』とも契約をしたうえで、今回実験を行っている。拒否する権利はあったのだよ」
あの人が乗らなければクーが乗るしかなかった。が、それはこのミルダ大陸にとって最善とは言えない。それを彼女は理解したのだ。というか、理解するしかなかった。
「脅迫ですよね。自分の命を出す必要があると言ったら、あの人は拒否できませんよ」
「まあな。とはいえ、元をたどれば君にも責任はある」
「私にですか?」
フォルトナ助手はぽかんとした表情をした。
「君が上空に何があるのかを言ってくれればこんなプロジェクトはなかったのだよ。それに、魔力で飛べるならロケットも不要なのだよ。ほぼ無限にある魔力を使えばはるか上空へ飛べるのに、それを拒否する理由を聞いても君は……」
「それはルール違反なので……」
……そう。
フォルトナ助手はポンコツだが神である。故にこの上空には何があるのか知っているにも関わらず、聞いても答えてくれない。
「ルール違反なのにロケットを作ることには賛同した意味が分からないな」
「これでもかーなーり無理を通していますよ。私はあくまでも巨大な鉄の塊に魔力を注いだだけってことにしているんですー。〇〇〇〇さんに呼び出されたときはさすがに焦りましたよ」
しっかり聞いていたはずなのに、言葉が理解できない部分があった。クーはあらゆる言語を修めているし、多少の暗号も時間をかければ理解ができる。が、今の言葉は完全に消されていた。
これがこの世界におけるルールであり、神々は『世界の理』と呼んでいる。
この上空を神が手を貸して見に行くのは『世界の理』に反しており、人類だけで行くことは反していない。法則性はいまだ判然としない。
「まあ、この世界におけるルールを今すぐ考えても仕方がない。理解できない法則を論じても意味はない。観測を積み重ねようではないか」
☆
工事はあっという間に終わり、とうとうロケットを飛ばす日が来た。
「今日までの重労働、とても感謝しよう。上空のはるか先に何があるのかを知ることは、人類の大きな一歩だ。それに関われたことを君たちは誇らしく思ってくれ」
罪人たちは大きな声をあげ、完成を喜び合った。
ステージから降りると、水色髪の少女こと『偉大なる魔術師』がタオルを渡してきた。
「お疲れ様でした。非常に良いスピーチでしたよ」
「ああ、我ながら短くまとめられたと思う。とはいえ、彼らは重罪人だからな。この後の処罰を考えると、さすがのクーも心が痛い」
そういってクーはクッキーを食べていたフォルトナ助手を見た。
「私を見ないでください。運命の女神のこのフォルトナさんでも、あの人たちの死後については変えることはできません。今回の達成感を最後に順次処分され、その後の魂の行く先はすでに決まっています。罪は消えないんですよ」
「クーよりも冷酷な気がするな……まあ、他人にこれ以上関与する必要はないか。それよりも間もなく発射するが、『偉大なる魔術師』様の分身の用意は大丈夫か?」
そういうと水色髪の少女は椅子に座った。
「はい。準備は良いですよ。すでにあのロケットの中にはワタチが同じ姿勢で座っています。一応『このミルダ大陸すべてのワタチ』も今日は全員椅子に座らせています」
一体何体と記憶の共有をしているのやら。二つだけでも頭が割れるだろうに。
「では、さっそく点火の準備だ。風の向きなどは魔術で何とかなる。要するに、とにかく上に飛べば良い!」
そういって、数秒後、大きな音とともに数か月で作り上げたロケットは大空へと飛んだ。
★
狭いロケットの部屋の中。
一応椅子だけは特別にふかふかな材質で作られていますが、それ以外の機械やらなにやらは存在しない片道切符の鉄の部屋。
実験動物は何も知らされずにこういう部屋の中に入れられたのでしょうか。そう思うと少しだけ心が痛みますね。
「というか、いくら魔力で包まれているとはいえ、防寒対策を劣りすぎではないですか!?」
突然の温度変化に、まるで息が凍りそうな状態。思わず火の魔術を使いそうになりました。
『快適かい?』
地上にいるワタチに話しかけるクアン様。というか、ワタチの部下なのに実験動物扱いをするなんて、やっぱり科学者は頭がおかしいのでしょうか?
「極寒ですよ。外は……雲で見えません」
『ほう、雲か。これは面白い結果だ』
「面白い?」
寒くて仕方がないこの状況を面白いとは、今すぐ地上のすべてのワタチに一発ずつ殴らせましょうか?
『地上からは雲一つ無い。なのに、君は今雲の中にいる。それは雲かい?』
確かに今日は晴天。地上のワタチが上空を見て、その記憶を共有して見ても、雲は無い。
「雲でなければこれは何ですか?」
『サンプルが欲しいところだが、そのロケットは飛ぶ以外の機能が無い。今は雲(仮)としよう』
その場でとどまる機能があったらワタチに取らせていたのでしょうか。本当にあの部下は頭がおかしいですね!
