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木曜深夜。そして――「ヤツ」は現れた その2



「チーフ! 豊見山チーフ! しっかりしてください!」


 身体をゆすり、顔を叩きながら呼びかけつづける彰人。すると


「……っ……はあっ!」


 冷や汗をびっしりとかきながら、豊見山が飛び起きた。顔色は暗闇で伺えないが、顔面蒼白になっているのは想像に難くなかった。


「なな、何だあれ……なんなん、な……なん……」


 どもりながら、小刻みに震える豊見山。

 

「落ち着いてください。一体何を見たっていうんですか?」

「な何って……おま、お前見なかったのかよ! あのあのあの男のかかか……顔!」

「チーフに隠れて顔までは見えませんでしたよ。失神するくらいビビるって、一体何を……」

「ああアイツのかかか顔……顔が無かったんだよ!!」


 な……。思わず声が漏れ出てしまった。

 顔が、無い。それは一体どういうことなのか。


「顔がないって、なんですかそれ。のっぺらぼうだったって事ですか?」

「違う!」


 豊見山は彰人の肩をガシッと強く掴むと、必死に、震えながら訴えた。


「ヤツの顔面はグズグズだった! グズグズにただれ落ちて、溶けちまったみてえだった! 顔のパーツなんて何一つマトモに残ってなかった! それくらいにグズグズのグチャグチャで……映画やゲームでアレをやったら間違いなく規制モンだ! それくらいの……ああ……」

「な、何ですかそれ……」


 俄には信じられないが、想像を絶する光景だ。

 仮にそれが事実だったとして――恐怖心の全く無い、無防備な心の状態でそんな物を見せられたら、その落差で失神してしまうのも無理はない。

 あのT字路にいた女の姿が、脳裏に浮かんでくる。髪を暖簾のように顔に垂らしていて素顔は垣間見えなかったが、その中身はこれと同じだったというのか。

 ……まだ、近くに居るのだろうか。そろそろカーブの辺りに現れてもおかしくなさそうだが。

 今行けば、真相にたどりつけるかもしれない。恐れはあるが……。


 それに、別の可能性も考えられる。

 例えばどこか高所から滑落し、顔に大怪我を負ってしまった、とか。それならば、おぼつかない足取りなども、ボロボロの衣服も、一応の説明がつく。もしこれが真なら、急いで手当てや救急車の手配が必要だ。怖いといっても、見捨てるわけにはいかない。


「おい千鶴っちゃん! どこ行くんだよお前!」

「ちょっと見てきます。流石に、俄には信じ難いので。普通に怪我人の可能性だってある」


 彰人はドアロックを解除し、林道に出た。


「信じられないってのか!? ……あっオイ俺を一人にすんなよ!!」


 遅れて、豊見山もついてくる。未だに震えが止まらないようで、足取りは少しふらついている。

 彰人は前進する中で思った。結局、自分は「あれ」を一体何であってほしいのだろう、と。大怪我を負ったあくまで「人間」であってほしいのか。「人間」としての単なる不審者であってほしいのか。それとも――幽霊のような超常的な「何か」であってほしいのか。

 一刻も早くこの場を立ち去りたいであろう豊見山と一緒に、この場を去る選択肢が一番なのだろう。客観的に見て、彰人にとってはリスクしかない行動のはずだった。

 だが彰人は、ここのところ立て続けに起こるこれらの不可解な出来事に、これ以上心を支配されたくなかった。あのT磁路の女の一件と併せて「知りたい」のだ。


 カーブに差し掛かる。多少半径があるとは言え、急カーブと言って差し支えないカーブだ。これが間直角のクランクだったら、果たして曲がりきれていたかどうか。サイドブレーキの件と併せて、幸運に幸運が重なった結果の命拾いだったと思う。つくづくと。

 直線が見える角度まで来た。足の歩みを進めたいのに、理性がブレーキをかけるのか、足取りが重くなる。

 ゆっくりと、彰人は覗き込むように直線に立つ。

 ドクン、ドクンと心臓が大きく鼓動をうつ。


「……!? いない?」

「きき、消えた!? どこにだよ! 道なんてねえぞ!」


 直線を歩きながら、二人は周囲を見回す。

道なんてない、と豊見山は言う。だが、「道を外れる」ことはできる。直線内側の上り坂と、直線外側の下り坂だ。ただ、いずれも深い樹木と、様々な植物が複雑に絡む道なき草地である。

 

「おい帰ろうぜ千鶴っちゃん。俺ら、幽霊でも見たのかもしれねえ。例えばここで死んだ、いや、殺された男の幽霊とか……」


 奇しくも、この地にまつわる噂話と、豊見山の意見は一致してしまった。だが、彰人はどうもそうは思えなかった。


「幽霊……」


 彰人はスマホのライトを全開にして、直線を照らす。

 頭の中にあったのは、顔を見ていない、例の男のことではなかった。むしろ、あのT字路の女だった。

 もし、この二人に感じた酷似点を考えるなら。この二つの事象が、同じ原因で発生しているなら――「あれ」が残っているはず。

 

「……! あった!」


 遠目にそれを発見した彰人は「おい! どこ行くんだよ!! 幽霊に憑かれたのかお前!!」と制止する豊見山の声を振り払い、駆けだした。


「やっぱり……」


 暗闇の中の遠目からは、黒いゴマ粒のようにしか見えなかったが、確かにあった。現場までやって来た

 黒いシミだ。ライトで照らすと、後ろから小さく、点々と続いている。まさしく、そこで実際に歩いていた証だ。あの女は、その場に長時間佇んでいたからか、水たまりのようなシミになっていたが。

 嗅いでみると当然、腐臭がする。あの女のものとは若干違うが、強烈な悪臭だ。

彰人が見つけた場所で、シミは途切れている。この地点で、上り坂の山側か、下り坂の川側、いずれかの草むらの中に入ったのだ。

 だが、ここで理性が完全に彰人を制止した。収穫はあった。しかしこれ以上の深追いは、さすがにできない。装備的な意味でも、何に遭うかわからないリスク的にも。 

 冷静になって考えてみれば、だいぶ無謀なことをしたものだ。

 彰人は豊見山に深く謝罪すると、車に飛び乗った。


「ったく。千鶴っちゃんまで一体どうしちまったんだよって思ったぞ」

「すいません。どうしても確かめたいことがあったんです。俺も最近、似たような経験をしたんで」

「な、何だよそりゃ……」

「教えたいのはやまやまですが、流石に今のチーフの状態だと……。これ以上運転に支障出されたらお互いヤバいので」

「そ、そうか。そうだよな……ああ、まだ震えが止まらねえ。トラウマになりそうだ」


 普段、どんな難客にも動じない豊見山の心の強さ……いや図太さか? それをもってしても、一撃で失神に追い込んだ、その「顔」のインパクトは、一体、いかなるものだったのであろう。

 豊見山曰く、グズグズにただれ落ち、溶けたような顔貌。そして、腐臭を放つ黒いシミ。


 腐敗した死体が歩いていた、とでもいうのか。あの黒いシミの正体は、腐敗した皮膚や臓器が生み出す「それ」だったとでもいうのか。

 そもそも、死体がなぜ動く? さすがに非現実的すぎる。ゾンビやキョンシーじゃあるまいし。

 震えながら運転する豊見山の隣で彰人は延々と思考しながら、その後、車から降りた。

 考え事をしながら歩く彰人。恐怖より、疑問が勝っている。初めての感覚だった。

 気づけば、彰人は千歳家の玄関の前に立っていた。




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