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イルカの約束

作者: 島島

忙しさは、時に人から「大切なもの」を静かに奪っていく。


それが仕事であれ、責任であれ、誰かの期待に応えることであれ——

気づけば、人は目の前の現実に押し流され、かつて心に刻んだ約束や想いを、いつしか置き去りにしてしまう。


けれど、ふとした瞬間に訪れる“記憶の揺らぎ”が、

忘れかけた何かをそっと呼び戻すことがある。


この物語は、そんな「揺らぎ」から始まる、ある親子の再出発の物語を短編で書きました。

洋平は、40代の中間管理職。責任ばかりが重くなる日々の中、今日も深夜の帰り道をひとり歩いていた。街はとっくに静まり返り、信号の明かりだけが、夜道を淡々と照らしている。


脳みそがオーバーフロー寸前のまま、信号が青に変わるのをぼんやり待っていた。そのとき、けたたましいエンジン音を響かせながら、バイクが目の前を通り過ぎた。思わず苛立ってその背中を睨んだ瞬間、青い車体が目に飛び込んできた。


——そうだ、水族館だ。


まだ小学生だった頃。母とふたりで訪れた、あの水族館。手を引かれて歩いた館内、イルカのショーで見た親子のイルカが、水しぶきを上げながら仲良く泳ぐ姿に、母がぽつりとつぶやいた。


「私たちも、ずっと仲良しの親子でいようね」


その言葉は、子どもだった自分の胸に、深くしみ込んでいた。


なのに今の自分は——。仕事を理由に連絡を絶ち、母の顔を最後に見たのはもう2年前。会いたいと思いながら、会えなかったのではない。会おうとしなかっただけだ。


「……何やってんだ、俺は」


信号は青に変わっていたが、足はすぐには動かなかった。


——このままじゃ、ダメだ。


その夜を境に、洋平は働き方を見つめ直し始めた。そして数ヶ月後、会社を退職。次に選んだのは、労働環境が整い、自分の時間も大切にできる職場だった。


少しずつ心に余裕が生まれ、母とも再び連絡を取り合うようになった。たわいない話をして、笑い合い、一緒にご飯を食べる——そんな日常が、こんなにも温かいものだとは思いもしなかった。


そして次の週末、洋平は母と久しぶりに水族館へ行く。


今度こそ、あのイルカたちに胸を張って言える。


——俺たちも、お前たちに負けないくらい、仲良しの親子だよ。

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