「これ以上の進展がなければ戻りたいですねー。パッと見た感じでは宇宙っぽい光景もありませんよ?」
『それでは夜に見える星々の説明ができない。こちらからはすでにロケットは見えないが、上昇し続けているのであれば、そのまま上昇してくれ』
「まったく……ワタチをなんだと……ん?」
若干の違和感を感じた気がします。
『どうした?』
「いえ、先ほどまで登っている感覚でしたが、突然落ちているような……」
『落ちて……おいまて、緊急だ。全力で魔力の障壁を作れ!』
「はい!」
焦るクアン様の指示にワタチはすぐに魔力で体を包みました。次の瞬間、機体は大きく揺れ、何かに潜った感じがしました。
「これは……水?」
『水だと?』
「はい。その、なんというか、突然暗くなって外が見えにくいのですが、まるで深海に潜っているような感じで……って、ロケットが水圧でつぶれてますよ!?」
ボコン、ボコンと音を立てて、突然凹みました。というか、窓ガラスもピシッと音を立てて割れたんですけど!
『状況報告が先だ。まず、いつ潜った!?』
「知らないですよ! なんかスーッと水に入った感じですよ! そして気が付けば深海ですよ!」
『転移というわけではない。もともと雲だったところから水に? 深海という部分が気になるな』
「というかワタチを心配してくださいよ! 水が入ってきて、今魔術で止めてるんですけど、すごく重たいですよ!?」
窓から水が入ってこようとしていますが、何とか魔術で壁を作って止めています。ですが、ぼこぼことへこんでいる壁はあと少しで限界を迎えてきそうです。
『水はそのまま頑張ってせき止めてくれ。中に空気があれば上に行くだろう。光はまだ差し込まないか?』
「そんなの……いえ、たった今、かすかに光が差し込んできました。これは……」
気が付けば凹んでいた壁も徐々に戻りつつあり、窓の外は暗闇から徐々に明るくなってきた。
そして、とうとう海から飛び出た感覚が感じ取れた。
「これは驚きました」
『上司よ、何が見えた!』
今までワタチはミルダ大陸で生活しており、海の外はほかの大陸があるのだろうと思っていました。が、そんな固定概念は捨てるべきでした。
ここは神が作った世界で、どこに何があってもおかしくありません。それは、たとえ太陽が地面にあってもおかしくないのです。
「大陸があります。それも、巨大な大陸です!」
★
現状わかる限りの報告を聞き終え、大きく深呼吸をした。
隣で座っているもう一人の『偉大なる魔術師』は、あまりの衝撃に大きく口を開けている。普段は別々の行動をする人でさえ、衝撃的なのだろう。
「さてフォルトナ助手よ。これはどういうことか説明はしてくれるのか?」
そういってクッキーを食べつつも手は震えていた。
「あははー、私の魔力があったからとはいえ、まさか人が空を超えてくるとは思いませんでした」
「空を超えた先には海があった。つまり、ここは海の中の気泡の中ということかい?」
「そうとも言えますし、そうではないとも言えます。例えば、ミルダ大陸の最北端から海をずっと渡っても、ミルダ大陸の真上にはたどり着きません。内側に丸いわけではないんです」
「ほう、そこまでは言ってよいのか?」
「人が見つけたことに関しては、ある程度話しても良いんですよー。じゃないと、変な説を立証して、知らない神を崇めて、神にとって都合が悪くなるんです。星は巨大なピザで作られているって説が広まったときに、ピザの神が誕生したんですよ?」
随分とおいしそうな神が誕生したのだな。
「雑談はその辺にして、私が言えるのはここまでなんです。実際にミルダ大陸から北へ進めばどうなるのかという疑問は人類が見つけてから話せるのが神なんです。今回は真上に行き、新たな発見をしたご褒美としてある程度の正しいことを言っただけです」
ミルダ大陸の真上には目に見えない雲があり、その上には海がある。が、それは海面というよりも深海だった。そこで口を開けている上司の話では鉄のロケットが水圧で凹んだということは、潜った箇所が底と考えて良いだろう。
「では、今そこで口を開けているクーの上司が見ている大陸とはなんだ? まさか神々の住む世界とか、死者の世界とかいうつもりはなかろう?」
「言いません。ですが、そこの大陸こそ神は存在しません。ミルダ大陸は神が人類も含めて作り出した世界に対し、この上の大陸は巨大な大陸と豊富な自然だけが作られ、時間の経過によって誕生した正真正銘の人類の大陸です」
つまり人類がいるということか。
「上司よ、追加ミッションだ。原住民と接触して、情報を集めてほしい」
「そのクアン様……一つ文句を言わせてください」
分身のクーの上司は苦笑しながら訴えかけた。
「言葉が通じません!」
「おっと、新言語を覚える必要が出てきたか」
終
ウルトラ久しぶりです!
いとです!
ここ一年ほど仕事が山のように降り注いできて、創作どころではありませんでした!
絵は描ける時に描いたりしていたのですが、小説は書く体力が無かったですね!
でも、やっと最近ちょこっとだけ余裕があったので、久々に……いやもう本当に久々に一本書きました!
タイトル通り「天の先は何?」的な物で、世界観としてはファンタジーなわけですが、宇宙ではなく深海だったという不思議なお話です。
例えば平面説とかドーナツ説明とか色々ある中で、もっとファンタジーらしく、かと言って空に島があるのでは無いと考えた時に、説明がつかない存在の仕方を考えた結果として、上空は深海だったという結果になりました。
少しでも楽しいと思っていただけたら嬉しいです!
では!




