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火曜日。九重高校文芸部 その3



 文芸部の部室には、二人の小柄な男女が待っていた。入った瞬間は、当然「わあ……」という、感歎で沸く声で迎えられた。


「や。千鶴、船尾、浜倉さん。そして……噂の七城さん。本当にあの時、見学に来てた女の子と同一人物だとは、思えないよ」


 七城尾花の評に曰く、「見た目が中性的で可愛い同級生の男の子」の葵原瑞樹。

 彼は驚いた様子は控えめに、笑顔で七城尾花を迎えた。瑞樹は、変身前の尾花の姿を知る、数少ない生徒でもある。

 背丈はスタイルのいい尾花と同じか若干高いくらい。中性的で、髪をもっと伸ばせば誰からも女子と間違われそうな顔立ち。さりとて、あくまで男子としての適切な長さは保ちつつ。それでいて大きな瞳と童顔、色白の肌、女子が思わず嫉妬しそうな長い睫毛、そして彼の、明るいながらも控えめな性格が作り出すほんわかとした雰囲気。もう少し垢抜けさせたら、美少年俳優、アイドルの中に紛れていても不思議ではない。


「おお……あの日見たまんまの美少年……。あの時は名前を聞きそびれたから。御芳名を伺ってもよろしいですか?」

「あはは。勿論だよ、七城さん。僕の名前は葵原瑞樹あおいはら みずき。よろしくね。事情は詳しく聞かないけど、七城さん、すっごく奇麗になったんだね! ファンタジーの世界から出てきたのかと思っちゃったよ」


 眩いばかりの満面の笑顔で、尾花は撃ち抜かれた。「あ、やばい。すごい」と、本当に思わず出てしまったのだな、という声が漏れた。


「ふふ……王子様。王子様がおる」


 小声で、七城尾花は感極まった。

 ちなみにそこの王子様、実は王女様とかお姫様とかの方が圧倒的に様になるやつだけどな。彰人達は生暖かい笑顔で見つめる。

 いずれ彼女も知る日が来る。二年三年、そして去年の卒業生、教職員たちなら誰もが知る伝説を、葵原瑞樹は持っているのだ。


「わあ……私も噂では聞いていましたが、本当に白くて奇麗……。天使とか、妖精さんみたい。あの時、隣で見学していた先輩と同一人物とは、思えないくらい……」


 次に、七城尾花の評に曰く「同じく見学に来てた一年の小柄ですっごい可愛い子」の後輩こと、穴清水あなしみずさくら。彼女は感動しながら、口元を手でおさえている。

 少し栗色の入った、ふわふわと細く柔らかい猫っ毛に、男女ともに身長高めの生徒が揃う文芸部のなかではとびぬけて小柄(巨漢の船尾と比較すると40㎝以上、男子としては若干低めの瑞樹と比較しても20cm以上の差がある)な背丈。丁寧な言葉遣い。大きな垂れ気味の瞳に、あどけなさを大いに残した顔が、いかにも「後輩」感を醸し出している。


「あたし。あなたのことも覚えてるよ。すっごく可愛い子だなあって印象に残ったもん。名前は聞きそびれたけど。教えてくれるかな?」

「か、可愛いだなんて……! 私、穴清水さくらっていいます! 宜しくお願いします! 七城先輩!」


 またも「あっ」と心を打ちぬかれたらしい七城尾花。


「ああ~やっぱり可愛いなああ。さくらちゃん、ぎゅーってハグしても?」

「ふえっ!? ハグですか? 見た目によらず、何というか情熱的……。ち、ちょっと照れくさいですけど……先輩、どうぞ!」


 それを合図に、むぎゅーっと抱き合う七城尾花とさくら。身長差があるので、七城尾花の胸に、さくらの顔下半分が包まれる形になっている。「ああ……」という得も言われぬ感嘆の声がさくらから漏れる。


「ふふ。さくらちゃん、よろしくね」

「おい、さくら。ハグしてみてどうだったよ」

 

 鈴奈がさくらの耳元で囁くと、さくらは声が漏れないよう手でアーチを作って、鈴奈の耳元で「すごく、すごく多幸感というか……優しさに包まれているような、そんな柔らかな幸せを感じました……!」と赤くなりながら返す。「そうかそうか」と鈴奈に頭を撫でられながら、恥ずかし気な笑みを浮かべるさくら。「ぐぬぬ」と羨ましさを堪えきれない船尾。「あはは」と王子様の笑みを絶やさない瑞樹。


「で、早速なのですが。本日は本当に申し訳ない。千鶴くんから借りたこのノートを、本日中に返すのを目標にしたいので! この場で勉強させていただきます! なので今日は、顔合わせみたいな形になっちゃいます……」


 彰人のノートを聖書を扱うように掲げながら、至極申し訳なさそうに頭を下げる七城尾花。


「気にすることはないよ、七城さん。この部活、作品さえ提出できれば、そういうのあんまり気にはしないし。で、穴清水さんは、三島に挑戦するんだっけ?」


 はい! と小さな握り拳を両手に、さくらは気合を入れる。

 この文芸部においては、若干「書く」「作品を残す」ほうに重点が置かれがちだが、「読む」「感性や語彙力を鍛える」ことも当然重要視される。なので、古典文学を読んだレポート等も、当然作品としてカウントするものとしている。


