火曜日。九重高校文芸部 その2
「おーう七城尾花。話は聞いてンぜー? クッソ運動神経良いくせに、運動部のお誘い全部袖にして、文芸部に入るんだってな。歓迎すンぜー? 来い!」
「はーい! 歓迎されたいです! ねえねえ千鶴くん! 船尾くん! ギャルだよギャル!」
腕を開いて迎える仕草の鈴奈に迷わず吸い込まれていき、軽くハグをしあう七城尾花。会って秒で仲良くなってしまったのは、二人の相性による化学反応なのだろうか。
「随分仲良さそうだね」
彰人は意外そうに、抱き合う二人を眺める。
「今までずっと外野から見てきたんだけどよ、七城尾花、おもしれー性格してるんだよな。仮にキャラを作ってたとしても、気に入ったんだわ」
七城尾花の白い髪を掬い上げてその艶に感動し、頭を撫でながら言う鈴奈。
「えへへ。恐悦至極。でも一応、作ってるつもりはないんだけどね……」
こりこりと頬を掻く七城尾花。
何度も言うように、確かにこの性格は作られたものではない。この姿になる前からのものだ。ただ、物凄く控えめで大人しめであっただけで。
例えて言うなら「ね、千鶴くん」が「ねえねえ! 千鶴くん!」にパワーアップしているだけというか。
「でも、憧れのおもしれー性格認定頂きました! 生まれて初めてギャルをお友達にしたよ! いい匂い! 髪の色めっちゃ明るい! ちゃんとピアス空けてる! メイクもネイルも気合入ってる! あと、色々大っきくて柔らかい! 何がとは言わんけど!!」
「んだよこのスケベ女が~、オッサンかアンタは!! アンタのそのやたらデカいのも十分柔らかくて気持ちいいわ! オラッ! セクハラ裁判だ覚悟しろ!!」
「あだっ! あだだっ! ギブギブギブギブ! 裁判どころか実刑だよそれ! そっちだってセクハラ発言したんだからナウイーブンスコアで……ぐえっ!」
ハグから一変、軽いチョークスリーパーを決められる。巻きつけられた鈴奈の腕の中で、その見た目の神秘性の少女が発してはならないような声を絞り出す七城尾花。
一通りじゃれ合いを見届けると、彰人、七城尾花、鈴奈、船尾の四人は、部室へと繋がる廊下を歩きだす。
「腕が鳴るなあ。本格的な創作活動!」
「七城さんは何か今までで、そういう創作活動の経験あったりするの?」
歩きながら、彰人は何げなく問う。
「一応、ね。色んなの書いてたよ。ファンタジーもの、学園ものとか、悪役令嬢ものとか、婚約破棄ものとか、ガッチガチの青春ものとか、恋愛ものとか。あと、ちょっとゴニョゴニョなのとか……」
と少し視線を逸らし、顔を赤らめながら言葉を濁す。おそらく、「B」から始まるエッチな小説だと察し、全員言及を控える。
「でも、どれも書きかけで中途半端になったのばっかり。だからね、ちゃんとした部活動として執筆して、完結させるんだ。やっぱり作品なんだから、キッチリ完結させて、形あるものとして残そうと思うんだよ」
まあ、ゴニョゴニョなやつだけは完成させたことあるけど……と、最後に小声でつぶやく七城尾花。せっかく完成させた物だし、本当は誰かに見せたい欲求でもあるのだろうか。
通院……。
何も知らなければ実に元気溌剌、健康優良児でしかない七城尾花だが、彼女はこれでも、数か月間もの長期にわたる療養を終えて復学した、いわゆる病み上がりだ。何の病気かまではわからないが。
ただ、療養を終えても通院が必要となるほどまでに、彼女の体を蝕み、完治した(?)とはいえ、身体を苦しめる大きな傷跡を残した。大きな病魔だったことは、想像に難くない。
「ねね、こうやって四人で歩いてると、勇者一行みたいだよね! 先頭の千鶴くんを勇者にして――」
唐突にそんなことを言い出す七城尾花。なぜ自分が勇者に抜擢されたのか、先頭にいたという以外の理由があったら訊いてみたい。「というか、本当にゲーム好きなんだね……」と彰人は小声で言う。こんなところも見た目によらない、というか。
「で、俺は戦士ってわけかい。ま、適役だねえ」
うんうんと腕を組んで相槌を打ったあと、無駄に上腕二頭筋を膨らませてみせる船尾。
そんでー? 浜倉も~? と、船尾が口角を上げ、鈴奈の顔を見ながら言う。
「あっ船尾テメー、アタシを身長だけで女戦士扱いするつもりじゃねーだろうな?」
「いや、適役だと思うぜ? 絶対似合うと思うぞ。ビキニアーマーとか」
「ねーわ! テメーみたいなゴリラといっしょにするんじゃねーよ。アタシはパワーじゃなく頭脳で勝負する派なんだ。だから魔法使いだ魔法使い! 大体、勇者に戦士二人とか、何だその頭悪そうな編成。レベル上げて物理で殴れってかー? おい尾花、何か言ってや……れ……んッ!?」
だが、言い出しっぺの七城尾花は視線を向けられると、ゆっくりと視線を逸らす。そこで鈴奈は、全てを察した。
「尾花お前……さては、結構な脳内筋肉女だな? そうなんだな!?」
目を逸らしたまま、しどろもどろになりながら、七城尾花は白状しだす。
「え、え~と。だって最後に最強なのは、やっぱ物理だし……。まさかここまで酷評されるとは……。あ、でもでも、魔法使いも悪くないかな? MP管理とかはちょっと面倒そうだけど」
少し引き気味に、「マジか……この見た目でその嗜好はさすがに読めねーわ」と鈴奈は小
声でつぶやく。
「それじゃあ最後の七城さんは、やっぱり女僧侶?」
彰人が訊くと、七城尾花は嬉しそうに答える。
「そう、神に仕える女僧侶、もしくは女神官! 神の御名のもとに、みんなを癒します!」
手を組んで、祈る仕草をする七城尾花。ゲームのタイトルは違うが「白魔法使い」が似合っているような気がするけど。思っただけで、口にはしなかったが。
「勇者、戦士、魔法使い、僧侶。――うむ、これぞ王道の勇者一行だな!」
船尾が無意味に腕を組みながら言う。最初、言い出しっぺは戦士二人でパーティーを編成しようとしていたけどな。彰人は心の中で軽く苦笑した。
彰人ら勇者一行の四人は、以降もくだらない話で盛り上がりながら、文芸部の部室を目指した。




