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6・輿入れの真相

ここから三人称に戻ります。

「ことの元凶が、ですよ」



 ジャストの端整な顔から、聖職者らしい穏やかな微笑が消え去った。



「まあ、だからといって、貴女のやらかしたことすべてが許されるわけではありませんが……」

「……何を、仰ってるんですの?」



 ミルカは背筋を嫌な汗が伝い落ちていくのを感じた。何か、取り返しのつかないことをしでかしてしまったような……深い穴の底に落ちていくような……。



「そもそも、なぜアレクサンドラ様がヨアキム卿に降嫁されたと思われますか?」



 思いがけない質問だった。そんなの、わかりきったことではないか。



「お兄様の、辺境伯としての地位を守るためですわ」

「うーん、それは完全な解答ではありませんね。国王陛下にはアレクサンドラ様以外にも、何人もの王女殿下がいらっしゃいました。ヨアキム卿の後ろ楯になるだけなら、もっと歳の近い姉王女殿下のどなたかでも良かったはず。なのになぜ、あえて末王女のアレクサンドラ様が選ばれたのでしょうか?」

「……」

「考えたこともなかったようですね」



 ふっと憫笑するジャストに、ミルカはなぜかかつての教師たちを思い出した。『もうお嬢様にお教えすることはございません』と言って屋敷を出ていった日、彼らはこんな顔をしていたのだ。令嬢なのに不必要な知識ばかり学ばされるミルカに同情してくれたのだとばかり思っていたが……。



「時間の無駄なのでお教えしましょう。アレクサンドラ様が降嫁されたのは、激減した辺境伯家の魔力量を戻すためです。王女殿下がたの中で最も魔力量が多かったのは、アレクサンドラ様でしたから」

「魔力……量?」

「失礼を承知で申し上げますが、ミルカ嬢、貴女とヨアキム卿の魔力量はとても少ないですね。下級貴族とまではいきませんが、せいぜい中級貴族止まりだ。武力でもって国境を守る辺境伯家の子とは思えない」

「……っ」



 ミルカは頬がかっと熱くなるのを感じた。

 魔力量の少なさを嘲笑われたのはこれが初めてではない。さすがに辺境伯の令嬢と令息相手に面と向かって指摘する者はいなかったが、陰では下級貴族にも劣ると嘲られていたのを知っている。



 くやしくて泣くたび、なぐさめてくれたのは両親だった。ミルカとヨアキムは二人の愛の結晶だと、愛の前に魔力など無意味だと。



「誤解なさらないでください。お二人の魔力量をさげすんでいるわけでも、責めているのでもありません。その元凶についてお話ししたいだけなのです」

「元……凶?」



 嫌な言葉に心がちくりと痛む。責めているのではないとジャストは言うが、魔力量の低さは高位貴族にとって致命的な弱点だ。



「ええ。高位貴族ほど高い魔力を持つのは貴女もご存知ですね。それは高い魔力を保つため、同等の魔力量の相手……つまりは同等の家格の相手と婚姻してきたからです。もちろんこの辺境伯家も。だからこそ前辺境伯閣下、貴女のお父上は強力な魔法を操り、国境を守り続けてこられた。そのお父上の魔力量があなたがた兄妹に受け継がれなかったは、お母上……前辺境伯夫人と結ばれてしまったからですよ」

「結ばれてしまった、って……」



 父と母は一目で恋に落ち、愛し合った末に結ばれたのだ。ばあやも言っていた。あれはまさに運命の恋、真実の愛だったと。

 きゅっと拳を握るミルカに、ジャストはため息をつく。



「……その様子ではご存知なかったようですね。前辺境伯閣下には幼い頃からの婚約者がいらしたことを」

「えっ?」

「もちろん貴女のお母上ではありませんよ。辺境伯家と家格的にも魔力量的にもつり合いの取れる、さる侯爵家のご令嬢ですからね」



 ミルカはぽかんとした。そんな話、両親からもばあやからも聞いたことがない。

 聞かされたのは母が領地を持たない男爵家の令嬢だったことと、王都の学院で父と出会い、熱烈な恋愛の末に結婚を果たしたことだけだ。学友はみな身分差を乗り越えた二人を祝福してくれたと……。



(ああ、でも)



 疑問がむくりと頭をもたげる。祝福してくれたはずの友人たちは、ミルカの知る限り、一度も辺境伯家に訪ねてきたことがない。



 男爵家、母方の祖父とも生まれてから一度も対面した覚えがない。辺境伯家の人間は領地から簡単には移動できないが、可愛い娘が孫を産めば、一度くらいは顔を見にきてくれてもいいはずなのに。贈り物ひとつ、手紙の一通すらもらったことがない。



『父は跡取りの弟ばかり可愛がって、私には冷たかったから……持参金も出してくださらなかったの。旦那様が身ひとつで嫁いできなさいと言ってくださらなかったら、私は誰とも結婚できなかったわ』


 母は折に触れそう言っていた。だから母方の祖父は孫のミルカにも冷たいのだと思っていたけれど。

 ジャストの話が真実なら、母は婚約者だった侯爵令嬢から父を奪ったことになる。男爵令嬢のぶんざいで。



(もしかして、だからお祖父じい様とお祖母ばあ様は……)