「今まで、ちょっと苦手意識があったのですが……まずは『仮面の告白』に挑戦しようと思います!」

「お、おう……初っ端から濃いとこ行くな」

「? 初期の作品ですよね。しかも『告白』ってことは、作家としての原点がそこにあるような気がして!」


 前知識なし、ヨシ! 一瞬見せた鈴奈のそんな悪戯っぽい表情を、彰人は見逃さなかった。


「とりあえず、セバスチャンや、近江くんの腋毛には気を付けなー?」


 流し目で、さくらを挑発するように発言する鈴奈。


「!? 何ですかそのパワーワード! 特に腋毛って何ですか腋毛って!」

「まあまあ。……ちょっと、浜倉さん」

「やっべ」


 瑞樹に小声で窘められ、そそくさと、鈴奈は船尾の巨体に隠れる。その後もさくらは、セバスチャン、腋毛……とうわ言のように繰り返していた。

 

「一人加わっても、いつもの文芸部だなあ……」


 感慨……深くはなさそうに、彰人は微妙な感慨と共にぼやく。




「そういえば、眼鏡の奇麗な部長さんと、その彼ピのオタクな先輩がいないね」


 周囲を見渡す仕草をとる七城尾花。


「あ、先輩たちは今日は二人でデートだって。相変わらずお熱いね」


 スマホを弄りながら、瑞樹が言う。弄っているといっても、やっている内容は小説の執筆だ。れっきとした部活動の最中だ。

 家でもできることを、敢えてここに集って行っているのは、集まった部員達と、くだらないことを話すのが、瑞樹も好きだからに他ならない。


「マジかー。本当、なんであのクッソ美人のがあの人なのかねえ。いっつも理解に苦しむわー。他にも男の選択肢いろいろあったでしょ、部長のあのルックスなら」

「まあ、どう見ても美女と野獣枠だよな」


 ううーむ。唸り合う鈴奈と船尾。そこに、彰人が口をはさむ。


「あの二人、小さい頃からの幼馴染だからね。積み上げた時間がそんじょそこらの高校生カップルとは違う。惚れた腫れたじゃなくて、自然にあの関係になってただけ」

「それは知ってるけどよー。あれほどの美人が恋愛も経験せずに、ってのはやっぱり勿体なくね?」

「でも、素敵だと思いますよ。部長達のそういう関係も」

「そうかー? でもさくらは、勇者様とか、白馬の王子様とか、そういう系のシチュが好きなんだろ? 嗜好や作品の傾向から見ると」

「まあ、それはその……そうなんですが。理想くらいは、夢を見たいです」


 その場にはいない二人の素性に興味を持ったのか、七城尾花が興味津々に訊いてくる。


「へーえ。あのお二人様は、幼馴染からのカップルなの?」


 その七城尾花の問いには、最も詳しく、解像度が高いと自負の有る彰人が真っ先に答えた。


「うん。俺がまだひと桁くらいの年齢の時に、よく彼も部長の家に遊びに来てて、盆なんかに部長の家の墓参りなんかに行くと、俺もよく一緒に遊んでもらっていたから……ゲームとか。趣味の師匠というかな。ある意味」

「墓参り? ってことは、部長さんと千鶴くんは親戚か何か?」


 その話題に入った瞬間、文芸部員たちの顔つきが、一堂に固くなった。

図らずしてこの話題に誘導することになった鈴奈と船尾も、失敗した、という表情を浮かべる。

 だが、淡々と彰人は話を続けた。


「うん。俺の母の実家が、部長の家なんだ。部長と彼ピはお隣さん同士ってことで」

「へえー……。千鶴くん、たまにうっかりして『お姉ちゃん』とかって呼んじゃったりするのかな?」

「……ご想像にお任せします」


 正直なところ、今までに何度かやらかしそうになったことは、ある。

 

「ねえ、それより、次に出す作品、みんな進捗どうかな?」


 半ば強制的に話題を切り替える瑞樹。

 ここにきて彰人は、はっとした。これ以上、部長と彰人の関係に深入りさせないよう、気を使ってくれてのこの発言に、彰人は感謝した。そういう気遣いが、言われずともできるところがこの瑞樹という男だ。



 その後。

 尾花は宣言通り彰人から借りたノートを傍らに、写経をするようにひたすら勉学。瑞樹はスマホで小説を執筆して部活動を全うし、さくらは三島の「仮面の告白」を困惑しながら熟読していてる。もう作品を仕上げているのであろう鈴奈はメイクを直しながら、船尾と相変わらずくだらない話題で駄弁りあう。

 夕暮れ時になり、一人、また一人と部室から部員が退室していく。気づけば、最後に残ったのは、彰人と尾花の二人となった。


「帰ろっか、千鶴くん。もうこんな時間」             

「あ、ああ……」


殆ど言われるがままに、彰人と尾花は帰路についた。


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