 信じたくない。けれど神に仕える神官が嘘をつくとは思えないし、ジャストがこんな嘘をつく理由もない。



「……前辺境伯閣下は侯爵令嬢との婚約を一方的に破棄し、男爵令嬢だった貴女のお母上と結婚なさいました。もちろん周囲は猛反対しましたが、前辺境伯閣下は騎士としては非常に優れた能力の主であられた上、お母上のお腹にはすでにヨアキム卿が宿っておられたため、最終的には認められました。……認めざるを得なかった、と表現すべきかもしれませんね」

「お母様が……そのようなふるまいを……」



 ミルカは激しい羞恥に襲われた。貴族の令嬢は嫁ぐ日まで純潔を保つよう、生まれた時からきつく言い聞かされる。人前で異性と触れ合うのははしたない、婚前交渉などもってのほかだ。むろんミルカもそう言い聞かされて育ったのに。



「男爵令嬢だったお母上の魔力量は、婚約者であられた侯爵令嬢の三分の一以下。生まれてくる子どもの魔力は一部の例外を除き、両親の平均値であることがほとんどです。その法則通りに生まれてきたヨアキム卿と貴女は、辺境伯家の子どもでありながらぎりぎり中級貴族程度の魔力しか持たなかった」

「……そのようなことを言われても……」

「ええ、これは貴女のせいでもヨアキム卿のせいでもありません。すべては己の欲望に打ち勝てなかったお父上とお母上の責任です」



 ジャストは慈悲深く微笑むが、ミルカの心はちっともなぐさめられなかった。ジャストの言い方では、まるで両親が獣か何かのようではないか。



「しかし、魔の森から王国を守らねばならない辺境伯家の後継者が中級貴族程度の魔力しか持たないことは、たとえ本人の責任でなくても許されません。せめて魔力の高い高位貴族の娘を側室に迎え、後継者にふさわしい子どもを別に作っておくよう忠告を受けたのに、お父上は従われませんでした」

「お父様はそんなことなさいません! 誰がそんなひどいことを……!」



 母ひとすじの父が母以外の女を相手にするわけがない。そんなの、ミルカたち家族にとっても裏切りだ。

 思わずかっとなって叫ぶと、ジャストは肩をすくめた。



「国王陛下ですよ」

「……は?」

「ですから、側室を迎えるよう忠告されたのは国王陛下です。当時はまだ王太子であられましたが、陛下はすでに為政者の自覚をお持ちでした。辺境の守りが弱体化することは看過できなかったのでしょう」



 だが父に側室がいないということは、父は国王の忠告にも従わず、母ひとすじをつらぬいたのだ。娘としては誇らしく思う。けれど忠告を無視された国王は、どう思っただろう? 国王の周囲の貴族は?



「その意志のない男にむりやり女をあてがっても不幸しか生みません。最終的には、ヨアキム卿が特別に魔力量の高い令嬢を迎えることで決着がつきました。しかしめぼしいお相手は全員、ヨアキム卿との婚約を断ってこられたのです」



 理由は聞くまでもない。父が侯爵令嬢との婚約を破棄したからだ。何の落ち度もない侯爵令嬢ですら婚約破棄されたのに、我が娘が粗略に扱われないわけがない。娘を持つ貴族がそう危惧するのは当然だろう。



「それでも前辺境伯閣下は何とかふさわしいお相手を探そうと奮闘されていましたが、魔獣との戦いで利き腕を失われ、当主交代を余儀なくされてしまいました。しかしヨアキム卿は当時まだ十七歳。婚約者もおらず強い次代をもうけられないヨアキム卿よりは、前辺境伯閣下の弟君……貴女の叔父上に家督を譲るべきだと誰もが考えました」



 父が侯爵令嬢との婚約を破棄した時、叔父はまだ幼かった。叔父が成人していれば、父を廃嫡し、父の婚約者だった侯爵令嬢をめとって辺境伯の座についていたかもしれない。



 だが父が利き腕を失った六年前、叔父は分家の当主となり、父の配下としてあまたの部隊を率いていた。妻はもちろん同格の貴族令嬢で、生まれた子どもの魔力量は兄やミルカの倍以上。みなが叔父を新たな当主に望むのは当然だったのだ。



「けれど前辺境伯閣下はどうしてもご子息を次の当主になさりたかった。弟に当主の座が渡ってしまえば、ヨアキム卿と貴女の将来は暗澹たるものになりますからね。そこで閣下はアレクサンドラ様をヨアキム卿の妻にいただきたいと、陛下に懇願されたのです」

「お父様が、アレクサンドラ様を? ……他の年回りの近い王女殿下ではなく?」

「ええ、あえて末娘のアレクサンドラ様を。アレクサンドラ様は王女殿下がたの中でずば抜けて高い魔力量を誇り、正妻たる王妃殿下の娘でもあられる。この王国でもっとも高貴な女性……それほどのお方でなければ、弟君を差し置き、ヨアキム卿を当主に据えることは不可能でした」



 兄の魔力量が低くても、アレクサンドラとの間に生まれる子は高位貴族にふさわしい魔力量を持つはずだ。しかも王の孫である。叔父も引き下がらざるを得なかっただろう。



 ミルカはずっと勘違いしていたことに気づき、赤面した。

 アレクサンドラは王宮でもてあまされていたわがまま王女だったから厄介払いされたのではない。兄のため、父が願ったことだったのだ。だからアレクサンドラはまだ十歳だったのに輿入れすることになってしまった。



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